続苺パニック




21 にゃお



窓の外の景色を、苺は微妙な思いで見つめていた。

車はいま町の中を走っているのだが……なんというか、よくある風景だ。

それだもんで、北の国にやってきたというワクワク感が、ほぼない。

もっと走ると、北の国らしい景色が見えてくるのかな?

牧場とか、草原とか……
あと、爽に連れてきてもらった北の国のスキー場……

まあ、いまはすっかり春だから、雪はないだろうから……あの風景も緑色……

一度訪れたあの壮大な雪山の中にあったスキー場を頭に浮かべ、そこから雪だけを取り除こうとするが……

む、難しい。

この目で実際に見なきゃダメだな。
あの、印象の強烈すぎる雪は消えてくれないよ。

「あと、十分ほどですね」

レンタカーを運転している藍原が言う。

その言葉は爽に向けられていて、爽は黙ったまま微かに頷いた。

「あと、十分で目的地に着くんですか?」

目的地には何があるんだろう?

日本で作られてる、すぐれた品を取り扱うお店ってことだったよね?

北海道で作られてる品物か?

じゃがいも、とうもろこし、メロン……

うーん、

たぶん野菜とかじゃないんだろうな。

爽が野菜を売る姿って想像つかないよ。

苺には、宝飾品よりもぴったりだろうけど。

そう考えた苺は、前に爽が宝飾品を大根のように売ってはだめだ、みたいなこと言ったなぁと思い出す。

懐かしい。

「ねぇねぇ、爽」

呼びかけたら、爽は苺に顔を向けてきたが、何やら眉を寄せている。

その眼差し、苺に何か言いたそうだ。

「なんですか?」

爽の反応が気になり、苺はそう尋ねた。

本来は、苺の方から呼びかけたのだから、爽がそう返してくるべきなのに……と、ちょっと不満に思う。

「同じ言葉を繰り返すのは、あなたの癖なのだろうかと、ふと思って」

それって、ねぇねぇって言ったことか。

「ねぇねぇくらい、誰でもいいますよ」

「誰でも? 私の知る者の中では、あなただけですよ」

ああ、そうですかい。と心の中で思う。

爽と苺の住む世界は、違い過ぎるからねぇ。

「苺の友達は、みんな、ねぇねぇって言いますよ。あっ、わかった。きっと世代の違いプラス、男女の違いですよ」

なんか、話をそらされたけど、苺は爽に質問したかったんだよ。

「そんなことより……」

質問を口にしようとしたら、当の質問が頭から消えていた。

えっ? 苺、いまどんな質問をしようとしてた?

「そんなことより、なんです?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。……いま思い出すんで」

「思い出す? 忘れておしまいになったんですか?」

意外そうに言うなと言うのだ。

「爽が茶々を入れてくるから、頭からぴょんと飛び出ちゃったんですよ。いま思い出しますから、爽は邪魔せずに黙っててくださいよ」

ちょっと叱るように言い、苺は眉を寄せて考え込んだ。

ああ、そうそう、苺は国産品について考えてたんだよ。

それで、国産品ってなんだろうって考えて……じゃがいも、とうもろこしメロン……と考えついて、

けど、野菜を売る姿は……

そこで思い出した。

「ああ、そうでした! 爽が前に、宝飾品を大根を売るように売ってはダメだって言ったなぁって。ねっ、懐かしいでしょ?」

「……懐かしくはありますが。相変らず、あなたの頭は突飛ですね」

「頭が突飛? なんですかそれ?」

「あなたの場合、脈絡がなさすぎるんですよ。脈絡の部分も話してくれないと、突飛にしか聞こえない」

「ああ、確かにそうですよね。苺反省しました」

「反省が生かされればいいんでしょうが」

運転席の藍原がなにやら言ったが、苺は聞き取れなかった。だが、爽が噴き出す。

つまり、爽には藍原の言葉が聞こえて、それは噴き出すような内容だったということだ。

「藍原さん、爽が噴き出すような、どんな面白いこと言ったんですか?」

聞き取れなかったことが残念で、苺はせっつくように藍原に聞いた。

すると爽が、「苺、これについては触れない方がいい」と言う。

「えっ? ……触れない方が? ああっ‼ 藍原さん、苺の悪口言ったんですね! いったいなんて言ったんですか?」

「爽様」

藍原は、爽を責めるように呼びかけた。

「要は、あなたの反省が生かされればいいが、と言っていましたよ」

な、なんだと?

「藍原さん!」

「爽様!」

「くっくっく……」

呼びかけが一回りし、最後に爽が楽しげに笑った。

「さあ、到着しましたよ」

藍原さんがそう報告してきたところで、車は道路から敷地に乗り込んだ。

目的地に目を向けてみたら、センスのいい建物があった。

「わーっ、お洒落。ここが国産品を作ってるところなんですか?」

やっぱり、野菜やくだものじゃなかったようだ。

『工房ハクジ』と看板が掲げられている。

「ハクジ? ここ、いったい何を作ってるんですか?」

そう聞いたら、藍原さんが噴出した。爽も笑っている。

「なんでふたりして笑うんですか? 苺は、おかしなことなんて何も言ってないですよね?」

「ハクジと口にしておいて、何を作っているのかと聞くからですよ。ここは白磁を作ってるんですから」

ハクジを作ってる?

「ハクジってなんなんですか?」

「白い磁器で、白磁。……わかりやすく言えば白い陶磁器ですよ」

陶磁器? ああ、なんだそうか。

白い陶磁器を、ハクジって言うんだ。

「ひとつ賢くなりましたよ」

「それはよかった。では、行こうか」

爽は、飼い猫の頭を撫でるみたいに、苺の頭をやさしくひと撫でし、工房に足を向けた。

頭を撫でられて、なんでかちょっと頬を赤らめてしまう。

爽ってば、苺は猫じゃないぞ!

そう思いつつも、愛しむように頭を撫でられて嬉しがっているわけで……

照れた苺は、爽の背中に向けて「にゃお」と小さな声で鳴いたのだった。



つづく





   
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