続苺パニック




25 手土産にお喜び



森村さん、身体つきは華奢で、苺と同じ歳くらいとみた。

髪をおさげにしてるけど、十代とかではなさそうだ。もしかすると苺より上かもしれない。

「森村さん」

藍原が呼びかけたら、おさげにまん丸な目になった森村さんは「うっ、うっそーっ!」と叫んだ。

そして叫びとともに、ドアがものすごい勢いで閉じた。

バタン!

大きな音が響き、苺はびっくりした。

な、なんなの?

驚いたあげく、ドアを閉めちゃったけど。

するとドアの向こうから……

「なんで? ど、ど、どういうこと?」

なんて感じの混乱した声が、ひっきりなしに上がる。

爽と藍原を見ると、彼らは冷静に佇んでいる。

どうも森村さんが冷静になるのを、じっと待とうということのようだ。

「藍原さんの言った通りでしたね。おさげで黒縁眼鏡の森村さんでした。ついに探し当てられましたね!」

大喜びで言ったら、藍原は苺に向き微笑んできた。
藍原さんも嬉しそうだ。

「よかったですね」

そんな会話をしていたら、閉じたとき以上に、物凄い勢いでドアが開いた。

勢いが凄すぎて、苺は思わず身を竦めた。

「すっ、すっ、すみません!」

おさげに黒縁眼鏡の森村さんは、悲愴な顔で深々と頭を下げた。

「どっ、動転、し、して、し、し、しまいましてっ‼」


確かにその受け答えで、動転ぶりがわかろうというものだよ。

「そのようですね」

藍原が淡々と答える。

森村はおずおずと顔を上げ、藍原を見上げた。

「あ、あ、あのっ、な、なにゆえ、ここに?」

「もちろんあなたを探してやってきたのですよ。お話をしたいのですが」

「あ、あの……わたし……こ、工房を……ク、クビに……なって、しまったんです」

森村さんは、身の置き所なさそうに、小さな声で口にする。

「知っていますよ。『工房ハクジ』に伺ったら、あなたをクビにしたと聞かされました」

森村は顔をくしゃりと歪めた。

「わ、わたし……お金を盗んでなんて……」

森村さんは声を詰まらせ、下瞼に涙を滲ませながら言う。

「どうして泣くんです? 泣く必要などないでしょう?」

冷たいとも取れる藍原の言葉に、苺は眉をひそめた。

そんな風に言っちゃ可哀想だよ。

藍原さん、もっとやさしく声をかけてあげればいいのに。

藍原にそう言おうとしたら、爽が苺を止めてきた。

爽は苺と目を合わせてくる。

その表情、どうも口出ししなくていいと言いたいらしい。

苺はこくりと頷き、心配しつつ森村の様子を窺った。

「必要があるから、泣いているわけじゃありません!」

森村が精一杯の反論をする。

「悔しくて涙が出てしまうんです」

「私の意見を言わせていただければ、これでよかったと思いますが」

「えっ! 藍原さん、わたしがクビになったのが、良かったって言うんですか?」

気丈な感じで背筋を伸ばし、森村さんは藍原に言い返した。

およっ。なんかいい感じだ。

萎れていた花が元気になったぞ。

「そう思いますよ。あの工房と縁が切れて、私としてはとても喜ばしいですね」

「はあ?」

「あの工房はあなたをダメにする。そう思っていたんです。だがあなたは義理を立てて、あの工房から離れる気はなかった。向こうから縁を切ってくれたのです。ありがたいことではないですか」

「要。私はこんなところに立ちっぱなしで、いつまでも話を続ける気はないが……」

しびれを切らしたようで、爽はちょっと苛立ちながら言う。すると藍原が、爽を振り返ってきた。

「爽様、申し訳ございません。では、どこか話のできるところに移動いたしましょう」

藍原が爽に答えているところで、森村の背後におかっぱ頭の女の人がひょいと顔を出してきた。
この人が大野さんなんだろう。

額の半分のところで前髪をカットしていて、日本人形……いや、こけしさんみたいな顔をしている。

とても独特な印象のひとだ。
着物を着ていないのが不思議なくらい。

「ちょっと小梅」

「な、なっちゃん」

「いったいどういうことなわけ? この人たち、あの大きな商談を持ち掛けてきたっていう会社の人たちなんじゃないの?」

「う、うん。そうなんだけど」

「話をするなら、うちに上がってもらいなよ」

「でも、なっちゃん、いいの?」

「いいよぉ。お茶菓子ないから、お茶しか出せないけどね」

「それでしたら、これを」

ふたりの話を聞いていた藍原は、すかさず大野に紙袋を差し出した。

手土産のようだ。

ええっ、藍原さん、そんなものをいつから手にしていたんだ?

「うわーっ、こいつって、あの超有名店の最中じゃんか。もらっていいの?」

大野は、それはもう大喜びする。

「はい」

姿勢を正した藍原が慇懃に頷く。
そんな藍原を、大野はしげしげと見る。

「ほんと、お侍さんみたいだね。ねぇ、あなたが藍原さんなんでしょ? 小梅ちゃんから話を聞いてたまんまのイメージだぁ」

「ちょ、ちょっとなっちゃん。やめてよぉ」

森村は慌てて大野の口を塞ごうとする。

ふふっ。なんか楽しい人たちだなぁ。苺、気が合いそうだよ。





つづく





   
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