続苺パニック




26 救われる言葉



こけしさんみたいな、なっちゃんという人の家にお邪魔させてもらえることになり、苺は一番最後に上がらせてもらった。

靴を脱いで上がったところで、初めて森村さんと目が合い、苺は笑みを浮かべてお辞儀した。

「初めまして。鈴木苺です」

「あっ、は、はい。も、森村……森村小梅です」

あたふたしつつ森村が挨拶する横合いから、大野がぐいっとばかりに顔を出してきた。

「鈴木さん、苺って名前なの?」

「はい。果物の苺です」

「意外―っ」

どういう意味で口にしたのか正しいところはわからなかったが、その笑顔は好意的だ。なので苺も好意的に笑い返した。

「わたしは大野夏海。夏の海って書くんだ」

「へーっ、いい名前ですねぇ。それに小梅さんの名前も可愛いですね」

いつもの調子でふたりに返したら、またもや意外そうな視線をもらう。

「見た目と中身のギャップ、凄いね」

大野からそう言われて、苺は改めて自分の衣服を見る。

今日の苺はシックなスーツ姿だからなぁ。

仕事でやってきてるんだから、もっとビジネスな雰囲気で言葉を交わすべきだったのかもしれないな。

苺は玄関の上り口に立ってこちらを見ている爽と藍原に目をやった。

うん。叱責は飛んでこないから、セーフだな。と、安心する。

名前で盛り上がった後、部屋に案内された。

部屋はアジアン系のもので溢れていた。

個人の家っていうより、まるで雑貨屋さんみたいだなぁ。

興味を引かれる品物があちこちにあって、手に取って、『これ、おいくらですか?』なんて言いたくなっちゃうよ。

ごちゃごちゃした感じがあるのに、とてもよくまとまっている。

こういう部屋を作り上げるって、大野さんはセンスがいいんだな。

大野に勧められて、三人して直接ラグの上に並んで座った。

すると森村は、落ち着かなそうに空いているところに座り込んだ。

大野の方は部屋から出て行った。たぶん、お茶を淹れてくれるんだろう。

森村さん、すっごい居心地悪そうだなぁ。

苺が森村さんの隣に座ってもいいんだけど……

まだ初対面だから、そんなことしたら一層緊張させちゃうかな?

苺があれこれ考えていると、藍原が話を切り出した。

工房ハクジをクビになった経緯を森村から詳細に聞く。

けど、お金を盗んだと疑われ、クビになった経緯なんてすらすら話せるもんじゃない。

森村は、それはもう身の置き所なさそうに真っ赤な顔で、それ以上は無理なほど俯いてぼそぼそと答える。

そんな森村に、藍原は「森村さん」ときつい調子で呼びかけた。

驚いた森村は、飛び上がって顔を上げ「は、はい」と返事をする。

藍原と目を合わせた森村は、さらにおどおどしている。

「どうして罪人であるかのような態度を取るのです? あなたは盗んでいないのでしょう?」

「ぬっ、盗んでなんていません!」

必死に答えた森村は、喉を詰まらせたのか、ひどく咳込んだ。

咳が止むのを待って、藍原が話しかける。

「ならば、堂々となさい。無実の罪を着せられたのですよ。腹が立たないんですか?」

「それは……もちろん」

「なら、顔を上げなさい。私の目を見て話してほしいですね」

「は、はい。すみませんでした」

頭を下げて謝った森村は、今度はちゃんと顔を上げてきた。

「あの、わたしが盗んでないって、信じてくださるんですか?」

「信じるのとは違いますね」

信じるのは違う? どういう意味だろう?

苺がそう思ったのと同じように森村も思ったようだ。

「は、はい? 違うんですか?」

「信じるまでもなく、貴女は盗みなどしないという確信を持っているのですよ」

おおっ‼

藍原さん、なんて嬉しい言葉を口にするんだろうね。

苺は感心して藍原を見てしまう。その時気づいたが、部屋の入り口に大野がやってきていた。

苺と目が合ったところで、大野は歩み寄ってきてテーブルに人数分のカップを置いてくれる。

うん? この香り……

「フレーバーティー。お口に合うかわかんないけど、これしかないから、よろしく」

よ、よろしく?

この大野さんってひと、言葉使いが面白いなぁ。

お顔はこけしさんっぽいけど、彼女の雰囲気はこの部屋と同じくアジアンティーストかも。

そんなことを苺が考えてると、爽は「いただこう」と上品に口にし、いつもの高貴な仕草でカップを取り上げた。

その仕草に目を奪われ、苺はカップを口元に近づけて香りを嗅ぐ爽を目で追う。

「アールグレイですね。ベルガモットで香りづけしてある……うむ、いい香りだ」

独り言のように爽が言うと、大野が「へーっ」と感心したように口にする。苺は爽から大野に視線を移した。

大野は嬉しそうに目を見張っている。

そんな大野に対して、爽は別段なんの反応も見せず、フレーバーティーを口に含んだ。

そこで苺もカップを取り上げ、香りを嗅いでみた。

うん、確かにいい香りで、癒されるなぁ。

そのとき、「くすん、くすん」と押し殺したような声が聞こえ、驚いて目を向けて見たら森村さんが泣いていた。

なんで? と一瞬思ったが、次の瞬間そうかと苺は理解した。

さっきの藍原さんの言葉だ。

『信じるまでもなく、貴女は盗みなどしないという確信を持っている……』

濡れ衣を着せられて辛い思いをしていた森村さんにとって、とんでもなく嬉しく、救われる言葉だよね。

藍原さん、さすがだよっ!

苺は心の中で、おおいに藍原を称賛した。

「このカップは……貴女の作品ですね?」

藍原はカップを持ち上げ、泣くのを我慢している森村に問いかけた。

「は、はい」

泣いたせいで目を赤くした森村は、どぎまぎした様子で答える。

森村さん、藍原さんに受け答えするのに、かなり緊張しちゃうみたいだ。

お侍さんみたいだけど、藍原さんはとっても話しやすいひとなんだけどなぁ。

いや、いまはそれよりも……

カップは柄物なのだ。森村さんは真っ白な陶器ばかりを作っているんじゃないのか?

「どうしてわかったんですか?」

大野が興味深々な眼差しで藍原に尋ねた。

「風合いですよ。それに、森村さんの造る器は独特の温もりがありますからね。ところで、大野さん」

「はい」

「貴女は学生ですか? それとも職に就いておいでなんですか?」

なぜか藍原の興味は大野に向いたようだ。確かに個性的な人だから、興味を引かれちゃうよね。

「フリーターですよ。将来お店を持ちたいんで、バイト三つ掛け持ちして資金作りしてます」

「どんな店を?」

「アジアン系雑貨のお店です。こういうの好きなんで」

大野は部屋を見回して言う。

ほほお。苺と同じ歳くらいなのに、そんな風に目標をもって頑張ってるって、凄いな。

藍原は大野に頷き、また森村に向く。

「では、今後についてですが……」

そう切り出した藍原は、森村に向けてビジネスライクにいくつかの提案をしたのだった。





つづく





   
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