苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP123、23『泣き笑い』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その2 わくわく変身


「止めて、運転手さん、止めてください。困るですよ。友達を置いてゆけませんよぉ」

「まあまあ、苺さん、落ち着きなさい」

肩をなだめるように叩かれ、苺は羽歌乃お祖母ちゃんに振り返って、顔をし
かめた。

「落ち着いてられないですよ。澪はただでさえ、不安そうだったのに」

「後ろを見てごらんなさい。もう追いかけてきてるわよ」

苺は「えっ」と声を上げ、後ろを振り返って確認してみた。

おおっ、確かに。

何台か後ろのほうに見える車は、店長さんのっぽい。

ほっとしたけど、ほっとしてる場合じゃない。

「もおっ、おばあちゃん、なんでそんな格好してるんですか?」

「相変わらずおかしなしゃべり方だわね」

呆れたように指摘され、苺は唇を尖らせた。

「苺のしゃべり方は、いまはどうでもいいですよっ!」

「何を言っているの。よくはないわ。必要に応じて、きちんとした言葉を話せなくて、藤原家の女主人が務まると思って?」

な、なんじゃ、藤原家の女主人?

苺はそんなものにはなりゃしないとはっきり言ってやりたかったが、ぐっと我慢する。

おばあちゃんは、苺と店長さんが付き合っていると思い込んでいて、店長さんはそう思わせておきたいのだ。

ここで苺が否定して、真実をばらしたことが店長さんにバレたら、それこそ苺は大ピンチになる。

羽歌乃おばあちゃんより、苺は店長さんが恐い。

「けれど、まったく駄目とは言わないわよ。それが苺さんの個性だと認めてもいるわ。臨機応変に、その場に適した言葉を話せるようになれば、それでよいのよ」

おばあちゃんってば、何をトンチンカンなことを言っているのだ。

臨機応変に言葉を使い分けられるものなら、人様から眉をひそめられるような、おかしなしゃべり方などすっぱり卒業するに決まってんじゃん!

それにしても、店長さんの車、もっと近くにこないかなぁ。

こんなに離れてたんじゃ、澪の様子がぜんぜんわかんないよ。

「苺さん、貴女もわたしたちの仲間にしてほしければ、してあげてもいいわよ」

もったいぶるように羽歌乃おばあちゃんが言い、苺はおばあちゃんに振り返った。

「仲間?」

「ええ。ねぇ、千佳子さん」

「はい。ご用意してあります」

ご用意だ?

「ご用意って、何をですか?」

「仲間になる用意と言えば、語る必要がないくらい、答えは明白でしょう?」

「苺、わかんないですけど。ところで、どこに向かってるんですか?」

問いかけているところで、車は大きな交差点を右折した。

その途中で信号が変わり、何台も後ろにいた店長さんたちの車は、当然信号に掴まった。

「あっ、店長さんたち信号で止まっちゃったですよ。待っててあげないと、ふたりを置いてきぼりになって、もう苺たちを見つけられなくなりますよ」

「大丈夫よ。爽さんは、どこに行くかわかっているわ」

「えっ、どうして?」

「決まってるでしょ、行き先はもちろんわたしの屋敷よ。わたしは爽さんを巻きたいわけではないもの。あなた方をわたしの屋敷に招くことが、目的なんですからね」

羽歌乃おばあちゃんのお屋敷に?

けど、招くって……

「苺、招かれてる気がしないですけど……」

文句を言うと、千佳子さんにウケたようで、千佳子さんはくすくす笑い出した。

運転手さんも声を忍ばせて笑っているようだ。

「だって、こんな方法でも取らないと、あなた方、ちっとも来てくれないんですもの。吉田に聞いたら、今日は苺さんと苺さんのお友達が来ることになってると言うから、それなら、『拉致っちゃおう』ということにしたのよ」

ら、拉致っちゃおう?

「それで、急遽、この警官のコスプレ服を入手して。そりゃあもう、忙しかったのよ」

おばあちゃんは、疲れたように言うが、そんなのこっちは知らないし……

「それで、ねぇ、苺さんも婦人警官に扮してみたいでしょう?」

その問いかけに、苺は思わず瞳を輝かせてしまう。

こ、こいつは、ちょっと無視できない提案じゃないか。

「い、苺、婦警さんになれるんですか?」

「ええ。爽さんも、あなたのお友達も、びっくりすること請け合いよ」

ほほお。

羽歌乃おばあちゃんと千佳子さんの、きりりっとした婦人警官ぶりをまじまじと眺め、ぶっちゃけ、心が揺れた。

な、なってみたいかも!

おばあちゃんの言うように、澪もさぞかしびっくりするだろう。

この場合のびっくりは、おばあちゃんのときと違って、楽しいびっくりだから、いいよね。

後方を気にしつつも、おばあちゃんの家についた。

久しぶりに来た羽歌乃おおばちゃんのお屋敷を眺める。

まったく風格のある立派なお屋敷だよ。

玄関から中に入るとき、苺は前回、過ってぶっ壊したアンティークな呼び鈴を見上げた。

「おっ、新しいのになってるですね」

「ええ、あれからすぐ、真柴が……これに変えたわ」

あっ! すっかり忘れてたけど……おばあゃんは、手首を痛めてたんだよね?

「あの、おばあちゃん、手く……」

そう聞こうとしたら、千佳子さんが急に「お嬢様」と呼びかけてきた。

「は、はい?」

勢いにビビって答えたら、背中を押される。

「急ぎませんと、爽様はいまにも到着されるかもしれません。お早くお部屋のほうに……」

千佳子さんが急かすので、苺も焦ってしまう。

苺はそのまま千佳子さんに手を取られて駆け出していた。

「千佳子さん、わたしはここで爽さんを待つわ。お願ね」

「はい。お任せ下さい」

千佳子さんと屋敷の中を走り、促された部屋に入る。

「お、お嬢様、すみませんでした。……ハーハー、強引にお連れしまして」

「だ、大丈夫ですよ。ハーハー」

ふたりしてハーハー息を吐きながら会話する。

「お嬢様、大奥様の手首のことに触れては駄目でございますよ」

たしなめるように言われ、苺は「あっ」と叫んだ。

そ、そうだったよ。

羽歌乃おばあちゃんが病院にいたことは、知らない振りをしなければならないんだった。

手首の痛みも聞いちゃいけなかったんだ。

それを知っていると知られたら、どうして知っているんだという話になって、なしくずしに、店長さんが入院していた事実がばれるところだったかも。

店長さんは、羽歌乃おばあちゃんに心配かけたくなくて、内緒にしておくつもりだってのに……

「千佳子さん、助かったですよ。苺、うっかりしてました」

「いえいえ」

「それで、手首のほうは大丈夫なんですか? それから真柴さんは?」

「はい。大奥様のほうは、ほぼよくなっておいでです。それと真柴さんは、退院後大事を取って、いま私室に」

ああ、そういえば、玄関で出迎えてくれた人は真柴さんではなく、もっと若い人だった。

「真柴さんはまだ、安静にしてなきゃならないんですね?」

「そうですね。腰を痛めたのだから、無理をさせられないと大奥様が……真柴さんは、すぐにでも職場復帰なさりたくてならないので……。ああ、ですけど、今回のこと、真柴さんには内緒なんですよ」

「拉致のことですか?」

「はい。ああ、もうおしゃべりをしている暇はありませんわ。さあ、お嬢様、急いで変身を」

「で、でも……店長さん、怒んないと思います? わたし、婦警さんになったら、羽歌乃おばあちゃんの仲間になっちゃうし」

「怒るなどということはないと思いますわ。爽様も、楽しまれますよ」

「そ、そうですよね」

千佳子さんの言葉に安心した苺は、わくわくしながら、千佳子さんの出してくれた衣装を身に着けたのだった。




   
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