苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP131、24『欲しい答え』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


『謎めいた言葉』



「苺、本当にありがとう。荷物も運ぶの手伝ってくれて……」

「お礼はもういいよ。でも、ほんと、仕事が見つかってよかったよ」

澪のアパートに送ってきたところだ。

羽歌乃おばあちゃんがなんだかんだと澪に持たせてくれて、荷物は行きの倍ほどに膨らんでいる。

ほとんどが食料品のようだった。

一緒に夕食を食べて帰ればいいと、苺も店長さんも言ったけど、澪は早く仕事に取りかかりたいようで、苺たちの仕事が終わってすぐ、ここに向かった。

もう少し一緒にいられると思っていたから、寂しいけど……

澪のやる気を優先すべきだとわかっている。

羽歌乃おばあちゃんのおかげで仕事が見つかり、澪はとても張り切っている。

羽歌乃おばあちゃんと店長さんの力添えに値するだけの頑張りを見せたいと思っているのだろう。

手に入れた仕事をずっと続けてゆけるかは、これからの澪次第だ。

これからの頑張りにかかっている。

まだまだ油断はならない。

だけど、とにかく澪はチャンスを手に入れたのだ。

頑張り屋の澪だから、すごく頑張るに違いない。

それが心配でもある。

「ねぇ、澪。頑張りは必要だけど……あんまり無理しすぎないんだよ」

「うん。わかってる。……ほんとに色々ありがとう。藤原さんと羽歌乃おばあちゃんにも、ほんとお世話になっちゃって……しかも、お土産までこんなにいっぱいもらっちゃって……」

澪の目がまた潤み始め、苺は澪の手をぎゅっと握った。

「澪、あんまり泣いたら目玉が溶けちゃうよ」

冗談を言うと、澪がくすくす笑う。

その笑い顔に、どうにも胸がジーンとしてきて、苺の目も潤んでしまう。

苺は鼻をすすり、にこっと笑った。

イラストレーターになる夢を、苺は叶えられなかった。

みんながみんな、夢を現実にできるわけじゃない。

だからこそ、澪には頑張ってほしいと思う。

でも……

イラストレーターになる夢は叶えられなかったけど、苺は新たな夢を、目標を手に入れられてる。

素敵な店員さんになる。

それがいまの苺の夢だ。

店員さんは世の中にいっぱいいるけど、一口に店員さんといっても、様々だ。

どんな店員さんになるかは苺次第……

「藤原さんみたいな素敵な彼氏ができて、ほんとよかったね」

澪の言葉に、苺は顔をしかめた。

「苺?」

「う、うん……実はさ……彼氏とかじゃないんだ」

友達の澪に嘘をつき続けるなんてできない。

苺は真実を告白した。

「えっ?」

澪は面食らった顔をする。

「そういう感じになっちゃってるだけで……」

「……あの……苺の言っている意味がわかんないんだけど……」

「わかんない?」

「うん」

頷かれてしまい、苺は困った。

「だ、だからさ……付き合ってないの」

わかってもらおうと言葉を尽くすが、澪はきょとんとしているばかり。

「店長さんは、苺の彼氏なんかじゃないんだよ」

「苺」

「うん?」

「いや……苺らしいなって……」

「何が? 苺らしいって?」

「そういうとこ」

「へっ? そういうとこって、何? どういうとこ?」

わけがわからず問い返したら、澪がおかしそうに笑い出した。

「澪?」

「恋愛してる苺って、まるで想像つかなかったんだ。けど……いま納得した」

「ええっ? 苺は澪が何を言ってるのか、全然わかんないんだけど」

「わかるよ」

微笑んで言われ、苺は戸惑って瞬きした。

「もうすぐわかる」

「な、何をわかるの?」

「それもわかる。もうすぐ」

謎めいたように言われ、苺は顔をしかめた。

「澪ぉ」

口を尖らせて言うと、急に澪が抱き着いてきた。

「み、澪?」

「わたしも、苺みたいな恋愛がしたいな。本物の」

まったく意味がわからない。

苺は途方に暮れて、謎めいたことばかり言う澪を見つめた。





 
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