苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP134、25『恋しいぬくもり』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その6 じわじわと不安



「苺お嬢様、何をしておいでです?」

笑いを含んだ声が聞こえるが、ベッドに潜り込んだ苺は無視した。

目を覚ませー、目を覚ますんだ、苺ぉ。

自分に言い聞かせていたら、執事の店長さんが「やれやれ」と呆れた声を出す。

「貴女ときたら、これが夢だと、本気で思い込んでいるとは……」

「だって、夢ですよ。まあ、確かに現実っぽいけど……でも、この部屋が夢の証拠です!」

きっぱり言い切る。

「ですから、夢ではありませんよ」

すぐ近くでその声が聞こえ、苺はぎょっとして目を開けた。

執事の店長さんは、驚くほど顔を近づけて苺の顔を覗き込んでいて、苺はドキドキした。

苺が目を開けたことで、店長さんが顔を離してくれ、ほっとする。

「トランプでポーカーをして、賭けで私が負けた。私は執事になると約束したから、それを実行したのですよ」

苺は目を開けて執事の店長さんを見る。

「けど、寝て起きたら、部屋がこんな風に変わってるなんてありえませんよ」

「私の寝室がこんな風に変わるわけがないでしょう。寝ている貴女を、この部屋に運んできたに決まっているじゃありませんか」

「は、運んできた?」

店長さんはこくりと頷く。

つ、つまり、これは現実なわけ?

苺が勝ったから、負けた店長さんは執事になるという約束を果たし、苺はお嬢様?

なんか、苺、店長さんに嵌められた気がしてきたんだけど……

だって、執事になってかしずいてくれるっていうから、それを素直に受け取って楽しみにしてたんだけど……

考えてみたら、相手はこの王様気質の店長さんだ。

誰より自分が楽しもうとするに決まってる。

だからあんな子どもっぽいドレスを用意して、苺に着るように強制してくるし……

これじゃ、どっちが勝者かわからない。

まるで罰ゲームだよ。

執事の店長さんに、お嬢様お嬢様とかしずかれて、楽しませてもらえるもんだと思い込んでいたのに……

楽しませてもらえるのか、もうはなはだ疑わしくなってきたぞ。

楽しいのは、店長さんだけなんじゃないのか?

「さあ、苺お嬢様、納得されたのなら、さっさと起きて着替えてください」

執事の店長さんは、そう言うと、いまだ唖然としている苺をベッドから引きずり出そうとする。

「わわわっ!」

叫んでいる間に、苺はベッドから下りていた。

「もおっ、こ無理やりベッドから引っ張り出すなんて、乱暴すぎるですよ。だいたい、いまの店長さんは苺の執事さんのはずなのに」

苺はぷりぷりしながら文句を言ってやった。

なのに、執事の店長さんはまるで堪えない。

やっぱり、王様気質はそのまんまじゃないか!

「朝食を準備してくれている吉田も、ティールームで待ちくたびれてしまっているかもしれませんよ」

そ、それはいけない。

店長さんにはムカつくが、善ちゃんに罪はない。

「急いで着替えるですよ」

そう言ったら、執事の店長さんはさっと動き、壁にかけられていたドレスを手に取り、苺にさしだしてきた。

「では、五分で着替えをなさってください」

執事がお嬢様に向けて、偉そうに命令するってのは、いまいち納得いかないけど……そんなことより……

「ちょっと待ってくださいよ。まさか、これを着て、本当にエステに行くんですか?」

夢の中でも嫌なのに……

「もちろんですよ。貴女様はお嬢様なのですから」

「い、いや……お嬢様だからって、これはないんじゃないですか? いくらなんでも、子どもっぽすぎますよ。苺はハタチを越えた大人なんですよ!」

真面目に申し立てたら、執事の店長さんはさもおかしなことを聞いたといわんばかりに、ぷっと噴いた。

「なんで噴くんですか? 苺は面白いことなんて、一言も言ってないですよ!」

「も、申し訳、あ、ありません」

ぷぷぷと笑いを噴き続けつつ、謝罪をもらう。

ちっとも謝られている気がしない。

「とにかく、今日のところは、これしか着替えはご用意できません。裸で朝食を召し上がりたくないのであれば、これに着替えていただくしかございません」

きっぱり言うが、そんなことはない。

「苺が昨日着てた服でいいですよ。さっさとそれ出してくださいよ」

「あの服は、お嬢様には相応しくございません。申し訳ございませんが、お出しすることはできません」

「はあっ。もおっ、いいですよ。執事とお嬢様ごっこはお終いにします」

苺はきっぱりと言い渡した。

「何をおっしゃっているんです。それはできません」

執事の店長さんは、苺以上にきっぱりと言う。

「ええっ! どうしてですか? 苺がポーカーの勝者なんですよ。苺にはやめる権利があるでしょう?」

「中止は絶対にありえません。お嬢様には、最後までお付き合いいただきます」

断固としていう。

これは絶対に引き下がってくれそうにない。

「最後って、いつまでなんですか? 今日の夕方ですか?」

そうせっついたら、急に執事の店長さんがうなだれた。

えっ?

「楽しんで……いただけると、思ったのに……」

がっくりと肩を落とし、哀しそうな目をする。

「う」

罪悪感がむくむく膨らんでくる。

「吉田もスタッフたちも……苺お嬢様に喜んでいただこうと、身を粉にして働き、これほどの準備を整えてくれたというのに……貴女に喜んでいただけないのでは……私は、彼らに合わせる顔がありません……」

辛そうに言い、執事の店長さんは苺からそっと顔を背ける。

さらに、スーツのポケットから真っ白なハンカチを取り出して、そっと目尻に当てた。

こ、これ、演技だよね?

そうだよ、絶対演技だよ!

そう思うのに、罪悪感が半端なく膨らんでゆく。

「わ、わかったですよ。そのドレス着ますよ。それでいいんでしょう?」

苺はやけくそで叫んだ。

「よろしいのですか?」

執事の店長さんは、奥ゆかしく聞き返しながら、苺にドレスを手渡してくる。

苺は仕方なく受け取った。

「では、お嬢様が着替えをなさる間、私はドアの外で待っておりますので、着替えを終えられたら、お声をおかけくださいませ」

畏まってお辞儀をした執事の店長さんは、すっと頭を上げ、満足そうに微笑んだ。

その顔に、さきほどまでの奥ゆかしさは微塵もない。

やっぱ、演技だったんだよなぁ。でも、演技とわかっていても、あんな顔されると……我を張っていられなくなるんだよね。

「では、苺お嬢様。この機会に、執事の私を、思う存分堪能していただきたく思います」

凛々しい顔で宣言し、執事の店長さんは颯爽として部屋から出て行った。

一人残された苺は、手にしている子どもっぽいドレスを見つめた。

じわじわと不安にとりつかれながら、苺はがっくりと肩を落としたのだった。





   
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