続苺パニック




30 ちょっと感激もの



「今日のうちに帰るもんだと思ってましたよ」

苺はウキウキしつつ爽に言った。

今夜泊まることになるという旅館に到着したばかりだ。

トンボ帰りするもんだと思ってたから、素敵な旅館を前にして嬉しくってしょうがない。

和の趣の小ぶりの旅館。
そんなには広くない庭だけど、雑木林になっていて、竹林もある。

周りをキョロキョロ見回しながら、苺は爽とともに、外まで出てきて出迎えてくれたスタッフさんの後について、旅館の中へと入っていった。

入った途端に、竹の香りがふんわり香ってきた。

見れば、旅館の中は竹の素材がふんだんに使われている。

竹の作業場にお邪魔した後だからか、竹が目に入っちゃうなぁ。

この旅館は、角屋敷さんから紹介された。角屋敷さんというのは、竹の作業場のご夫婦の苗字。

ちなみに、外人さんはマシューさんという名前だった。

苗字も聞いたんだけど……聞き取れなかったんだよね。

早口にちゅるんって感じで言うんだもんな。もっと聞き取れるように、ゆっくり丁寧に言ってくれれば……

「明日、もう一か所、回るつもりなのですよ」

爽が返事をしてくれ、苺はマシューさんの苗字について考えるのをやめた。

「そうなんですか」

どんなところなのか尋ねたかったが、爽はフロントで手続きを始めた。

なので苺は、スタッフさんに勧められたソファに座って待つ。

手続きはすぐに終わり、戻って来た爽も苺の隣に腰かけた。

「で、明日行くところは、どんな商品を?」

待ってましたとばかりに話の続きに戻る。

「穀物です」と爽は答えるが……コクモツ? ぴんと来ない。

「なんですか、それ?」

「穀物ですよ。アワやキビなどの」

あっ、ああ、穀物ね。

「へーっ、今度のお店って、食品も扱うんですか? 思ってなかったですよ」

「扱うかどうか、まだ決めていません。これからです」

そうなんだぁ。

「そっか、まだまだ準備段階なんですもんね」

どこにお店を建てるか、土地も決めたばっかりで、これから建てるんだもんね。

そこで、周りをゆっくりと見回していた爽が立ち上がった。窓際に置いてある花瓶に近づいていく。

苺もつられて立ち上がり、爽についていった。

「あっ、これって」

角屋敷さんのところにあったやつだ。

「これが見たかったのですよ」

「見たかった?」

「こちらの旅館に、彼らの竹製品が多数収められていると聞いたので、ここに泊まることにしたんです。実際、使われているものを見たかったので」

爽はそう説明しながら、竹の花瓶を矯めつ眇めつ眺めている。

その様子に感心してしまう。

なんにも考えてなかった苺とは大違いだよ。爽のやることは、すべて意味があって繋がってるんだねぇ。

苺も爽の真似をして、竹の花瓶を眺めてみる。

作業場にあった時も素敵だなと思ったけど、こうして旅館に飾ってあると、とっても風情があって……

「魂が入ってる感じしますね」

「ええ。やはり、いいですね」

爽の表情は満足そうだ。この様子だと、竹製品は新しいお店に必ず並ぶことになったみたいで嬉しくなる。

たくさん仕入れてあげたら、角屋敷さん夫婦も嬉しいだろう。お弟子さんのマシューさんも。

「きっと、バンバン売れちゃいますね」

テンション上げて言ったら、爽は首を横に振る。

うん?

首を傾げたら、爽は「そんな売り方はしませんよ」と言う。

「それって、どういうことですか?」

そんな売り方はしないって……なら、どんな売り方をするっていうんだろう?

戸惑って爽の答えを待ったが、そこにスタッフさんがやってきた。

お抹茶と和菓子を用意してくれたとのことで、ソファのところに戻り、お抹茶をいただく。

「美味しいですね」

「ええ」

爽は和菓子に添えられた楊枝を手に取って、それをじっと見る。

素材は竹のようだった。細いタイプじゃなくて太いやつ。

「それも、角屋敷さんのところのなんですかね?」

「たぶんそうなのでしょうね。丁寧に造ってありますね」

「ねぇ、爽。さっきの話の続きですけど」

「うん? ああ、売り方のことですね?」

「はい。バンバン売らないって……どうしてですか? たくさん売れた方がいいですよね?」

「彼らには、この楊枝のように、一品一品時間をかけて丁寧に仕上げてもらいたいのですよ」

「丁寧に?」

「ええ。時間をかけるということは、一点の価格は当然高くなります。バンバンは売れないでしょう?」

「高いってどれくらい?」

「どれくらいとは言えませんが……かかった時間に見合う価格ですね」

苺は、自分の分の和菓子に添えられた楊枝を、指でつまんでしみじみと見る。

確かに、丁寧に造ってあるのがはっきりわかる。

時間をかけずに作ったら、こんなふうじゃないんだろうなぁ。

「これ一本、いくらなんでしょうね?」

「五十円ですよ」

「えっ、どうして知ってるですか?」

「角屋敷さんに作業場でお聞きしたんですよ。これと同様のものがあったので」

「えっ、いつの間に?」

そう聞いたら、なぜか冷たい目でじーっと見つめられる。

「なっ、なんなんですか?」

「あなたがアディントンと、楽しそうに語らっていた時ですよ」

マシューの苗字を爽が口にしたが、またも聞き取れなかった。

「マシューさんの苗字、爽の発音が良すぎて聞き取れないんですけど……もっとゆっくり口にしてみてくれないですか?」

そう頼んだら、爽はムッとした目を向けてきた。

「おりょっ? なんでムッとしてんですか?」

「そんなこと、どうでもいいでしょう」

「まあ、どうでもいいんですけど……爽は聞き取れてて自分は聞き取れていないってのが、なんか残念な気分じゃないですか?」

「知りませんよ! だが、問題にしていただきたいのはそこではない!」

いつもの爽らしくなく、不機嫌に言いつのる。

「問題? 何が問題なんですか?」

「問題は、貴女がアディントンと……」

「あっ、爽。スタッフさんが待ってますよ」

スタッフさんが側にやってきているのに気づき、苺は爽に教えた。

すると爽はハッとしたように口を閉ざし、スタッフさんに目をやる。

「会話のお邪魔をいたしまして、申し訳ございません。あの、お部屋に案内させていただこうかと」

爽はスタッフさんに向けて頷き、すっと立ち上がった。

けれど、八つ当たりするように苺をじろりと睨む。

睨まれる理由が分からず、なんで睨むんですか? と、苺は眼差しで文句を言ってやる。

すると爽の方も、負けじと睨み返す。

そんな睨み合いのバトルをしつつ、ふたりはスタッフさんについて行った。

「わーっ、素敵なお部屋ですね」

和のテイストなんだけど、モダンだ。

スタッフさんが戻っていき、爽とふたりきりになれたので、一気に気持ちもくつろぐ。

「夕食も楽しみですね。あっ、その前に温泉に入らなきゃ」

「食事や温泉を気にする前に、もっと気にするべきことがあるでしょう?」

爽がそんなことを言うが、何も思いつけない。

「気にするべきこと?」

「私は気分を害しているんですよ。なぜだかわからないんですか?」

気分を害してる? わからないけど……爽は、どうも苺が悪いと思っているみたいだ。

「苺、なんかしたですか?」

「私が仕事の話をしている傍らで、貴女はアデ……いや、マシューと楽しそうに会話を……しかも、くっつきすぎでしたよ」

お、おやっ? ちょっと待って。びっくりだよ。

爽の苛立ちの原因は……焼きもち?

苺がマシューさんと話していたのが面白くなかったの?

うはーっ、なんか意外、なんか新鮮!

この爽が、あれっぽっちのことで焼きもち焼いてくれるなんて。

ちょっと感激もので、苺は爽に飛びついた。

「わっ! 苺、何を」

「だって、嬉しいなって」

胸が喜びで膨らみ、にやけ面で爽を見つめてしまう。

そんな苺に対して、爽は苦い顔で見つめ返してくる。

そんな表情も、さらに嬉しくなっちゃう苺だった。





つづく





   
inserted by FC2 system