続苺パニック




27 手柄感



「それではこれで」

玄関の入り口で、藍原が挨拶した。

お仕事の話も終わって、もう帰るところだ。

けど、苺としてはちょっと……いや、かなり物足りない。

もっとふたりとおしゃべりしたかったなぁ。

けど、苺たちはビジネスでやってきたわけで、藍原さんが仕事の用件を終えたので、帰るしかなくなった。

苺はおふたりと、もっとおしゃべりしたいです。なーんて言い出せる雰囲気じゃなかったもんなぁ。

爽なんて、藍原さんよりさらにビジネスライクで、さっさと引き上げる気満々。

ふたりと、また会えるのかなぁ?

なんか、そのチャンスはなさそうだよね。

残念だなぁ。

「苺ちゃん、また会おうね」

残念な気持ちにずっぽり浸っていたら、大野が声を掛けてくれた。

苺はパッと笑顔になり、「はい」と頷いた。

なんか元気が出て来たよ。この大野さんは、社交辞令で物を言う人じゃないもん。

そうだ。メールアドレスを交換してもらおう。

そう考えて、携帯を取り出そうと慌ててポケットを探っている間に、玄関のドアが閉じてしまった。

あっ!

「苺、どうしました?」

すでに爽は車に向かって歩き始めていたようで、ついてこない苺に呼びかけてきた。

「苺、その……」

アドレス交換したいと伝えようと思ったが、すでに玄関は閉じてしまっている。

苺はポケットの中の携帯を掴んだまま玄関ドアに振り返り、携帯から手を放した。

そして、爽に駆け寄る。

「またふたりに会えるですか?」

そう尋ねたら、爽は玄関に視線を向け、それから苺に顔を戻してきた。

「会いたいのであれば、会えますよ」

その返事に苺は首を傾げた。

会いたければ会える、か……

「会いたいです」

「大野さんと鈴木さんは気が合いそうですね」

先を歩いていた藍原が振り返り、そんなことを言ってくる。

「森村さんは?」

「森村さんは内向的すぎますが、大野さんと仲良くなれば……」

そこまで言った藍原は、どうしたのか途中で言葉を止めて苺を見てくる。

「なんですか?」

「鈴木さんは、森村さんをどう思いました?」

どう思ったか?

「面白い人……あっ、それより真っ白なイメージかな」

「ふむ」

「森村さんの作るハクジは、まっさらさらで、手に触れたら心地いですよね、きっと」

そこまで言って苺はハッと気づいた。

「そうか。だから新しいお店で扱いたいんですね。森村さんの作るものは、特別なんですね?」

新しいお店が開店したら、森村さんの作るハクジを苺は売るんだねぇ。

そして、森村さんのハクジのような特別な商品を、いっぱい見つけなきゃいけないわけだ。

「なんかわくわくしてきたですよ」

爽と藍原に向けて、苺は満面の笑みで言った。

すると爽が苺の頭に触れてきた。爽の口元にも笑みが浮かんでいる。

「爽?」

「なんでもありませんよ。さあ、せっかく北の国に来たのですから、夕食に美味しい物を食べましょうか?」

嬉しい提案に、苺はぴょんと飛び跳ねた。

「やったーっ。それで、何を食べるんですか?」

「爽様」

爽にせっついていたら、藍原が間に入ってきた。

「なんだ?」

「お帰りにならないんですか?」

えっ? か、帰る?

「今日、帰るんですか?」

北の国まではるばる来たってのに、まさかの日帰り?

けど、仕事でやってきたんだから、仕事の用件が終わったなら、帰るのが当然なのか?

観光したいなんて思うのは甘いんだろう。

それでも、しょぼーんだよ。

気持ちのまま、がっくりと肩を落としたら、爽がやさしく肩を叩いてきた。

「明日帰るとしましょう」

「えっ、本当ですか? いいんですか?」

胸を膨らませつつ尋ねてしまう。すると爽が頷いてくれた。

「要、今夜泊まるホテルを探してくれ。お前も私たちに付き合うだろう?」

「私は……そうですね。では、ホテルを探しましょう」

藍原はちょっと迷った様子を見せたが、考えを変えたようだ。

それから、藍原さんのお勧めの店に連れて行ってもらえることになった。

「うわーっ、カニだぁ」

目の前に、山盛りのカニが置かれ、苺は歓喜した。

これでこそ、北の国だよ。

あっ、そうだ!

苺は携帯を取り出し、カニの写メを撮った。そしてそれを、すぐさま母に送った。

(今夜はカニだぜ♪)と書き添える。

にっしっし。お母さん羨ましがるぞぉ。

そういえば、母から頼まれたお土産のリストに、カニもあったっけね。

明日、帰る前には買い揃えないとね。

そんなことを考えつつ、苺はカニのお刺身を口に頬張った。

そのおいしさに度肝を抜かれる。

「うっ、うまーーーーっ!」

と、考える間もなく叫んでしまう。

なっ、なんなの、この最高の甘み♪

「うん、美味しいですね」

爽が普通な感じで感想を漏らす。

「美味しいなんてもんじゃないですよ。極みですよ。極み!」

「極み?」

爽は苺の言葉を繰り返し、くすくす笑う。

すると藍原も、「極み」と口にして、なにやら考え込んだ。

どうしたんだろうと見ていると、藍原は爽に向けておもむろに口を開く。

「爽様。店名ですが、『極』というのはいかがですか?」

店名に極み?

爽を見ると、彼はちょっと考えてから小さく頷いた。

「いいな。一文字で簡潔、重みもある」

確かにそうかも。『極』かぁ。

「かっこいいですね」

「鈴木さんが関わると、難航していたことが、なぜかサクサク決まりますね」

藍原はくっくっと笑いながらそんなことを言う。

「苺、褒められてるですか?」

爽に尋ねたら、彼は楽しそうに笑い出した。

「やはり貴女は最高ですね」

褒めてくれてるようだ。

手柄感はまるでないんだけどさ……

それでも苺は、いい気分で美味しいカニをたらふく頂いたのだった。





つづく





   
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