|
2 可愛い子分 健太視点
「ちょっと健太」
学校から帰って、スポコンアニメを見ながらおやつを食べていた健太は、母親に話し掛けられて振り返った。
ちょうどコマーシャルなのを見計らって、話しかけてきたようだ。
おかんは、アニメの最中だったら俺が完璧に無視するのわかってっからなぁ。
内心笑いつつ、「なに?」と返事をする。
「あんた、今年のクリスマスに苺が何を欲しがってるか聞いてない?」
母親は、封筒を手にしている。昨日、苺が剛と一緒に書いていた手紙のようだ。
どうやら苺がなんて書いたか、読めなかったらしい。
「聞いたけど、拒否されたんだよな」
だが、苺と手紙を書いていた剛は知っているはず。苺は文字をしっかり覚えていないから、剛に直してもらったに違いないからな。
けど、剛のことを持ち出しては、母に恩を売れない。
まずは、その手紙を見てみるか。
「貸して。見てみるよ。俺なら、なんとなくわかるかもしれないし」
「あら、そう。それじゃ、お願い」
手紙を受け取り、便箋を取り出そうとしていたら、玄関が開いた音がした。
「たっだいまー、苺だよお」
確かに苺だ。
いちいち名乗るなよ。と突っ込みを入れてしまう。
健太は母と目を合わせ、急いで手紙をポケットに仕舞い込んだ。
「俺、部屋で見てみるわ」
「ええ、そうしてちょうだい。……あら、苺お帰り。剛君家で遊んでたんじゃなかったの?」
「遊んでたよ。これからなわとびするんだ。なわとび取りに帰ったの。でもさ、お腹空いちゃって。おやつもっとなんかないかなぁって?」
テーブルの上にある健太のクッキーを、苺はじーっと見つめて言う。
「それ、俺んだからな。やらねえぞ。だいたいおまえ、もう食ったんだろう?」
「食べたけど……ねぇ、かーたん。アメたん二個でもいいし、ラムネ二個でもいいよ。お願い、ちょうだい」
苺は小さな両手を必死に合わせて母に頼み込む。
こいつめ……
認めたくはないが、その仕草は健太の目にも可愛く映る。
だいたい、二個と限定してるのは、剛の分も含まれているはずだ。
自分が食べたいというより、たぶんこいつは剛にあげたいんだよな。で、剛の喜ぶ顔が見たいんだうろう。
ほんとふたりは仲が良いよな。微笑ましいぜ。
大人ぶってそんなことを考えるも、自分のクッキーを譲る気はこれっぽっちもないので、クッキーの入った器を取り上げ、健太は居間から飛び出た。
「しかたがないわねぇ」なんて母の声がする。そして、少し後で、「やったー♪」というお決まりの苺の歓声。
やれやれ、おかんは苺に甘いよな。
部屋に入り、クッキーを勉強机の上に置いた健太は、椅子に座って便箋を取り出した。
便箋を開いて、書いてある文字を見た健太は、眉を寄せた。
出だしと最後はいいのだ。ちゃんと読める。
『さんたくろーすさん、くりすますのぷれぜんとは……をおねがいします。』
だが、間が読めない。そこだけミミズが這ってるようにしか見えない。
なんだよ。肝心なところが読めねぇとか。
だが、苺はここに自分の欲しいものを書いたはずなのだ。
あいつが欲しがってるもの……ひとつ知ってはいるんだけどなぁ。
自転車だ。俺のおさがりの青い自転車が、あいつは気に入らないんだよな。
あいつのことだから、真っ赤な自転車とか欲しがりそうだ。それかピンクか……
とすると、最初の文字は、あかいの『あ』か、ぴんくの『ぴ』のはずだけど……どっちも違うよな?
うーん? 最初の字、『つ』っぽいな。
つ?
つまり、自転車じゃないのかなぁ?
『つ』のつく、苺が欲しがるものってなんなんだ?
つみきか?
そう思うとそれらしく読めなくもない。けど、最初の三文字が積み木だとしても、そのあとにまだ文字は続いている。
つみきとぬいぐるみとか、二つ書いてるんじゃないのか?
色々と悩んで、なんとか解読しようとしたが、わからない。
ちっ!
仕方がねぇなぁ。おかんに気づかれないように、剛に聞くとするか。
その時健太はハッとした。
しっ、しまったーっ!
スポコンアニメ、まだ途中だったってのに、すっかり忘れちまってた!
もちろんこの時間では、すでに終わってしまっている。
うぐぅーっ、見逃したぁ。不覚じゃあーーーっ。
健太は椅子から崩れ落ち、悔しさにしばし悶えたのだった。
夕方になり剛と別れて苺が家に戻って来たのを確認し、健太は剛の家にお邪魔した。
剛は居間のソファに座り、本を読んでいた。
「よお、剛」
「あっ、健太兄ちゃん。いらっしゃい」
「なあ、剛。苺がクリスマスに欲しがってるもの、お前知ってるよな?」
「ああ、うん、知ってるよ。僕が間違えてる字を直してあげたんだ」
「そうか。剛はほんと賢いよなぁ」
褒めてやったら剛はまんざらでもなさそうな顔で、照れ臭そうに頬を染めた。
くっ、かわいいやつ。
こいつはやっぱり俺の一の子分だ。
……けどなぁ。
残念なことに、剛は一の子分にはできないのだ。
なぜって、実はこの間、こいつの剛という漢字は、『ごう』とも読むってことを知ったからだ。その瞬間、俺の頭にひらめきが訪れた。
俺の妹の名前は苺。だから、いちごう。そして剛は、二ノ宮剛だから、にごう。
だから、苺が一の子分で、剛はどうしたって二番手になっちまうってわけ。
いちごうと、にごう。
にひひっ。
最高のひらめきだよなぁ。俺って、やっぱ天才か⁉
「健太兄ちゃん、なんでにやにやしてるの?」
剛が尋ねてきて、健太は「なんでもない」と答え、「それで? 苺は何が欲しいって?」
「ねぇ、健太兄ちゃん。なんで苺の欲しいもの知りたいの?」
純粋な疑問として健太は聞いてきたようだ。
「実はな。おかんが苺が書いた手紙が読めないって言うんで、俺に相談してきたんだ。けど、俺も読めなくてな。それでお前に聞きに来たってわけ」
「えっ?」
剛は戸惑ったような声を上げる。
「読めないとか、そんなことないと思うけど。だって、ちゃんと僕が直してあげたんだよ」
「そうなんだろうけど……」
健太はポケットから手紙を取り出し、便せんを剛に見せた。
「剛。お前、これ読めるか?」
「……」
剛は便箋を見つめて固まってしまった。
「剛?」
「お、おかしいな。ちゃんと書いたのに……苺、書き直したみたい」
「書き直した?」
「う、うん。ピンクのリボンのついた自転車って書いたんだよ」
やっぱり自転車だったか。けど、書き直したってのか?
「苺の奴、なんで書き直したんだろうな?」
「わかんないけど……ちょっと見ていい?」
「ああ。いいぞ」
便箋を剛に渡すと、剛は眉を寄せて考え始めた。
「最初の字は、きっと『つ』だと思う」
「ああ、俺もそう思った。つみきかなって思ったんだけど、剛、どう思う?」
「つみき?」
そう言葉を繰り返し、剛は文字をじっと見つめる。
「『よ』じゃないかな……ひっくりかえってると思うんだ。で、次は『し』……えっ?」
剛は言葉にして、目を見開き、健太を見てきた。
「つよし……ってことか?」
「え、えっと……そんなことないよね。僕の名前なんか書くはずないし……」
「いや、『つよし』なのかもしれないぞ。いいから気にせず続きも読んでみろよ」
「う、うん……つよし……と、あ、そ、べ、る……も、の」
「へーっ。なんだあいつ、お前と遊べるオモチャがいいって書いたんだな」
「……」
黙り込んだ剛の顔は、ほんのり赤らんでいく。
収穫を得た健太は、赤くなったことには触れずにおいてやり、お礼を言って二ノ宮家を後にした。
我が家に帰りながら、健太は笑いが込み上げてならなかった。
まったく、可愛い子分だぜ♪
つづく
|
|