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プロローグ クリスマスの飾り付け
ワンルームに到着し、苺は笑みを浮かべた。
「やっと来たーっ」
苺のワンルーム。いや、苺と爽のワンルームだな。
爽のお屋敷も居心地いいんだけど、やっぱりここは特別だよね。
もっと頻繁に来たいけど、やっぱりお屋敷の方がメインになっちゃって、ここんとこなかなか来られなかったのだ。
けど、十二月に入ったんだから、どうしても来なきゃね。
苺は車から降り、すでに車から荷物を取り出している爽に負けじと、自分も荷物を取り出す。
なんとも心が踊り、苺は荷物を手にしたまま、その場でくるくる回った。
「苺、そんな風に勢い良く回っていたら、よろけて転びますよ」
「だって、楽しいんですもん」
爽の注意もなんのそので答えた苺は、回るのをやめたが、目が回ってしまい、よろけまいと足を踏ん張った。
ここでよろけでもしたら、ほらみたことかと爽に突っ込まれてしまう。
「苺」
「はーい」
ようやく目眩が消え、苺はワンルームのエントランスに向けて駆け出した。
爽は呆れ顔で苺について来るが、苺はそれすら楽しい。
部屋に到着し、苺は手にした荷物を部屋の床に置いたが、部屋の中は寒いったらなかった。
「なんか、すっごい冷えちゃってますね」
冷え込んだワンルームに対して可哀想な気持ちになってしまい、苺は爽に言った。
「ずっと留守にしていましたからね。すぐに温めましょう」
リモコンを取り上げ、爽はエアコンのスイッチを入れてくれる。
苺はさっそく紙袋から箱を取り出し、蓋を開けようとしたが、爽にその手を取られた。
「どうしたですか?」
「部屋が温まってからにしましょう。ほら、手が冷たい」
爽は苺の手を包むように握り、そしてなぜかベッドに連れて行く。
「爽?」
「ベッドに入っていた方が温かいですよ」
「それもそうですね」
苺はすぐさま賛成し、ベッドの中に潜り込んだ。爽もすぐに潜り込んできて、苺をぎゅっと抱き締めてくる。
「うん、温かい」
爽は満足そうで、苺も嬉しくなる。
「ここのところずっとお仕事忙しかったから、疲れてるんじゃないですか?」
「それはあなたもでしょう?」
「苺は爽ほどじゃないですよ。苺が寝てからも、爽はお仕事してたでしょう?」
「いまは忙しい時期ですからね」
爽は、お店の仕事だけじゃなくて、もっといっぱい仕事を抱えてる。
もう少ししたら、たくさんの店舗を視察に回る予定もある。
去年も視察したんだよね。なんでか苺は、男性用のスーツにカツラまで被って、男のひとのふりをしてさ。
……今年も男性のふりをするのかな?
「でも、今日は休日なのに、爽は苺がいない間、仕事するつもりなんでしょう?」
「あなたがご友人の田辺さんと会っている間だけですよ」
そうなのだ。今日はこのあと、友達のすいちゃんとランチの約束をしている。
すいちゃんと会うのも数か月ぶりなんだよね。
「くくっ」
爽が急に笑い声を上げ、苺は眉を寄せた。
「何がおかしいんですか?」
「いえ、あなたはどうしてこんなに甘い香りがするのかと、不思議で」
「甘い香り? するですか?」
「するですよ」
爽は苺の口真似をして微笑む。
ううっ、その笑みは困るよ。
なんか胸がキューンとしてすっごく苦しくなるんだもん。
瞬きして、爽を見つめていたら、不意をつくようにキスされた。
一瞬慌てたものの、爽のキスに酔い、ぽわんとした心持ちになってしまう。
「……甘い」
キスを味わい、唇を離した爽が呟く。
その呟きはとてもエロティックで、苺の心臓はバクバクしてしょうがない。
「もっと味わいたいところだが……今夜のお楽しみにしましょう」
爽は残念そうに言いながらも、さっさとベッドから出てしまった。
今夜のお楽しみとか……顔が勝手に火照ってきちゃうんですけど。
「もう寒くないですか?」
赤くなった顔を隠すように布団をかぶったまま、苺は持ち込んだ荷物を開け始めている爽に尋ねた。
「ええ。温まりましたよ。さあ、始めますよ」
「はーい」
苺は布団から飛び出て、爽と一緒に荷物を開けた。
一番大きな荷物は、去年も飾ったツリーだ。
お屋敷も、いたるところクリスマスの装飾がしてある。
仕事から帰ったあとや休日を利用して、爽と一緒に、善ちゃんに協力して飾ったんだよね。
苺の部屋も爽の部屋もクリスマス一色だ。
鈴木家の苺の部屋にも、ちっちゃなクリスマスの置物を飾った。
飾るところがいっぱいで、今年のクリスマスは楽しいったらないよ。
そろそろクリスマスプレゼントも買い揃えなくちゃね。
持ってきたクリスマスグッズを全部飾り終えた。さらに豪華なシクラメンの鉢も飾る。
今年も爽と一緒に、伊藤のおじさんのところに行ってシクラメンの鉢を大量に買い込んだのだ。
甘いイチゴも、いっぱい堪能させてもらったし、楽しかったなぁ。
「よーし、これで心置きなくクリスマスを迎えられるですね」
「ええ。イブは鈴木家でパーティー。クリスマスは私の屋敷でパーティー」
爽は苦笑して言う。けど、喜んでいるのが伝わってくる。
「イブの前の日曜日は、羽歌乃おばあちゃんのお屋敷でパーティーするし」
「羽歌乃さんは鈴木家のみなさんに参加してもらえると、大喜びしていますしね」
「おばあちゃんは、まこちゃんに会えれば、もうなんでもいいみたいですけどね」
まこちゃんは、生後十ヶ月くらいになり、それはもう愛らしい盛りなのだ。苺だって毎日でも会いたいくらいだよ。
だって、言葉も少し話せるようになってきてるし、苺の名を呼んでくれる日もそう遠くないかもしれないんだもん。
せめて爽より先に名前を読んでもらいたいんだよね。
『いちご』と『そう』だと、『そう』の方が口にしやすいから、ちょっと気を揉んでしまう。
「さあ苺、そろそろ時間ですよ。田辺さんとの待ち合わせのレストランまで送って行きましょう」
「よろしくお願いするですよ」
爽について部屋を出る前に、苺はクリスマスバージョンになった部屋を眺めた。そして、かなり心を残して部屋を後にしたのだった。
「送ってくれてありがとうです」
「ええ。楽しい時間を過ごしてください」
やさしい言葉をかけてくれ、爽はイカした車でさっそうと去って行った。
爽の車を見送り、苺は翠と待ち合わせたレストランの入り口に向かった。
約束の時間までまだ十分ほどある。翠はまだ来ていないようだ。
店員さんに予約を取っている旨を伝え、先にテーブルに案内してもらった。
翠を待つ間、苺はレストランの中を眺めて楽しんだ。
この店の装飾が、それはもう凄いのだ。
店の外の飾り付けも目を引くものだけれど、入り口正面には、大きなモミの木が据えてあり、飾り付けもゴージャス。
まあ、爽のお屋敷のモミの木は本物で、さらにとんでもない大きさなんだけど。
壁にも天井にもレトロなクリスマスの飾りがいっぱいで、爽も喜びそうだ。
爽、こういうの好きそうだもんね。時間が取れれば、今度は爽とも来ようかな。
なんて思いながら店内を見回していたら、「サンタさんだぁ」という可愛い女の子の声がした。
声のした方に目を向けてみると、真っ赤な服を着た幼稚園くらいの女の子がいた。
うわっ、可愛い!
その子は、クリスマスっぽいワンピースを着ていて、頭にも大きな赤いリボンをつけている。
なんだか、苺の小さい時みたいだな。
苺という名だからなのか、小さい頃の苺は、いつも赤い服を着せられていた。だから小さい頃の写真を見ると、どれもこれも赤い服ばかり着ている。
幼稚園の頃か……懐かしいなぁ。
苺は目を瞑り、遠い過去のクリスマスの思い出を辿ったのだった。
つづく
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