続苺パニック




10 不思議と安心(節子



「今日は、どうもありがとうございました」

玄関の外まで見送りに出てくれている面々に、節子は頭を下げた。

そろそろ夕方で、娘の婚約パーティーが終わり、これから帰るところだ。

最初はすっごい緊張しちゃったけど……まあ、あれよね。お金持ちだからって、そう気を張ることもないみたいだわ。みなさん、気さくで……

とはいえ、みなさんとんでもなく上品なんだけど……

そう考えて、節子は眉を寄せてしまう。

藤原のみなさんの上品さには、やっぱり釣り合いが取れてない結婚だと思わせられちゃうのよね。

けどねぇ……

そう、好意を感じるのよ!

そのおかげで、そう難しく考えることないし、大丈夫かなって思うわけ。

それに、まこちゃんがいるおかげってのもあったわね。
場が和やかになって。

藤原さんの祖母の羽歌乃さんも、超上品だったけど……上品なのに、破天荒なひとだったわ。

そんな羽歌乃は、いま……

「まこちゃん、またね。羽歌乃おばあちゃんのこと、忘れないでね」

なんて、ずいぶん名残惜しそうに真理に言葉をかけている。

そんな羽歌乃を見て、ついつい笑いを零してしまう。

娘の苺は今夜はこの屋敷に藤原ともども泊まるのだそうだ。

藤原の両親は、数日後には海外に戻るらしい。
両親がこちらに滞在している間は、藤原も一緒に過ごしたいのだろう。

それでも明日は、苺は藤原を連れて、我が家に夕飯を食べに家に来ることになっている。

それにしても……

節子は、羽歌乃となにやらおしゃべりしている娘を見つめた。

あんなに着飾って、藤原のみなさんと一緒にいるこの子を見ると、ひどく寂しい気持ちになっちゃうわ。

まだ結婚していないのに、すでに娘は、藤原の家族になってしまったようで……なんか胸が切ないわぁ。

わたし、苺はずっと自分の側にいる気がしてたみたい。
たとえ結婚しても……

けど、こんな立派なお屋敷のひとになっちゃったら……

そんなことを考えて苺を見ていたら、苺と目が合った。

「お母さん」

苺は、節子に呼びかけながら歩み寄ってきた。

「な、なあに?」

「明日の夕食、わたしも早目に帰って手伝うからね」

「あら、早めに来られるの?」

「うん。爽は午後から出掛ける予定があるんで、直接家に来てもらうことにしたの。だから、ひさしぶりに愛車で帰るよ」

その言葉に、妙に嬉しくなる。

以前のように、桃色の自転車で帰って来てくれるのね。

胸がジーンとして、あろうことか涙が出そうになり、節子は焦って涙を押し戻した。

い、いやだわ。
わたしときたら、たかがこんなことで、泣きそうになるなんて……

あーあ、苺をお嫁にやりたくなくなってきちゃったわ。

口に出しては言えないけど、剛君と結婚してくれたらよかったのに……

「お母さん? どうかした?」

ついついため息をついてしまったら、苺が窺うように聞いてきた。

節子は肩をすくめて首を横に振った。

「なんでもないわよ。ちょっと食べ過ぎちゃったかしらね」

そんな言葉で誤魔化したら、苺が心配そうに眉をひそめる。

「お腹痛いの?」

「そこまでじゃないわ。だいたい、あんたよりは食べてないわよ」

最初の乾杯のシャンパンでほろ酔いになった苺は、陽気に騒ぎ、パクパクとよく食べていた。

そうそう、あのイチゴ尽くしにはびっくりさせられたわ。
さすがお金持ちと思っちゃった。
どのイチゴも、とんでもなく美味しかったし。

「だって、あれもこれも美味しかったからさぁ。ボスシェフさんの料理って、ほんと美味しいんだもん。それにあとからあとから出てくるし……」

「ボスシェフさん?」

「料理長さんのことだよ。大平松さんっていうんだけどね。……けど、ボスシェフさんって呼んだ方が、かっこいいからさ」

苺は、そんなことを言ってへらへら笑っている。

この子ときたら……

「あんた、まだ酔っぱらってるんじゃないの?」

「酔っぱらってないよぉ」

「しゃんとしなさいよ。しゃんと」

思わず小言を言ったら、苺がむっとする。

「苺はいつだってしゃんとしてるよ」

いや、それはない。

「節子さん、苺には私がついていますから」

藤原が苦笑しつつ口を挟んできた。

苺を大事に思ってくれている気持ちが伝わってくる。

藤原さん、こんな苺を、心底愛してくれているようなのよねぇ。

剛君ならなんて、もう考えちゃダメね。反省、反省。

そのあと、みんな別れの挨拶を交わし合い、節子たちは健太の車に乗り込んだ。

助手席に宏、後部座席に取り付けたチャイルドシートに真理、ちょっと狭いけど、その隣に真美と節子が座る。

「それじゃ、明日ねぇ」

手を振る苺に手を振り返し、藤原の屋敷を後にする。


屋敷から少し離れたところで、助手席に座っている宏がふーっと息を吐いた。

「宏さん、疲れた?」

「少し肩が凝ったな。駿さんもいい人だし、とても話しやすいんだが……あの場所がな」

「だよな。あの屋敷には緊張させられるよな。執事やら使用人は、ずいぶん畏まってるし」

運転している健太が口を挟んできた。

「でも、楽しかったですね。あのビデオとか」

チャイルドシートに乗せている真理をあやしつつ、真美が明るく言う。

すると健太がブッと派手に噴いた。

「ま、真美、いまそれを思い出させるのはやめてくれ。安全に運転できなくなる」

健太が困り顔で真美に言うと、真美が「ご、ごめんなさい」と慌てて謝る。

そんな息子夫婦を見て、節子は笑いが込み上げてならない。

宏も笑いを堪えているようだ。

なんせ、あのビデオの中身ときたら!

突然始まった上映会に戸惑っていたら……

苺が羽歌乃の家のアンティークなドアベルを壊したところから始まって、ひどく驚かされた。

そして、笑いの種がてんこ盛り。

羽歌乃が事細かに絶妙な解説を入れたりするものだから、笑わずにいられなかった。

そして極めつけが、河童の格好で登場したひと。

聞いたところでは、そのひとは羽歌乃さんの家の執事さんらしい。

厳格な表情をしてるひとだったから、河童の格好が、もう違和感ありまくりだったわ。

ここにいるみんな、あのひとのことを思い出して笑えてならないんだろう。

だって、シュール過ぎよね。

「でも、あのビデオのおかげで、リラックスできて楽しめたな」

宏が言い、節子も笑いながら頷いた。

「ほんと、そうよね」

「それを狙って、わざわざあの映像を見せてくれたんじゃないかと思うな」

健太の言葉に、確かにそうかもしれないと節子も思う。

「それにしても、今日はもうなんにも食べられそうにないわ。夕食どうする?」

食べ過ぎてしまい、お腹いっぱいだ。

「軽くでいいぞ。もうお茶漬けくらいで……健太、お前はどうだ?」

「俺もそれでいいな。真美、君は?」

「わたしもお茶漬けでいいです」

夕食はお茶漬けで決まり、節子は笑いたくなった。

ああ、我が家って、ほんといい家族だわぁ。

庶民的で肩がこらない。

藤原さん、苺と結婚したら、わたしたちの家族のひとりになるんだけど……

遠慮しないではいられなさそう。

ああ、けど……あの藤原さんなら、私もお茶漬けでいいですよって気安く言いそうではあるわよね。

お金持ちで上品だけど、藤原さんって、かなり変わってるもの。

……結局、心配することなんて、ないのかもしれないわ。

心の中でそんな結論を出し、不思議と安心した節子は、込み上げてくる笑いを堪えた。





つづく





   
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