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第3話 激しく誤解 〜苺〜
宝飾店に辿り着いた苺は、三千円均一のショーケースに近づいていった。
店には苺の他にもお客さんが数人いて、店員さんに相手をしてもらっているひともいる。
宝物のルビーのネックレスのお仲間を眺めた苺は、思わずむふっと笑う。
先週の日曜日まで、この子もここにいたんだよねぇ。
いつものように新顔がいくつかお目見えしている。このお店、マメに商品を入れ替えているようなのだ。
新顔たちを新入生を迎える気持ちで眺め終えた苺は、五千円均一のケースに目を向けてみた。
これまで三千円均一のケースしか見てなかったけど……あっちの連中も、ちょっくら眺めてみようかな?
おおおっ! 二千円プラスされただけなのに、ずいぶんと石が大きいし、チェーンもしっかりしてる。おまけにデザインも凝ってて素敵だし……
「いつもありがとうございます。どれかお気に召したものはございましたか?」
ガラスケースの中のジュエリーを、一個一個確認するように眺めていた苺は、よく響くソフトな低い声を耳にし、ぎょっとして顔を上げた。
苺に微笑を向ける目の前のこの男性は、たぶん、ここの店員さんなのだろう。
背が高く、すらりとしていて、スーツが滅茶苦茶似合っていた。そして、その身から光を発しているかのごとく、眩しい。
店のライトが全部彼に向いているんじゃないかと、マジで疑ったくらいだ。
こ、このひと、ほんとにただの店員さん? やたら高貴な匂いがするっていうか、まるで貴族って感じだよ。
突然胸に異変を感じ、驚いた苺は思わず胸を押さえた。
なんか知らぬが、胸がブルブルッと震え始めたのだ。
ありりっ?
まるでマナーモードにしている携帯が鳴ってるみたいに思えるんだけど……
ま、まさかだよね?
いくら苺がおっちょこちょいでも、ブラの中に携帯電話なんぞ入れちゃいないはずだ。
おかしいなぁと思いつつ、目の前の店員さんに意識を向けた苺は、びっくりした。
オーラを背負っている高貴で貴族っぽい店員さんの視線が、まっすぐに苺の首元を捉えている。
えっ、えっ、えっ?
な、な、なんだ? この店員さん、もしや首フェチなのか?
無意識に自分の胸をまさぐっていた苺の手は、当然だが、携帯なんぞ探し当てたりはしなかった。
け、携帯、バッグの中だよね?
彼女はバッグの口を開けて、中を覗きこみ、携帯電話がいつものように転がっているのを確認した。
乱暴に携帯電話を引っぱり出したせいで、ポケットティッシュと、白い封筒が落ちた。
貴族っぽい店員さんは、さっと屈んでそれを拾ってくれる。
「ああ、そうでしたか」
お礼を言おうとした苺は、きょとんとした。
その言葉には、どうしてかひどく納得したような響きが感じられたのだ。
な、なんだ?
「早く言ってくだされば……さあ、こちらへ」
店員さんは、店の奥へと苺を促してきた。もちろん、なんのことやらさっぱりわからない苺は、困惑しつつびびった。
「え、え、あ、あの……」
「履歴書ですよね? これ?」
貴族っぽい店員さんは、手にした封書を苺の前にかざして言う。
確かにそいつは、昨夜苺がせっせと書いた履歴書だ。
いついかなるときでも、正社員募集の求人に対応できるようにバッグに入れておいたのだ。
「面接においでだったんですね。わかりました、すぐに始めましょう」
へっ? め、め、め、面接? な、なんか激しく誤解されたようだ。
と、とんでもないことになった!
隣に並んで歩いている貴族っぽい店員さんを、苺は恐れの眼差しで見つめた。
その右手には、苺が書いた履歴書が握られている。
違うんです!
そう言いたかったが、口を挟む隙も与えられなかった。
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