苺パニック

第1章 [下っ端店員戸惑い編]



第8話 食えない腹心 ~爽~



「爽様、いましがた、鈴木さんがおいでになりましたよ」

祖母が自分の屋敷に戻ったとの情報を得て店に戻った爽は、その要の報告に眉を上げた。

まさか、ここでは働けないと、断りにきたのか?

「それで?」

彼女との繋がりが、あっけなく切れてしまったのかと動揺しながら、爽は要に話の続きを催促した。

「話しかけてみましたら、爽様のことを探しておられるようでしたので、外出されていると伝えました」

「それで、どうしたんだ?」

「はい。困ったようなお顔になり、そのまま帰ってしまわれそうになったので、名前を呼んで呼び止めましたら……」

「呼び止めたら、どうしたんだ? 要、もっと簡潔に話せないのか?」

要の説明がまどろっこしく感じて、つい不満を口にしてしまう。要はくいっと眉を上げた。

「簡潔に話してよろしいのですか? それでしたら……」

爽は慌てた。

「いや、悪かった。詳しく話してくれ。それで、呼び止めたら?」

「はい。呼び止めましたら、まるで、自分の名前ではないというような驚きの反応をなさったので、私も少々自信がなくなりまして……」

やはり、まどろっこしい。

爽は苛立ちながら、「それで?」と、さらに催促した。

「はい。確認のために、明日から勤めていただくことになった鈴木さんですよね? と、お尋ねしました。そうしましたら……」

「ああ、そうしましたら?」

イライラを募らせながら、おうむ返しに聞く。

「可愛らしい笑みを……」

「は?」

爽は、思わず不機嫌な声を上げた。

「とても可愛らしい笑みを浮かべられたのです。私、嘘はつけませんので……爽様、機嫌を悪くなさいましたか? すみません」

こ、こいつ……

申し訳なさそうな笑みを浮かべる要に、殺意が湧く。

「彼女は私に会いに来たのだろう?」

「それが……わからなかったのです。なぜか、『ありがとうございます』と叫んで、頭を下げられて……私も意味がわからずに、唖然としていましたら、その間に走り去ってしまわれたんです。呼び止める隙もありませんでした」

爽は頭を抱えた。

なんなんだ? 最後まで話を聞いても、わけがわからないままじゃないか。

「仕事を断りにきたわけではないんだな?」

「はい。それは間違いないようでした」

携帯の番号は履歴書に載っているし、彼女に電話をかけて、話を聞いてみるべきだろうか?

いや、やめておこう。

仕事を断ってきたわけではないのだ。明日、約束通り、彼女はやってくるはず。

「紅茶を持ってきてくれ」と要に命じ、爽は自分専用の部屋に入った。

あまり広くはないが、居心地がよく、家具も設置してある。

宝飾店以外の仕事が忙しいときは、ここでその仕事をしている。

机に向かって腰かけた爽は、部屋を見回して眉を寄せた。

鈴木苺がここで働くならば、彼女専用の更衣室があったほうがいいのではないだろうか?

それに、あんなやぼったい私服で店に出すわけにはいかない。となると、スーツが必要だな。

明日は、彼女に提供する住まいに連れて行くつもりだったが……ついでにスーツも買いにいくとしよう。

それと、彼女をしっかり磨かないとな……

明日のことを考えてにやついていると、要がドアをノックし、紅茶を運んできた。

「爽様。お待たせしました」

「ああ。ありがとう。……要」

「はい」

「この部屋を、彼女の更衣室にすることにした」

爽の報告に、要は驚きの表情を見せた。

「よろしいのですか? それでは爽様の部屋が……」

「これからはスタッフルームを使う。必要な家具は、私のほうで手配する。明日のお昼までに、模様替えを終えよう」

「承知しました」

要が下がっていき、爽は紅茶を飲みながら、模様替えの構想を練った。





「おいしかった。大平松、ありがとう」

ワンルームマンションのソファに座って夕食を終えた爽は、ナプキンで口元を拭きながら、彼のすぐ側で畏まって立っている大平松にねぎらいの声をかけた。

「はい。爽様に喜んでいただけ、ありがたきしあわせです」

豪快な声で返事をするこの男は、爽の屋敷の料理長だ。

大柄な見た目からガサツな印象を受けるが、料理の腕は確かだ。
食べたいものをリクエストすると、即座に応えてくれる。

「こんな場所で料理をさせてすまなかったな」

ワンルームマンションのキッチンは、大平松には手狭なはずだ。

調理に必要なものはほぼそろってはいるはずだが……いつも広々とした屋敷の厨房で調理しているのだから、こんな場所ではやりにくいだろう。

レストランで済ませても良かったのだが、執事の吉田から、大平松に命じてやってほしいと請われたのだ。

大平松は、爽のために食事を作るのを生きがいにしているのだからと……

吉田も当然のように大平松と一緒に来るつもりでいたらしいが、いくらなんでもふたりは必要ないと断った。

こんな狭い場所で、料理長と執事のふたりがかりで面倒をみられながら食事を取るなんて……さすがに遠慮したい。

「とんでもございません。爽様に呼んでいただけて嬉しいですよ」

偽りのない笑みに、悪い気はしない。

大平松が帰り、ひとりになった爽は、ノートパソコンを開いて仕事を始めた。





   
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