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その9 譲られた賞品
「下僕ゲームと、名付けたほうがよさそうですね」
呆れた口調で店長さんが言う。
確かになぁ〜。
苺も思わず頷いてしまう。
羽歌乃おばあちゃんは、なんとも苦々しい顔をしておいでだ。
ゲームは、どこまでも店長さんの有利に運び、結局、店長さんはすんなり勝者になった。
「まったくもおっ、苺さんがしょっぱなから、爽さんの下僕になるようなことをするから」
羽歌乃おばあちゃんから責められ、苺はおばあちゃんに向けて、反論を込めて唇を突き出してみせた。
しょっぱなから、苺が店長さんの下僕になったのは確かだし、それが店長さんにとって、とんでもなく有利に運んだのも間違いない。
けど、このゲーム、下僕になる可能性が多すぎるのだ。
つまるところ、羽歌乃おばあちゃんは店長さんを自分の下僕にしたかったのだ。
それが狙いだったものだから、駒を進めれば、下僕、下僕、下僕……
澪も千佳子さんも、何度も羽歌乃おばあちゃんの下僕になったし、もちろん店長さんも下僕カードを引いた。
けれど、店長さんはそのたびに、自分の身代わりに苺を羽歌乃おばあちゃんに差し出した。
てなわけで、店長さんは一度も下僕になることなく、サクサクと駒を進め、ゴールしてしまったのだ。
当然だろうけど、思ったようにいかず、羽歌乃おばあちゃんはヒステリー気味。
とはいえ、ゲームそのものは、みんな楽しんだみたいだ。
店長さんの下僕に成り果て、いいように使われっぱなしの苺ですら楽しめた。
いやいや、赤っ恥も、たっぷりかいたけどねぇ〜。
思い出しては顔が赤らむ。
まさか、あんなへんてこなペナルティーばかり科されるとは……
ま、まあ、いいや。
……もうすべて忘れるとしよう。
うんうん、それがいい。
「それで勝利者への賞品は? 羽歌乃さん、もちろんあるのでしょう?」
苺の隣にいる店長さんがおばあちゃんに問いかけ、苺は店長さんに視線を向けた。
「賞品があるですか?」
へーっ、と思いつつ、今度は羽歌乃おばあちゃんに視線を移す。
羽歌乃おばあちゃんは渋面になり、千佳子さんに目をやる。
すると千佳子さんは微笑んで頷き、部屋の壁際に歩み寄った。そして、何か手にして戻ってきた。
「大奥様」
千佳子さんは、羽歌乃おばあちゃんににこやかに呼びかけ、手にしているものを手渡す。
おばあちゃんは、それを手に、仏頂面で店長さんに歩み寄ってきた。
「爽さん、あなたのたぐいまれな悪運の強さに脱帽よ」
不服そうに言い、小さな箱を店長さんに差し出す。
ほほお、そいつが勝者への賞品か? いったいなんなんだろうね?
もらってすぐ店長さんは蓋を開けようとする。苺はわくわくして店長さんの手元に目を凝らした。
そうしている間に、羽歌乃おばあちゃんのほうは、さっさと元の場所に戻っていった。
すぐに開けるものと思ったのに、店長さんはなぜか途中で手を止めてしまった。
訝しく思い、店長さんの顔を窺うと、羽歌乃おばあちゃんのことを思案顔で見つめておいでだ。
うん? 店長さん、どうしたんだろ?
首を傾げていると、店長さんは苺に振り返ってきた。
「苺」
「はい?」
「私の下僕として良く働いてくれました。これは貴女にお譲りしましょう」
居丈高に言い、店長さんは苺に小箱を差し出してくる。
「ええっ?」
驚きながらも、口元に笑みが浮かんでしまう。
「い、いいんですか?」
なんて太っ腹な店長さんだ。……けど……
「でも……苺にくれる前に、中身を確かめてみたほうがいいんじゃないですか?」
一番になった者への賞品なのだから、苺にくれるにしても、店長さんは自分で開けて中身を確かめてみるべきじゃないかな。
「いえ、ここは褒美として、貴女に開ける楽しみをお譲りしたいのですよ」
ご褒美だって?
そ、そんなに言ってくれるんなら、ここはありがた〜く、お楽しみを譲ってもらっちゃうべきかもしんないよ。
「そいじゃ、苺が開けてみるですよ。あっ、でも、やっぱり欲しかったってことなら、店長さんに返すんで、そんときは遠慮なく言ってくださいね」
そう口にし終えたところで、パカッと箱を開ける。
パパパパン!!
手元で不意に小さな破裂音がし、苺はぎょっとして固まった。
「い、苺、大丈夫?」
澪もびっくりしたようだが、苺を案じて焦って聞いてくる。
「やはりか……羽歌乃さん?」
羽歌乃おばあちゃんに向け、店長さんは追求するように呼びかける。
「まったく、苺さん。貴女ときたら、みすみす爽さんに騙されるなんてぇ」
羽歌乃おばあちゃんがもどかしそうに言い、苺は事態をようやく呑み込んだ。
い、苺……だっ、騙されたのかっ?
「店長さん、あんまりですよ!」
苺は食ってかかった。
だいたい店長さん、苺がこういうおっきな音が大の苦手なの、知ってるくせにぃ。
「苺、落ち着きなさい」
宥めるように言うものの、その顔には苦笑が張り付いている。
店長さんは、苺がびっくりしたと同時に取り落した箱を差し出してきた。
音にびっくりして苺が固まっている間に、拾ってくれたようだ。
「さあ、賞品を確認してごらんなさい」
小箱を苺の手の上に載せながら店長さんが言う。
「えっ?」
苺は思わず戸惑いの声を上げてしまった。
しょ、賞品って?
びっくりさせられてお終いじゃなかったのか?
浮き浮きしながら箱の中身を取り出した苺は、首を傾げた。
中に入っていたのは、鍵だった。
苺の指くらいのサイズで、凝ったデザインだけど、古めかしい。
「これって、なんの鍵なんですか?」
宝箱の鍵ってんなら、わくわくものだが。
「それは秘密よ」
羽歌乃おばあちゃんが、にやにやしながら言う。
「秘密の鍵ですか?」
「いずれ、わかるときがくるまで、失くさないように大事にしておきなさい」
鍵をしげしげ見ていた苺は、羽歌乃おばあちゃんの言葉に素直に頷いたが、店長さんが真剣な様子で鍵を見つめていることに気づいた。
「店長さん? やっぱり、これ欲しかったですか?」
苺の問いかけに、店長さんは顔を上げ、首を横に振る。
「いいえ。それは貴女が持っているべきものかもしれません」
「苺が?」
なぜ? という気持ちを込めて店長さんの目を見返すが、店長さんはそれきり鍵のことには触れてこなかった。
うーむ、謎の鍵とは……
いいものを手に入れられたかも。
楽しい想像が無尽蔵に膨らむアイテムだ。
結局のところ、下僕も悪くなかった……ってことかな。
謎の鍵の重みを楽しみながら、苺は笑った。
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