続苺パニック




20 再度陳ずる



お昼になる前に到着した場所は、空港だった。

ふふん。全然意外じゃなかったよ。苺、この可能性はあると思っていたんだよね。

車を降りながら、苺はひとり悦に入る。

ここからどぴゅーんと飛行機に乗って行くってわけだ。

けど、どこに?

まだ目的地が決まってないんだよね?

空港にやって来て、まだ向かう場所が決まってないとか……

驚きだよ。
まったくもってありえない。

普通は目的地を決めて、日時も決めて、チケットも一ヵ月くらい前から用意して、それで必要な荷物を詰め……

あ?

その時気づいた。
飛行機で遠方に向かおうというのに、また荷造りしてない。

この間、目的地を知らされずに北の国に行った時も、バッグ一つだった。そしたら、泊まる予定のホテルに用意してあって……

クローゼット一杯に詰め込んであったイチゴ柄の服を思い出しつつ、苺は爽を振り返った。

苺が顔を向けてきたことに気づいた爽は、こちらに顔を向けてくる。

「またですか?」

思わず言ったら、爽が眉を上げる。

「また、とは?」

「荷物ですよ。飛行機で遠くに行くのに、着替えとか何も用意してないし……。苺、もうイチゴ柄の服はいりませんからねっ!」

それだけは断固として言っておかねばと、仁王立ちになって苺は断言した。

「着替えなど持って行くのは面倒ですよ。出掛けた先で……」

「もおっ、わかってませんねぇ」

苺は、たしなめるように爽に言葉をかける。

「何日も前から着替えとか色々バックに詰め込むのは、旅の醍醐味ですよ。醍醐味を味わわずして旅とは言えませんよ!」

豪語するように言ったら、爽はじーっと苺を見つめてくる。

「な、なんですか? 苺は正論を言ってるですよ。負けませんよっ!」

唾を飛ばして言ったらば、返ってきた言葉は……

「旅ではありませんが」

「へっ?」

「お忘れですか? これは仕事ですよ」

はっっ⁉

そ、そうだったっっ!

一気に顔に血が上り、ぼぼーっとばかりに火を噴いた。

「ま、間違えたですよ。飛行機に乗るってんで……そうでした。お仕事でした」

真っ赤な顔で汗を掻きつつ、訂正した苺だが、仕事であろうがプライベートな旅行であろうが、宿泊するのであれば荷物は必要だと思い直す。

「けど、荷物は必要ですよぉ。旅先で買うの、もったいないじゃないですか」

「持って帰って着るのであれば、もったいなくありませんよ。だいたい、泊まることになるかもまだわからないですから」

そう言った爽は、藍原に顔を向けた。藍原は、先ほどからずっと携帯で何やらやっている。

「それで、要、どうだった?」

「はい。いくつか候補を選ばせていただきました。スケジュールの空いた数日を使うのであれば……北の国、それから……」

「ええっ!」

藍原の口にした北の国に、苺は飛び上がって興奮した。

「きっ、北の国? まさか、これから北の国に行けるんですか?」

「鈴木さん、いまの時点では、あくまで候補です。まだ、北の国に行くとは決めていませんよ」

爽の説明に、なんだと興奮が冷める。

すると藍原は、候補地をいくつか挙げた。

もちろん、そのいずれも苺は行ったことのない場所で、冷めていた興奮は、また一気に盛り上がる。

いいねぇ。もうどこだっていいよ。仕事で行けちゃうなんて、超ラッキー♪

それにしても苺、仕事で飛行機に乗って出掛けるなんて、とんでもなくキャリアウーマンになった気分だ。

「そうだな。北の国か……西の離島か……西の離島については、現地でのリサーチはまだこれからなんだな?」

「はい。そことともに、こちらの候補はすべて現地には行っておりません」

そう言って藍原さんは、爽に書類を手渡す。

「ですが、リサーチ済みの方がよろしいのでは? リサーチしていない場所は、無駄足を踏む可能性が高いですから」

「そうだが……それはそれで面白いからな。それに予定を組んでいない三日間だ……無駄足を踏んだところで構わない」

「それでは、西の離れ島になさいますか?」

藍原に聞かれた爽は、苺に向いてきた。

「苺、北の国と西の離島……あなたは、どちらに行きたいですか?」

うおーっ、苺が選んでいいの?

どっちも魅力的だよ。

西の離島は、テレビとかで見たことあるけど……なんか海が綺麗で緑いっぱいで、素朴な人々が住んでいて、よさそうなところだったよ。

影像を観ながら、こんなところに一度は行ってみたいと思ったんだよね。

けど……北の国も捨てがたいんだよ。

ちびっ子の勇太君にまた会いたいし……春になった北の国の風景も見てみたい。

「西の離島ですと。搭乗までの時間があまりありません。それと、爽様はご存じでしょうが、直行便はありませんので、乗り継ぎの必要があり、西の離島まではプロペラ機になりますね」

「プロペラ機?」

そうか、飛行機って、ジェット機だけじゃなくて、プロペラ機もあるんだ。

プロペラ機って、プロペラが回ってそれで飛ぶんだよね?

ジェット機より、飛行機で空飛んでるっぽさが味わえそうだな。

北の国に行ったときは、窓からの景色で空飛んでるって興奮したけど……飛行機に乗ってる感覚って薄かったんだよね。

「ああ……どうやら今日は、西の離島あたりは天候があまりよくないようです。かなり揺れるでしょうね」

「だそですよ。苺、どうします? 揺れる飛行機に乗ってみたいですか?」

「ゆ、揺れるって、どのくらい揺れるんですか?」

「どのくらいとは決まっていませんよ。天候によって違いますから。ですが、かなり揺れると言うのですから……まあ、遊園地のジェットコースターくらいでしょうか。ですが、体感はかなり違いますよ」

ほほお。ジェットコースター並みに揺れるのか?

けど、ジェットコースターは地に足がついてるアトラクションだよ。でも、プロペラ機は空を飛んでるわけで……

想像した瞬間、ぞわぞわっと震えが走り、苺は縮み上がった。

ううっ……む、無理かも。

「北の国でお願いします」

「おや、いつも勇ましいのに……」

爽から、からかうように言われて、ちょっと反抗心が湧きそうになった苺だが、今回はおとなしくからかわれておくことにした。

「北の国で」

と再度陳ずる。

「では、北の国に行くとしましょう。それで、要、候補先は北の国のどのあたりだ?」

「北と南の地域ですね。北の国に行かれるのでしたら、移動が大変になるでしょうから、私も同行させていただきましょう」

「そうだな。そうしてくれ」

うん? ということは、北の国でなかったら藍原さんは別行動だったのかな?

そんなわけで話がまとまると、藍原はすぐさまチケットを購入し、フライトは一時間半後となった。

フライトまでの空き時間、苺は爽とふたりで空港の中を歩き回った。

大きな空港だから、それはもういろんな店があり、仕事中だというのに、苺はぎりぎりまで楽しんだ。

飛行機の可愛いおもちゃ、あれは帰りに絶対、まこちゃんに買って帰ろう。

爽に連れられてラウンジに入ったら、藍原さんはリラックスした様子でコーヒーを飲んでいた。

まったく、こういう場所がさまになるお人だねぇ。

それで言ったら、爽もなんだけど……

そして苺は、人生三度目となるフライトへと向かったが、三度目ともなると、かなり余裕だ。

窓側の席に座らせてもらい、景色を眺めつつ、お昼も機内でいただき、ゆったりジュースなんぞ飲んでいたら、もう北の国に到着だ。

北の国に足をつけ、空港から出た苺は、さっそく携帯電話を取り出し、母に電話を掛けた。

くっふっふ。
お母さん、いま北の国にいるって聞いたら、絶対驚くぞぉ。

そこで母が出た。

苺は勢い込んで口を開く。

「あっ、お母さん。苺、いま、どこにいると思う?」

「はあっ?」

「ねっ、ねっ、どこにいると思う?」

「どこにって……はっ! ま、まさか、ヨーロッパ⁉ それともアメリカ⁉」

え?

「い、いやいや、海外じゃないよ。北の国だよ」

慌てて訂正する。

「なんだ、そうなの?」

つまらないとばかりに言われ、母の驚きを期待していた苺は頬を引くつかせた。

さらに母は、北の国のあれやこれやのお土産を並べ立て、「楽しみにしてるわよぉ」と、普通に電話を切った。

「……」

「苺、どうしました?」

「それが……いえ、いいんです。なんかもう、いいんです」

苺は至極残念な気分で、母から頼まれた手土産のリストを、頭の中でお浚いしたのであった。





つづく





   
inserted by FC2 system