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18 かくも呆気なく
「十一ヵ所のうち八ヵ所は、やはり問題外だな」
要の説明を聞き終わり、爽は言った。
「そうですね」
要は即座に答える。
そのことに、怜は少々焦ったようだ。
「あの、候補に残った三ヵ所とは、どれでしょうか?」
「わからないか?」
要が聞き返す。怜は少し気落ちして「はい」と返事をした。
「怜、どれが問題外だと思う?」
「七ヵ所は問題外だと思うんです」
怜は問題外だと思うものを選び取って行く。
「それで残り四ヵ所のうち、この一か所は問題点が多いですが……魅力的なところもあると思うので」
「ふむ。その魅力的というのを聞かせてくれ」
怜は自分の意見を口にする。実のところ、爽は別の問題点でそこを弾いていたので、怜の言う魅力には気づけていなかった。
聞いてみればなるほどと思う。
要を見ると、こちらも爽と同じだったようで、愉快そうな表情をしている。
「悪くないな」
「爽様?」
「それも候補に戻すとしよう。要、お前もそれでいいか?」
「はい」
話は決まったが、また候補地は四つまで増えてしまったか……
この調子では、候補地を選び出すまで、まだまだ日数がかかりそうだ。
爽は隣の席で座ったまま器用に睡眠をむさぼっているもう一人の部下に目を向けた。
会議の最中に寝てしまったのだ。
確かに苺には少々専門的すぎて眠気を誘われる内容だったろう。
もちろんそれをよしとはしないが……
苺は、必要な場面でちゃんと力を発揮するし、いくつもの才能を持ち合わせている。
ソファにでも運んで行って、寝かせてやろうかと思ったのだが、それは苺が望まないだろうと思いこのままにしておくことにした。
会議の最中に寝てしまったなんて、目が覚めたら今日一日落ち込み続けるに違いない。
そのとき、苺の身体が大きく爽の方に傾いた。
助けようとした瞬間、苺は頭を爽の腕にぶつけ、そして飛び上がるようにして姿勢を正した。
「わ、ふ、はっ」
変な声を上げ、ささっと右と左に顔を向ける。
爽は苺と目が合わないようにさっと視線を逸らした。
すぐれた部下ふたりも、間一髪、目を背けたようだ。
「さて、ではどれを候補にしようか」
何事もない感じで、爽は口にした。そして、さりげなく苺に視線を向けた。
「鈴木さん、貴女の意見は?」
「い、意見?」
「ええ、この十一か所のうち、どこを候補に残せばいいと思いますか?」
「え、えっと……」
苺は困ったように爽を見てくる。
「あ、あのぉ」
「はい」
「なんのお店なんですか? 苺、まだそれ聞いてない……で、ですか?」
質問を口にしながら、苺は、自分が眠りこけていた間に、すでに聞いたんじゃないかと思ったようだ。
『ですか?』と聞き返されたことに、思いっきり噴き出しそうになる。
「い、いえ……すみません。話すのを忘れていましたね」
「あ、ああ。そうですか。……それじゃ、教えてくださいな」
『そうですか』のあとの間で、苺は『よかった、助かった!』と心の中で叫んだに違いない。
安堵の表情をした苺は、爽の言葉を待っている。
「国産品の専門店ですよ」
「国産品の専門店? へーっ、どんな品物を売るんですか?」
「どんな品物を商品として店頭に並べるかは、これからですよ。もちろんすでに候補は上げています。国内には、探せばいくらでもすぐれた品がありますからね。私たちが認められるものだけを扱う、そういう店です」
「なんかわくわくしますねぇ」
「そうですか。では、話を戻しましょう。店舗を開く場所の候補、鈴木さんはどこがいいと思います?」
「苺ですか? 苺、難しいことは全然分かんないんですけど……」
苺は顔をしかめ、十一か所の候補地に目を通していく、そして迷いなく一つを選び出した。
「苺、ここがいいでーす」
軽い感じで苺が選んだのは、怜が魅力があるといった候補地だった。
「ちょっと他のところより狭い感じだけど、この辺りの街並みって、とっても雰囲気がいいんですよね」
雰囲気か……
それを言うなら、他の場所だって街並みの雰囲気は決して悪くなかったのだが……
苺はなぜ、ここを選んだのだろうか?
そう疑問に思いつつも、爽は自分が選んだ候補地について苺に尋ねてみることにした。
なぜ、苺があっさりと弾いたのか、その訳を知りたい。
「では、こちらの三つはどうして選ばなかったんですか?」
「どうしてって……なんか、どこもピンと来ないから」
そう言われて、爽は妙に腑に落ちた。
色々な情報を踏まえて理性的に考えた結果、候補に残したものの、決めるに至れなかったのは、苺の言ったところの、『ピンと来なかった』ということなのだ。
すっきりしたその時、要が叫んだ。
「素晴らしい!!」
要は感心しきりで拍手までする。
要もまた、爽と同じ見解に達したのだろう。
「すっ、素晴らしい?」
要に称賛されたというのに、苺はぽかんとしている。
要がここまで称賛するなんて、稀なことなのだが、苺にはそれがわからないらしい。
「決まったようだな。要、怜、どうだ?」
「反対する理由はありませんね」
要が言うと、怜も微笑んで頷く。
数日続きそうだった候補地選びは、こんな風にかくも呆気なく決まってしまったのだった。
つづく
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