苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP123、23『泣き笑い』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その9 譲られた賞品



「下僕ゲームと、名付けたほうがよさそうですね」

呆れた口調で店長さんが言う。

確かになぁ〜。

苺も思わず頷いてしまう。

羽歌乃おばあちゃんは、なんとも苦々しい顔をしておいでだ。

ゲームは、どこまでも店長さんの有利に運び、結局、店長さんはすんなり勝者になった。

「まったくもおっ、苺さんがしょっぱなから、爽さんの下僕になるようなことをするから」

羽歌乃おばあちゃんから責められ、苺はおばあちゃんに向けて、反論を込めて唇を突き出してみせた。

しょっぱなから、苺が店長さんの下僕になったのは確かだし、それが店長さんにとって、とんでもなく有利に運んだのも間違いない。

けど、このゲーム、下僕になる可能性が多すぎるのだ。

つまるところ、羽歌乃おばあちゃんは店長さんを自分の下僕にしたかったのだ。

それが狙いだったものだから、駒を進めれば、下僕、下僕、下僕……

澪も千佳子さんも、何度も羽歌乃おばあちゃんの下僕になったし、もちろん店長さんも下僕カードを引いた。

けれど、店長さんはそのたびに、自分の身代わりに苺を羽歌乃おばあちゃんに差し出した。

てなわけで、店長さんは一度も下僕になることなく、サクサクと駒を進め、ゴールしてしまったのだ。

当然だろうけど、思ったようにいかず、羽歌乃おばあちゃんはヒステリー気味。

とはいえ、ゲームそのものは、みんな楽しんだみたいだ。

店長さんの下僕に成り果て、いいように使われっぱなしの苺ですら楽しめた。

いやいや、赤っ恥も、たっぷりかいたけどねぇ〜。

思い出しては顔が赤らむ。

まさか、あんなへんてこなペナルティーばかり科されるとは……

ま、まあ、いいや。

……もうすべて忘れるとしよう。

うんうん、それがいい。

「それで勝利者への賞品は? 羽歌乃さん、もちろんあるのでしょう?」

苺の隣にいる店長さんがおばあちゃんに問いかけ、苺は店長さんに視線を向けた。

「賞品があるですか?」

へーっ、と思いつつ、今度は羽歌乃おばあちゃんに視線を移す。

羽歌乃おばあちゃんは渋面になり、千佳子さんに目をやる。

すると千佳子さんは微笑んで頷き、部屋の壁際に歩み寄った。そして、何か手にして戻ってきた。

「大奥様」

千佳子さんは、羽歌乃おばあちゃんににこやかに呼びかけ、手にしているものを手渡す。

おばあちゃんは、それを手に、仏頂面で店長さんに歩み寄ってきた。

「爽さん、あなたのたぐいまれな悪運の強さに脱帽よ」

不服そうに言い、小さな箱を店長さんに差し出す。

ほほお、そいつが勝者への賞品か? いったいなんなんだろうね?

もらってすぐ店長さんは蓋を開けようとする。苺はわくわくして店長さんの手元に目を凝らした。

そうしている間に、羽歌乃おばあちゃんのほうは、さっさと元の場所に戻っていった。

すぐに開けるものと思ったのに、店長さんはなぜか途中で手を止めてしまった。

訝しく思い、店長さんの顔を窺うと、羽歌乃おばあちゃんのことを思案顔で見つめておいでだ。

うん? 店長さん、どうしたんだろ?

首を傾げていると、店長さんは苺に振り返ってきた。

「苺」

「はい?」

「私の下僕として良く働いてくれました。これは貴女にお譲りしましょう」

居丈高に言い、店長さんは苺に小箱を差し出してくる。

「ええっ?」

驚きながらも、口元に笑みが浮かんでしまう。

「い、いいんですか?」

なんて太っ腹な店長さんだ。……けど……

「でも……苺にくれる前に、中身を確かめてみたほうがいいんじゃないですか?」

一番になった者への賞品なのだから、苺にくれるにしても、店長さんは自分で開けて中身を確かめてみるべきじゃないかな。

「いえ、ここは褒美として、貴女に開ける楽しみをお譲りしたいのですよ」

ご褒美だって?

そ、そんなに言ってくれるんなら、ここはありがた〜く、お楽しみを譲ってもらっちゃうべきかもしんないよ。

「そいじゃ、苺が開けてみるですよ。あっ、でも、やっぱり欲しかったってことなら、店長さんに返すんで、そんときは遠慮なく言ってくださいね」

そう口にし終えたところで、パカッと箱を開ける。

パパパパン!!

手元で不意に小さな破裂音がし、苺はぎょっとして固まった。

「い、苺、大丈夫?」

澪もびっくりしたようだが、苺を案じて焦って聞いてくる。

「やはりか……羽歌乃さん?」

羽歌乃おばあちゃんに向け、店長さんは追求するように呼びかける。

「まったく、苺さん。貴女ときたら、みすみす爽さんに騙されるなんてぇ」

羽歌乃おばあちゃんがもどかしそうに言い、苺は事態をようやく呑み込んだ。

い、苺……だっ、騙されたのかっ?

「店長さん、あんまりですよ!」

苺は食ってかかった。

だいたい店長さん、苺がこういうおっきな音が大の苦手なの、知ってるくせにぃ。

「苺、落ち着きなさい」

宥めるように言うものの、その顔には苦笑が張り付いている。

店長さんは、苺がびっくりしたと同時に取り落した箱を差し出してきた。

音にびっくりして苺が固まっている間に、拾ってくれたようだ。

「さあ、賞品を確認してごらんなさい」

小箱を苺の手の上に載せながら店長さんが言う。

「えっ?」

苺は思わず戸惑いの声を上げてしまった。

しょ、賞品って?

びっくりさせられてお終いじゃなかったのか?

浮き浮きしながら箱の中身を取り出した苺は、首を傾げた。

中に入っていたのは、鍵だった。

苺の指くらいのサイズで、凝ったデザインだけど、古めかしい。

「これって、なんの鍵なんですか?」

宝箱の鍵ってんなら、わくわくものだが。

「それは秘密よ」

羽歌乃おばあちゃんが、にやにやしながら言う。

「秘密の鍵ですか?」

「いずれ、わかるときがくるまで、失くさないように大事にしておきなさい」

鍵をしげしげ見ていた苺は、羽歌乃おばあちゃんの言葉に素直に頷いたが、店長さんが真剣な様子で鍵を見つめていることに気づいた。

「店長さん? やっぱり、これ欲しかったですか?」

苺の問いかけに、店長さんは顔を上げ、首を横に振る。

「いいえ。それは貴女が持っているべきものかもしれません」

「苺が?」

なぜ? という気持ちを込めて店長さんの目を見返すが、店長さんはそれきり鍵のことには触れてこなかった。

うーむ、謎の鍵とは……

いいものを手に入れられたかも。

楽しい想像が無尽蔵に膨らむアイテムだ。

結局のところ、下僕も悪くなかった……ってことかな。

謎の鍵の重みを楽しみながら、苺は笑った。





   
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