苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP123、23『泣き笑い』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その4 捕虜、反省とお詫びをする



「ほんとにびっくりしたよぉ」

ぞろぞろと屋敷の中を移動していく途中で、澪が小声で耳打ちしてきた。

「うん、澪、ほんとにごめんね」

謝ったら、澪がブンブン手を横に振る。

「いいのいいの。すっごい楽しかった」

「えっ、楽しかったの?」

「そりゃあもう♪ まさか、目の前であんな演劇が始まるとは思わなかったよ。藤原さんの迫真の演技も凄かったし、苺の怯えようもまるで本気みたいだったよ」

澪ときたら、尊敬するような眼差しをくれる。

いや、澪。あれは本気でビビってたんだよ。

と思ったが、ここはスルーしておくことにする。

「ここに向いながら、藤原さんからそれなりの説明をもらったんだけどね。それでも、苺が婦警さんで登場したのには、仰天したよ」

澪から興奮気味に言われ、ちょっと嬉しくなる。

なんだか、あの騒動のおかげで、澪の緊張はすっかり消えてしまったみたいだ。

「そ、そう? けど、逆に、とっつかまっちゃったけどね」

苺がそう言うと、羽歌乃おばあちゃんと並んで歩いていた店長さんが、振り返ってきた。

「苺、言っておきますが、貴女は依然、私の捕虜ですよ。拘束していないにしろ、解放してはいませんからね。忘れないように……」

「えーっ。もうお芝居は終わりでしょう?」

「よく言いますね。裏切り者のくせに」

ぴしゃりと言われ、苺はひるんだ。

「そ、そんなぁ」

「ねぇ、水木さん」

店長さんときたら、澪を自分の味方に引き込もうとするように言う。

「えっ、えっとぉ……」

困ったように返事を濁す澪を見て、苺は焦って口を挟む。

「い、苺、裏切ったわけじゃ……」

「ないというんですか? その姿をしておいて」

店長さんは左手を差し出しきて、苺の襟を指で摘まんで引っ張った。すると、店長さんの左腕にくっついたままの手錠の鎖が、ジャラっと重々しい音を立てる。

「そ、それ。早いところ、外してもらったら?」

そんな、見た目が物騒なものをつけたままだから、危険な雰囲気が増している気がする。

「おや、聞いていなかったのですか?」

「な、何をですか?」

「鍵がないそうですよ」

「えっ?」

苺は面食らって叫んだ。

「ど、どうして?」

「事実かどうかわかりませんが、羽歌乃さんが、そう言い張るのですよ」

「ええーっ。おばあちゃん、もう冗談は終わりにしましょうよ」

羽歌乃おばあちゃんに泣きつくと、このやりとりをずっと見ていた羽歌乃おばあちゃんが肩を竦めた。

「本当にここにはないのよ。鍵は尾道が持っているの」

尾道?

「それ、誰ですか?」

「苺、運転手のことですよ」

すかさず店長さんが説明してくれた。

ああ、あのひとが尾道さんというのか……

あれっ? そういえば、その運転手さんの姿がない。

「で……その尾道さんは、どこにいるですか?」

「今夜の八時にならなければ、帰らないそうですよ」

「えっ。用事で出掛けちゃったんですか?」

「そうではありませんよ。……それより、羽歌乃さんに、夕食に招かれました。招きに応じようと思いますが、おふたりとも、それでよろしいですか?」

「あら爽さん、ずいぶんと素直じゃないの?」

羽歌乃さんが嬉しそうに言う。

「こんな強引な手段に出なくても、招いて下さったなら、素直に応じましたよ」

「とてもそうは思えないけど……まあいいわ。それじゃ、ディナーの準備ができるまで、楽しい時間を過ごしましょうよ」

「楽しい時間と聞くと、興味を引かれますが……ディナーまで、休ませていただけませんか?」

「あら? 爽さん、疲れたの?」

「水木さんのためですよ。その間、羽歌乃さんは遠慮していただけますか?」

「まあっ、わたしがいては、くつろげないと言いたいの?」

「ええ。どうせ、まだまだ色々と隠し持っているのでしょう? いまは遠慮していただけるとありがたい」

店長さんから真剣な口調で言われた羽歌乃おばあちゃんは、すんなり引き下がることにしたようだった。

そのあと、苺たち三人は、羽歌乃おばあちゃんの案内で、応接間らしい広々とした部屋に通された。

「それじゃ、また後で」

上品ながら不服そうに言い、羽歌乃おばあちゃんは行ってしまった。

「なんか、可哀想な気がするですけど……」

「あのひとは、甘くするとどこまでも調子づきます。この屋敷に留まったのですから、こちらにすれば、大きな譲歩ですよ」

向い側のソファに座っている店長さんは、口を閉じていったん姿勢を正した。

そして、澪に向く。

「水木さん、本当にすみませんでした」

「い、いえ。びっくりしましたけど、それ以上に、すっごく楽しかったですから」

「そうですか」

店長さんは何気なく左手を動かしたが、ジャラっと音がすると、顔をしかめた。

手錠の鎖が、ものすごーく癇に障っているのがヒシヒシと伝わってくる。

そいつをつけたのは、この自分なわけで、気まずくてならない。

手錠、かなり重かったよね……

そんなものがくっついているんじゃ、うっとおしくてしかたがないだろう。

さらに、動かすたびにジャラジャラと音がするんじゃ……

それをつけた犯人である苺のこと、ムカついて当たり前だ。

貴女は捕虜だと言われたが……考えてみれば、そう言われても仕方のない立場かも。

「それでは、水木さん話を……」

店長さんが話を切り出したところで、苺はさっと立ち上がった。

「苺? どうしました?」

「苺……その……申し訳なくて……だから」

その場でぼそぼそと言った苺は、そそくさと動き、店長さんの隣にちょこんと座った。そして、手錠の鎖に手を添え、そっと持ち上げてみた。

「い、苺?」

「これ、重いから……苺、こうやって持っておきますよ。そしたら、こいつがジャラジャラ鳴らなくて、店長さんも、少しはうっとおしくないでしょう?」

申し出た苺のことをじーっと見つめ、店長さんは思案する顔になる。

「う、うん。いいと思うよ」

同意して、澪が頷いてくれた。

「だよね。苺、ここは捕虜らしく、頑張るよ。澪」

「うん。頑張って」

応援された苺は、嬉しくなって頷いた。

「貴女がたときたら……」

呆れたように口にした店長さんは、「くっ」と声を上げ、突然前屈みになって笑い出したのだった。




   
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