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その4 捕虜、反省とお詫びをする
「ほんとにびっくりしたよぉ」
ぞろぞろと屋敷の中を移動していく途中で、澪が小声で耳打ちしてきた。
「うん、澪、ほんとにごめんね」
謝ったら、澪がブンブン手を横に振る。
「いいのいいの。すっごい楽しかった」
「えっ、楽しかったの?」
「そりゃあもう♪ まさか、目の前であんな演劇が始まるとは思わなかったよ。藤原さんの迫真の演技も凄かったし、苺の怯えようもまるで本気みたいだったよ」
澪ときたら、尊敬するような眼差しをくれる。
いや、澪。あれは本気でビビってたんだよ。
と思ったが、ここはスルーしておくことにする。
「ここに向いながら、藤原さんからそれなりの説明をもらったんだけどね。それでも、苺が婦警さんで登場したのには、仰天したよ」
澪から興奮気味に言われ、ちょっと嬉しくなる。
なんだか、あの騒動のおかげで、澪の緊張はすっかり消えてしまったみたいだ。
「そ、そう? けど、逆に、とっつかまっちゃったけどね」
苺がそう言うと、羽歌乃おばあちゃんと並んで歩いていた店長さんが、振り返ってきた。
「苺、言っておきますが、貴女は依然、私の捕虜ですよ。拘束していないにしろ、解放してはいませんからね。忘れないように……」
「えーっ。もうお芝居は終わりでしょう?」
「よく言いますね。裏切り者のくせに」
ぴしゃりと言われ、苺はひるんだ。
「そ、そんなぁ」
「ねぇ、水木さん」
店長さんときたら、澪を自分の味方に引き込もうとするように言う。
「えっ、えっとぉ……」
困ったように返事を濁す澪を見て、苺は焦って口を挟む。
「い、苺、裏切ったわけじゃ……」
「ないというんですか? その姿をしておいて」
店長さんは左手を差し出しきて、苺の襟を指で摘まんで引っ張った。すると、店長さんの左腕にくっついたままの手錠の鎖が、ジャラっと重々しい音を立てる。
「そ、それ。早いところ、外してもらったら?」
そんな、見た目が物騒なものをつけたままだから、危険な雰囲気が増している気がする。
「おや、聞いていなかったのですか?」
「な、何をですか?」
「鍵がないそうですよ」
「えっ?」
苺は面食らって叫んだ。
「ど、どうして?」
「事実かどうかわかりませんが、羽歌乃さんが、そう言い張るのですよ」
「ええーっ。おばあちゃん、もう冗談は終わりにしましょうよ」
羽歌乃おばあちゃんに泣きつくと、このやりとりをずっと見ていた羽歌乃おばあちゃんが肩を竦めた。
「本当にここにはないのよ。鍵は尾道が持っているの」
尾道?
「それ、誰ですか?」
「苺、運転手のことですよ」
すかさず店長さんが説明してくれた。
ああ、あのひとが尾道さんというのか……
あれっ? そういえば、その運転手さんの姿がない。
「で……その尾道さんは、どこにいるですか?」
「今夜の八時にならなければ、帰らないそうですよ」
「えっ。用事で出掛けちゃったんですか?」
「そうではありませんよ。……それより、羽歌乃さんに、夕食に招かれました。招きに応じようと思いますが、おふたりとも、それでよろしいですか?」
「あら爽さん、ずいぶんと素直じゃないの?」
羽歌乃さんが嬉しそうに言う。
「こんな強引な手段に出なくても、招いて下さったなら、素直に応じましたよ」
「とてもそうは思えないけど……まあいいわ。それじゃ、ディナーの準備ができるまで、楽しい時間を過ごしましょうよ」
「楽しい時間と聞くと、興味を引かれますが……ディナーまで、休ませていただけませんか?」
「あら? 爽さん、疲れたの?」
「水木さんのためですよ。その間、羽歌乃さんは遠慮していただけますか?」
「まあっ、わたしがいては、くつろげないと言いたいの?」
「ええ。どうせ、まだまだ色々と隠し持っているのでしょう? いまは遠慮していただけるとありがたい」
店長さんから真剣な口調で言われた羽歌乃おばあちゃんは、すんなり引き下がることにしたようだった。
そのあと、苺たち三人は、羽歌乃おばあちゃんの案内で、応接間らしい広々とした部屋に通された。
「それじゃ、また後で」
上品ながら不服そうに言い、羽歌乃おばあちゃんは行ってしまった。
「なんか、可哀想な気がするですけど……」
「あのひとは、甘くするとどこまでも調子づきます。この屋敷に留まったのですから、こちらにすれば、大きな譲歩ですよ」
向い側のソファに座っている店長さんは、口を閉じていったん姿勢を正した。
そして、澪に向く。
「水木さん、本当にすみませんでした」
「い、いえ。びっくりしましたけど、それ以上に、すっごく楽しかったですから」
「そうですか」
店長さんは何気なく左手を動かしたが、ジャラっと音がすると、顔をしかめた。
手錠の鎖が、ものすごーく癇に障っているのがヒシヒシと伝わってくる。
そいつをつけたのは、この自分なわけで、気まずくてならない。
手錠、かなり重かったよね……
そんなものがくっついているんじゃ、うっとおしくてしかたがないだろう。
さらに、動かすたびにジャラジャラと音がするんじゃ……
それをつけた犯人である苺のこと、ムカついて当たり前だ。
貴女は捕虜だと言われたが……考えてみれば、そう言われても仕方のない立場かも。
「それでは、水木さん話を……」
店長さんが話を切り出したところで、苺はさっと立ち上がった。
「苺? どうしました?」
「苺……その……申し訳なくて……だから」
その場でぼそぼそと言った苺は、そそくさと動き、店長さんの隣にちょこんと座った。そして、手錠の鎖に手を添え、そっと持ち上げてみた。
「い、苺?」
「これ、重いから……苺、こうやって持っておきますよ。そしたら、こいつがジャラジャラ鳴らなくて、店長さんも、少しはうっとおしくないでしょう?」
申し出た苺のことをじーっと見つめ、店長さんは思案する顔になる。
「う、うん。いいと思うよ」
同意して、澪が頷いてくれた。
「だよね。苺、ここは捕虜らしく、頑張るよ。澪」
「うん。頑張って」
応援された苺は、嬉しくなって頷いた。
「貴女がたときたら……」
呆れたように口にした店長さんは、「くっ」と声を上げ、突然前屈みになって笑い出したのだった。
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