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『謎のご挨拶』
閉店時間が近づきつつある頃合い、店の外に目を向けた苺は、にっこり微笑んだ。
上品な色合いの振袖とスーツのカップルが仲良さそうに並び、ウインドー越しに陳列された商品を眺めている。
あそこの陳列棚に置いてあるのは竹細工の商品で、ふたりが目を止めたのは、手のひらぐらいの小物入れのようだった。
振袖を着てるってことは、振袖のひと、今日が成人式だったんじゃないかな。
男のひとのほうもスーツ着てるし、ふたりそろって成人式だったかもしれないよね。
同い年のカップルか。
「いいねぇ、フレッシュカップル♪」
思わず叫んでしまったら、背後から「鈴木さん」と呼ばれた。
苺は慌てて振り返った。
「店長さん」
もちろん店長さんは爽だ。
婚約者だけど、お店では従業員と店長さんという立場なので、爽のことは店長さんと呼ぶようにしてる。
ときたま、つい名前で呼んじゃったりするけどね。
そういうときは、慌てて言い直す。
だって、藍原さんがさぁ……
あのお侍のような眼差しがねぇ……どうにもビビらされるんだよ。
「あのおふたり、成人式のカップルさんかなって」
そう伝えつつ、苺は視線を爽からカップルに戻した。
「きっとそうなのでしょうね」
爽も同意してくれ、にっこり微笑んでしまう。
「何か、買ってってくれないですかね。成人式の記念に」
ふたりが気に入りそうな商品がないかと店内を見回していたら、爽が「入って来るようですよ」と言うではないか。
苺は期待してカップルをちらりと見た。
ふたりが、会話しながら店の中に入ってくる。
するとふたりの話し声が耳に届く。
「あの竹で編んだ蓋付きのカゴ、海のおばあ様が喜びそう」
「あれなら真理さんも気に入るんじゃないか? けど……繰り返すが、僕は詩歩に何か買いたいんだ……君が成人になった記念に……」
スーツの人は呟くように口にしながら、じっくりと陳列された商品を見ている。
ずいぶんなイケメンさんだ。
振袖さんの方は儚さを感じさせる麗しの乙女って感じで、とってもお似合いだ。
「海、それならもう、これをもらったわ」
振袖さんは頬を桃色に染め、結った髪に飾られている素敵な髪飾りにそっと指先で触れた。
「それは別に決まってるだろ。僕はちゃんとしたものを贈りたいんだ」
「ちゃ、ちゃんとしてると、思うんだけど……」
振袖さんはスーツさんの背に向けて遠慮がちに言うが、彼は聞いちゃいない。
いや、ありゃぁ~聞こえないふりだな。
そう考えて苺の胸に笑いが込み上げる。
いいカップルさんだねぇ。
相思相愛、ふたりから愛が溢れてるよ。
結局、ふたりはそれぞれ相手に贈るものをお買い上げしてくださり、苺は精魂込めてラッピングさせていただいた。
成人の贈り物だということを意識して包ませてもらったそれは、振袖さんにとても感激してもらえた。
まさに店員の醍醐味だ。
胸を福々とさせ、苺は爽とともにおふたりを見送った。
すると、そのタイミングを待っていたかのように近づいてきた藍原さん、「おふたりに、新年の挨拶をしろとのことですよ」と言うのである。
「新年の挨拶?」
爽が訝し気に聞き返す。
「なんで、このタイミングで新年の挨拶をするんですか? だいたい、お正月も終わっちゃったのに……」
「いや、要……そもそも、『しろとのことですよ』という言葉が不可解なのだが」
「こちらの……いえ、あちらの都合……」
意味の分からないことを口にした藍原さん、そこで気を取り直したように、きっぱりとした目を苺と爽に向けてくる。
「とにかく、挨拶してもらえますか? 話が終わりませんので」
「皆目、意味が分からないんだが」
ブーブー言う爽に合わせて、苺もうんうんと頷いておく。
「挨拶をすれば、丸く収まるのですよ。さあ、疑問は棚に上げて新年の挨拶をなさったほうがよろしいかと」
藍原さん、突然何を言い出してんだ? と思ったが、藍原さんはぐいぐい強引に押してくる。
それでも刃向かっていた爽だが、負けない藍原さんについに根負けしたようだった。
不本意を露わにむっつりと、爽は苺に向いてくる。
「苺、貴女が挨拶なさい!」
やっぱ、お鉢は苺に回ってきたか。予想した通りだけどね。
なぜここで新年の挨拶をしなければならないのかの疑問は置いとくことにし、藍原さんに従うことにする。
苺は、藍原さんの指示で、適当な方向に向かってお辞儀した。爽も渋々の体でお辞儀したが、驚いたことに藍原さんは超真面目にお辞儀している。
よ、よくわかんない流れだけど、まあ、いいか……
「えーっと、新年の挨拶をしろとのことなので、挨拶するですよ。明けましておめでとうで~す」
元気よく挨拶し、続く爽の挨拶を待つ。だが、爽はなかなか口を開かない。
「爽様!」
とてもやわらかに語気を強め、藍原さんは催促した。
すると爽は、苦々しそうに唇を歪めたものの、「新年おめでとう」と口にする。
そんな爽に対して、藍原さんは何か言いたそうにしたが、気を取り直した様子で、まっすぐに前を向き、改めて深々と頭を下げた。
「謹賀新年! この挨拶をお目にしてくださっている皆様に、心より感謝いたしております。もっと更新に励むよう、あのろくでなしに、この藍原がきつく申し渡しておきましょう」
そう口にした藍原さんの目は、とんでもなく恐れる光を放った。
「ぎゃっ‼‼」と、どこぞで叫び声が聞こえた気がしたが……これは空耳か?
「爽、いま悲鳴みたいな声が……聞こえなかったですか?」
「……気にすることはない。では、閉店時間も過ぎましたし、店じまいに取り掛かるとしよう」
「はっ」
お侍さんのような返事をし、藍原さんはさっそく店じまいに取り掛かる。
爽もいましがたの謎の新年の挨拶のことなど気にした風もなく、動き始めた。
そんなわけで、苺は腑に落ちないまんまで、閉店作業を始めたのであった。
それにしても、藍原さんの口にした『ろくでなし』って……誰?
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