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17 襲い掛かる強敵(苺
「わかったですよ。すべて納得したです」
苺は元気よく言った。
納得した以上、どんなに立派なドアであれ、入るのに躊躇いはない。
苺はさっさと中に入らせてもらった。
室内は、とても雰囲気が良かった。
どっしりした机があるわけでもなく、こじゃれたオフィスって感じだ。
やっぱね。
ここは賃貸ビルで、一時的にお借りした部屋なわけだよ。
まったく社長室のイメージじゃないもん。
けど、最高にいいと思う。
ハイセンスなテーブルに、座り心地のよさそうな椅子があり、テンションを上げた苺はさっそく椅子に座り込んだ。
「これ、いいですね。むふっ。このテーブルの表面、つるっつるで気持ちいーい」
苺はクリーム色のテーブルの表面を撫でまわし、ほっぺたをくっつけてみた。
それから思いついて顔を上げた。
「あの、この部屋って、給湯室とかちゃんとついてるんですか? トイレとかも?」
「もちろんありますよ。こちらです」
藍原が手で示して場所を教えてくれる。
部屋には、けっこういくつもドアがある。
へーっ、ワンルームじゃなくて、いくつかの部屋に分割されてんだねぇ。
「そうだ。お仕事を始める前に、苺、紅茶でも淹れましょうか?」
「紅茶でしたら、私が」
岡島さんが申し出てくれたが……
「いや、私と鈴木さんで淹れるとしょう。ふたりは資料を出しておいてくれ。紅茶を飲みながら始めるとしよう」
爽はそう言って、苺についてくるように合図をし、給湯室だというドアを開けて中に入っていく。苺はわくわくして後に続いた。
「わあ。広いですね」
宝飾店の給湯室の倍くらい広い。しかも、ずいぶんと高級感がある。それに……
「ちゃんと揃ってますね」
棚の中は綺麗に整頓されて、すでに色んなものがストックされている。
爽もここに入ったのは初めてなのか、紅茶を淹れるのに必要なものを、ちょっともたつきながら取り出している。
「ティーカップはどこだろうな。鈴木さん、ボケっとしていないで、ティーカップを探しなさい」
居丈高に命じられ、苺は目についた引き出しに手をかけた。
「ここじゃないですか」
引き出しを開けたら、綺麗にカップが並んでいた。
「ビンゴだぁ!」
「どうしてそこだとわかったんですか?」
「ここだって気がしたんです」
「ならば、茶葉はどこにあると思います?」
苺は給湯室を見回してみたら、茶葉の缶が目に飛び込んできた。
「ほら、そこですよ」
爽は苺が指さすほうに目を向けて、また苺に目を戻してきた。
「ねっ」
「変な人ですね」
「別に変じゃないですよ。見えてたし」
「色々並んでいると、見えていても見つけづらいものですよ。まったく貴女ときたら、色んな能力をお持ちですね」
そういうんじゃないと思うけどなぁ。しかし、なんで呆れたように言うかな。
それがおかしくてくすくす笑ったら、不意を突いてキスされた。
「きゃっ」
叫んだ時にはすでに唇は離れていた。
「もおっ。びっくりしたですよ。だいたいいまは仕事中で……うおっ」
今度は鼻をつままれた。
「ぬわ、ぬわにを?」
「わめいてないで、茶葉を取り出してください」
クールな言葉を貰い、苺の鼻は開放された。
苺はぶちぶち言いつつも、指令に従った。
ふたり協力して紅茶を淹れ、オフィスに運んで行くと、テーブルの上は資料の山がいくつもできていた。
「凄いですね」
「これでもまだ半分ほどですよ」
これで半分?
紅茶を配り、みんな椅子に腰かけた。苺は爽の隣だ。
目の前にある資料を見ると、工芸品とか、陶器のパンフレットなんかがある。
「鈴木さん。とりあえず、店舗の開店が遅れたわけを説明しましょう」
「はい。お願いします」
「予定していた場所が、少々問題ありという結論に達したので、延期することにしたのですよ」
「どんな問題があったんですか?」
「それについて語っても意味はありません。それより、新しい場所をどこにするかです。要、候補地を」
「はい。現在十一ケ所を候補としてあげております」
へーっ、十一ケ所も?
「残念ながら、すべてよしというところがなく、どこも一長一短あります」
それから藍原は延々と店舗候補の説明を始めた。
その説明が、あまりに細かく専門的すぎて、苺にはほとんど理解できない。
だが、爽と岡島は、ちゃんと理解できるようで、真面目な顔で聞き入っておいでだ。
資料を見ているものの、頭に入ってこないので、苺はだんだん眠くなってきた。
だめだめ。お仕事中に寝ちゃだめだよ、苺!
必死に自分を叱るものの、襲い掛かる睡魔は強敵過ぎた。
あーっ……苺……ピンチだよぉ~っ。
眠りにあらがう意識は、次第に力をなくしていくのであった。
つづく
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