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第5話 これって何? な面接
苺は自分の前を歩いていく背の高い男性を、恐れの目で見つめた。
彼の右手は、苺が書いた履歴書を握っている。
それは違うんです!
そう言いたいが、口を挟める隙がないというか……
「さあ、どうぞ」
背のすらりとした店員さんは、店の奥の白いドアを開けて、苺が入るのを待っている。
「あ、あのっ……その……」
あわあわしすぎて、言葉が出てこない。
ドアの前で動かない苺の背にソフトに手をかけ、店員さんは彼女の身体を中へと押し込んだ。
店の奥の部屋は、なんだか店内とは別世界のようだった。
広さはさほどないが、素敵なテーブルと椅子が置かれ、洋画とかで観たことのある洒落た客間のような雰囲気の部屋だ。
「では、そこに座ってください」
店員の言葉に、苺は浮き足立ったまま椅子に浅く腰掛けた。
封書から、苺の履歴書が取り出されるのを見つめている間に、心臓がバクバクしはじめる。
き、緊張するぅぅぅ。
それにしても、このひと、なんか、めったやたらかっこいいひとだぁ〜。
こんなひと、現実にいるんだ。
真美さんは、兄貴ほど素敵な人はいないと思っているようだが…この人を見たら、兄貴は危機に陥るかもしれない。
苺は相手の手に魅入った。
男のひとなのに、驚くほど綺麗な手をしている。
指は長いし……
その指が動くさまは、なんともいえない色気があって…
「鈴木苺さん」
「は、はいっ」
瞳を桃色に染めて、店員さんの手に見惚れていた苺は、バツの悪さにぴょこんと飛び上がりつつ、姿勢を正した。
店員さんの口元が、かすかだがピクピクと動いた。
わ、笑われちゃったよ……
苺は頬を真っ赤に染めて俯き、テーブルを見つめた。
「専門学校を卒業されて、いまはこの会社にお勤めされているわけですか?」
「は、はい。アルバイト……なんですけど……」
「アルバイト?」
「はい。その……正社員では、なかなか雇ってもらえなくて」
「そうですか。いまの仕事は? すぐに辞められるのですか?」
「せ、正社員で雇っていただけるところがあったら、いつでも辞めるで、ま、ます」
うっ、わあっ、噛んじゃったよ。
「いまの仕事に不満が?」
「いえ」
苺は顔の前で手を横に振った。
「仕事は気に入ってるんです。お菓子の箱を作ってる工場で……綺麗な紙をハサミで切ったりとか……まるで工作の時間みたいな仕事で、楽しいんです」
「……宝石には興味がおありですか?」
苺が言葉を言い終え、何秒か沈黙が落ちたあと、店員さんはそう質問してきた。
彼女は、この面接の失敗を悟った。
辞める仕事を絶賛しちゃうなんて……
苺、ば、ばかだぁ。
「あ、あのっ」
なんとかしてこの失敗を取り返さなきゃと思うのだが、パニックにかられた頭は真っ白で、ちっとも言葉が出てこない。
「そのネックレスは、ここでお買い上げいただいたものですね」
その言葉に、苺はネックレスの恩恵を思い出した。
そ、そうだった!
いまの苺には、このラッキーアイテムがある。
「は、はい。宝石にはあまり興味なくて、やっぱり高いし……で、でもですね、ここの三千円均一なら買えるなって」
苺は思わずにっこりと笑った。
「これつけてると、ウキウキするんです。なんかわかんないんですけど、元気をもらえるんです」
「それは嬉しいですね」
そ、そうですか?」
「ええ」
貴族っぽい店員さんの微笑みには、ちょっと苦味が含まれていて、苺のハートをときめかせた。
ビターチョコみたい。
それに、このひと、男のひとなのに、驚くほど綺麗な手をしてる。
指も長くて……その指が動くさまは、なんともいえない色気があって……
「土日祝日も、仕事をしていただけますか?」
指を凝視していた苺は、その質問にハッと顔を上げ、あたふたと姿勢を正した。
「は、はい。もちろんしていただけ……い、いえ、するで……し、します。できます」
焦って言葉を言い間違えてしまい、さらに墓穴を掘りまくり、苺は顔をしかめた。
敬語をうまく使えないことは、よく指摘される。だが、うまいことしゃべろうと思えば思うほど、おかしなことになるのだ。
「そうですか。……しばらくは準社員として働いていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
貴族っぽい店員さんは、どうしてか申し訳なさそうに言うが、苺はただただ驚いた。
そ、それって……敬語が使えないせいで、この面接も不合格だと思っていたのに……
採用? 面接、合格? 合格なの?
「は、はい〜っ」
ついつい、声が裏返る。
お、おちつけ〜、おちつけぇ、苺ぉ〜。
「給料のほうは月に二十五万。ボーナスは夏と冬、それぞれ二ヵ月分程度ということで」
苺はその説明に目を丸くした。いや、冗談でなく、目玉が飛び出たかもしれない。ボーナスの言葉に、心が舞い上がる。
ボ、ボーナス! ボーナス! な〜んていい響きなの。
頭の中で、八分音符がぴょこぴょこ跳ね回る。
給料の二か月分ということは……一回、ご、ご、ごじゅう……まん? まっ、まじでぇ?
「住居も、この近くの物件を提供できますが」
「はいっ? じゅ、じゅうきょ?」
意味がわからず、苺は目をパチパチさせた。
「賃貸のアパートですよ。こちらが提供する住居であれば、私のほうで賃貸契約をし、家賃もこちらで振り込みますが」
もう絶対、苺の目玉は飛び出たに違いない。びっくり仰天、ゴボウ天。
「そ、そんなおいしい話、あるですか?」
あまりに突飛な話に、思わず飛びつくように口にしてしまう。
「は?」
高貴で貴族っぽい店員さんは、呆気にとられていたが、その直後、上体をねじって口元に手を当て、くっくっくっと笑い出した。
おいしい話という表現は、そんなにもおかしかったのか?
「おいしい話、受けますか?」
改めて真面目な口調で尋ねてきた店員さんだが、その目元には、楽しそうなからかいの色が浮かんでいた。
その反応を見た苺は、上品すぎて気後れしてしまっていた店員さんに対して、ちょっぴり親しみを感じた。
「う、受けたいです。よろしくお願いしますです」
「鈴木さん」
「は、はい」
「明日から、というのは無理ですか?」
「あ、明日ですか?」
「ええ。午前中にバイト先は辞職されて、午後から」
「ははぁ」
あまりにもおいしい話に、呆けた返事をしてしまう。
「午後からが無理でしたら、ここに連絡してください」
店員さんが差し出してきた名刺を苺は受け取った。
「それから、休みは月曜日と木曜日になります。ただ、今週だけは金曜日ということで、構いませんか?」
「はい。ぜんぜんそれで構わないです」
「住居は、間取りとか希望がありますか?」
受け取った名刺を見ようとしたが、そう問われて反射的に顔を上げる。
「ワ、ワ、ワンルームでお願いしますっ」
声をうわずらながらも右手をさっと上げ、苺は元気よく答えた。
「ワンルーム……ですか?」
「はいっ」
苺は心を躍らせながら頷いた。
「鈴木さん」
「はい」
「笑って」
不意をつかれ、苺はぽかんとした。
「笑ってみてください」
笑みを浮かべ、店員さんは重ねて言う。
こ、これは、営業スマイルの練習というやつか? よ、よしっ。ここは思い切って、精一杯の営業スマイルを……
苺は、にはっと笑った。
そのとき、細くて綺麗な指が伸びてきて、その指先が苺のえくぼのくぼみにつっこまれた。
こ、これって、何?
パニックに駆られ、苺は目を泳がせた。
「申し遅れましたが、私はこの店の店長で、藤原と申します」
ありえない行動に出ておきながら、実にさわやかな笑みを浮かべて彼は自己紹介する。
こ、このひと、店長さんだったのか……
しかし、なんでいま、苺はほっぺたをつつかれたんだ?
「では、鈴木さん、これからよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いするです」
立ち上がった店長さんを見て、苺も慌てて立ち上がり、彼女はクエスチョンマークを浮かべたまま、ぺこぺこと頭を下げたのだった。
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