苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP134、25『恋しいぬくもり』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その7 執事の耳に念仏



閉じたドアを見つめ、苺は眉を寄せた。

まったく店長さんときたら……ポーカーの勝負を、まさか、ここまでおおごとにするとは……ビックリだよ。

ちょっと執事の格好をしてみせて、それでお終いだと思ってたのに。

まあ、考えてみれば、このくらいのことやらかしそうなおひとなんだけどさ。

それにしても、うかうかポーカーもできやしないな。

胸の内であれこれ考えつつ、苺は手に持っているドレスをあらためて見つめる。

マジでこれ着るのか?

嫌だよーっ!

お嬢様にしてくれたのはいいとして、こんなお子ちゃまなドレスを無理強いされるとは……

でも、着るしかない。

苺は自分を納得させ、渋々ながら、その場でお子ちゃまなドレスに着替えた。そして鏡の前に立つ。

「あっ」

鏡のところに可愛い籠が置いてあったのだが……どうやら、これもお嬢様のアイテムのようだ。靴下に靴、バッグもある。

言われるまでもなく、このドレスに合せて用意されたものに間違いない。

苺は無言でそれらを身に着けた。

「う、うーん」

苺は鏡に映った自分の姿に、思わず頭を抱えた。

確かに可愛い。サイズもぴったり。

だが、すさまじく可愛い。

可愛さがくどい。甘すぎるケーキって感じだ。

ふわんふわんのスカートを見下ろし、顔が引きつる。

そこには、これでもかってほどでかいリボンが、ふたつもついている。さらにぴらぴらのレースが盛りだくさん。

加えて白いフリルのついた靴下、そしてピンクの靴……

「まったく、どいつもこいつも、ゴタゴタとフリフリやらリボンがつきすぎだっての。これじゃあまるで、七五三だよ。ちとせ飴の袋を持ったら、さぞ似合いそうじゃん!」

ついつい、鏡に映っている自分に向けて皮肉を投げてしまう。

「むきーーーっ」

苺は腰に手を当てて仁王立ちになり、胸を張って鏡の中の自分を威嚇した。

七五三なやつが、威嚇し返してくる。

ポーカーで勝利して、店長さんが執事になるってきいて、そりゃあ喜んださ。

けど、こんなのを着せられるってのは……ちょいと違うんじゃないかい、店長さん?

勝利が、罰ゲームと化すとは。

イチゴ柄の服ばかり着せられたのにも閉口したけど……どうして、普通にお嬢様をやらせてくれないんだろうな?

不満を抱き、胸の内でぶつぶつ文句を並べ立てていた苺は、ふいに悟った。

そ、そうか、普通じゃ面白くないからだ。そういうことなんだ。

ひとり納得し、苺は唇をきゅっと突き出した。

そのとき、トントンと軽いノックの音がして、苺はドアに振り返った。

「はーい」

「苺お嬢様、朝食の支度が整いましたが……」

執事の店長さんだ。

「はーい。いま行くですよ」

大きな声で返事をし、苺はドアに向かった。

反抗してここに籠城しても意味はないからね。お腹もすいたし……

ドアを開けて外に出たら、ドア口で執事の店長さんが深々と頭を下げた。

「お嬢様、どうぞこちらに」

店長さん……まるで執事歴数十年ってくらいの貫録だな。

もしかしたら、どこぞで執事をやってた経歴でもあるんじゃないのか? なんてマジで思う。

「では、ご案内致しますので」

そう言うと、執事の店長さんは先に歩き出した。苺はそれに着いていく。

ティールームだったっけね。

どんな部屋なんだろうなぁと、勝手に想像しつつやってきたのは、苺の想像の上を行く可愛らしい部屋だった。

「ほほお」

思わず感嘆して声を出した苺は、物珍しさに眺め回す。

窓が可愛い。ぶら下がっているカーテンもかわいい。テーブルも椅子もお洒落だ。

そしてテーブルの上には豪華な朝食がひとり分用意されていた。

美味しそう♪ けど、ひとり分なの?

「さあ、苺お嬢様」

執事の店長さんが、苺を促すように声をかけてきた。

苺は執事の店長さんに歩み寄った。
そのとき苺は、善ちゃんが畏まって立っているのに気づいた。

「善ちゃん、おはよう」

「はい。苺お嬢様、おはようございます」

善ちゃんの返事に、苺はくすくす笑った。

やっぱり善ちゃんも、お嬢様と執事ごっこに加担するようだ。

「苺お嬢様、さあ、お早く席に」

執事の店長さんは慇懃にせっついてくる。

苺は執事の店長さんが引いてくれた椅子に、ちょこんと座った。

「さあ、お召し上がりください」

そう勧められるが……

「苺、ひとりで食べるんですか? 店長さんは一緒に食べないんですか?」

「苺お嬢様、私は執事です。お嬢様と同じ席に着くことなどできません」

「えーっ、わたしひとりで食べるんですか?」

それは嫌だなぁ。

「もちろんです」

どうやら、一緒に食べてくれる気はないらしい。たぶん、店長さんはもう食べたんだろう。

「さあ、エステに間に合わなくなります。苺お嬢様、お早く」

執事から、こんなに高飛車にせっつかれるお嬢様というのもどうなんだろうと思いつつ、苺は食べ始めた。

朝食をいただきながら、苺は自分のすぐ側に控えている執事の店長さんと善ちゃんが気になり、ちらちらと視線を向けてしまう。

注目を浴びながら食べるなんて、めちゃくちゃ落ち着かないよ。

会話もまったくなく、静まり返り、食事をしている苺が立てる音が、ただ部屋に響くだけ。

あー、お嬢様って、つまんないな。なんかもう飽きた。

すでに店長さんから、中止は絶対にありえない。最後まで付き合ってもらうとは言われたけど……

「あのお、店長さん?」

「私の名は、爽でございます。苺お嬢様」

「だから、あの、もういいです」

「えっ……もう、お食べにならないのですか? まだ半分ほどしか……」

「ち、違うですよ」

苺は慌てて否定する。
もう食べないと思われて、料理を全部下げられたら堪らない。

「そうじゃなくって……苺、お嬢様役はもういいかなって」

「おそれながら……苺お嬢様、いったいなんのことをおっしゃっておいででしょうか?」

「なんのことって……だから、苺、お嬢様はもう充分堪能したんで、お終いってことにしたいってことで……」

「お終いという意味がわかりかねます。そんなことよりも、さあお早く食事をおすませください。エステに間に合わなくなりますので」

だ、だめだこりゃ。執事の耳に念仏だぁ。

苺は心の中で白旗を上げた。

やめる気ゼロか……あーっ、頭痛くなってきた。

ひとりきりの朝食を終えると、この屋敷のお嬢様として善ちゃん率いるスタッフさんたちに見送られることになった。

店長さんの車は玄関先に横づけになっていた。

いつものように助手席に乗り込もうとしたら、執事の店長さんに、ソフトな声で止められる。

「苺お嬢様、こちらです」

執事の店長さんは後部座席のドアを丁寧に開け、苺に乗るように促してきた。

なんか声がソフトなだけに、腹立ちが募るってか……。

しかし、お嬢様は後部座席なわけか……わかりましたよ。

苺は文句を言わずに後部座席に乗り込んだ。

店長さんが運転席に乗り込むと、車はすぐに走り出す。

「店長さん、ほんとにこの服でエステにいくんですか? お願いですから、ワンルームに着替えに寄ってくれないですか?」

「申し訳ございません。お嬢様が何をおっしゃっているのか……」

「もおっ、執事ごっこはいいですってば。苺はもうたっぷり執事ごっこを楽しみましたって」

「諦めが悪いですね。今日一日と申しあげたはずですよ。苺お嬢様」

「だ、だって……」

「そんなことよりも。今日のお嬢様のスケジュールをお伝えいたしましょうか?」

かはーっ、店長さんひとりノリノリって感じだな。すっごい楽しんでるみたい。

これじゃあ、やめようなんて思わないか……

「スケジュール?」

「はい。今日はこれからエステに参りますが、そちらを終えましたら、屋敷に戻りまして昼食となります。それから四時くらいまでは自由にお過ごしていただいて、その後、羽歌乃様のお屋敷にご訪問となっております。夕食はそちらでお召し上がりいただくことになります」

すらすらと答える店長さんに感心していた苺だが……

ほおっ! 自由時間があるんだね。
いいこと聞いた。ちょっと息抜きできそうじゃん。

そいで……

「羽歌乃おばあちゃんのところに行くんですか?」

「はい」

「苺はこのドレスのまんまですか? それで店長さんは、執事のまんまですか?」

「もちろんです」

「でも、それじゃあ、苺と店長さん、一緒にご飯を食べられないんじゃ?」

「そうなりますね」

徹底する気か……

やれやれ、諦めて付き合うしかないらしい。

苺がどっと疲れを感じているところで、車はエステに到着したのだった。





   
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