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第5話 VIPなお客様(松見
「松見主任、今日はなんか、ずいぶんVIPなお客様がいらっしゃるってことでしたよね?」
バイトの子が松見に話しかけてきて、仕事に精を出していた松見は仕事の手を止めずに頷いた。
「そうよ。けど、わたしらには関係ないわ。しっかり仕事しましょう」
「はーい」
元気に返事をしたこの子は、二カ月ほど前に入って来たバイトの子だ。
苺ちゃんより一つ年下で、素直で朗らか。とてもいい子だけど、苺ちゃんのようなセンスはない。
けど、真面目に頑張ってくれているので助かっている。
仕事も着々と覚えてくれているし、頑張ってくれれば、正社員の雇用もありえる。
この会社は、いまやすっかり様変わりした。
新しい社長は雇われ社長だとかで、強力なスポンサーがバックについてくれているらしい。
おかげで会社は綺麗に改装され、昔の町工場の風情は綺麗に消え去った。
トイレが最新式になっちゃって、それが一番嬉しかったりするのよねぇ。
トイレに入るたび、あら、わたしはどこにいるんだったかしら? なんて、いまだに思っちゃう。
そしてなにより驚きなのが、このわたしが主任として働いていること。
なんと正社員にしてもらえたのだ。
河野さんも正社員になった。
三瀬さんは、いまはまだパートでいいと言うので、パートのままだけど、子どもたちが全員巣立ったら、フルで働くことにしていて、そのときは正社員にしてもらえることになっている。
なんか、凄いことよね。
社長が替わって、職場は働きやすく整備され、社員としてやってきた営業のひとたちが、また凄腕で、あれよあれよという感じで業績は伸びて行った。
もちろん、松見も奮起した。
そして、その時になってようやく気づいたのだ。
自分たちは、苺ちゃんの才能に頼ろうとばかりしていたことに。
苺ちゃんを見習って、もっと頑張ってアイデアを出していれば、あそこまで業績不振にはならなかったかもしれない。
なのに、あの頃のわたしは、社長をぼんくらだってなじってばかりいて……いまとなれば恥ずかしい。
けど、社長が替わって、いまがあるんだから、これでよかったのよね。
そのとき、職場の中に社長たちが入ってきた。
VIPなお客に、職場の中を案内するのだろうから、あえて視線は向けなかった。
頑張って仕事しているところをアピールしなきゃね。
すると、たたたっと駆け寄ってくる足音がした。
あらっ? この足音って……?
松見はドキリとして、顔を上げた。
えっ?
「松見さん」
「い、苺ちゃん」
正月に振袖姿の苺ちゃんに会ったけど、あのときよりもさらに綺麗になった苺ちゃんが嬉しそうに微笑んでいる。
「会いたかったよーっ」
松見の手を取り、苺ちゃんはブンブンと上下に振る。
ほんとに苺ちゃんだわ。
急な登場に唖然としていた河野さんと三瀬さんも、立ち上がって駆け寄ってきた。
「まああ、苺ちゃん。いったいどうしたの?」
「会社のこと聞いて、みんなに会いに来たの。松見さんも河野さんも三瀬さんも、すっごい頑張ったんだってね。苺、一言お祝いが言いたくて」
それからしばらく、仕事どころではなかった。
だが社長は、この騒ぎを見守ってくれている。
そして、苺ちゃんにぴったり寄り添っている貴族のごとき見目麗しい男性が、なんと苺ちゃんの結婚相手だとわかり、みんなしてびっくり仰天することになった。
ほんとに、世界がくるんと変わっちゃったわ。
そのとき、松見はふと思った。
もしかして、社長のバックについているというスポンサーって……苺ちゃんの旦那様になるひとだったりするんじゃないのかしら?
苺ちゃんのために、倒産しそうなこの会社を助けてくれたのかも。
その考えは、松見の中で、きっとそうなんだという確信に変わった。
つづく
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