苺パニック



34話 にやつきの理由 (要視点



「どうぞ、お召し上がりください」

夕食の準備が整い、料理長の大平松が促してくる。

要は軽く頷き、完璧に磨き上げられたナイフとフォークを手に取った。

要の前には怜が座っており、彼もまたナイフとフォークを手にする。

今夜、この屋敷に主はいない。
婚約者の鈴木苺とともに、彼女の実家に行っていて、そのまま泊まることになっているのだ。

そのため、大平松の顔はおおいに精彩を欠いている。

以前はランダムだったのだが、いまは土日を休みとしているため、外泊は金曜日と決まっていた。

いま着手している店が開店という運びになれば曜日が変わることになるだろうが、まだ数か月はこのままだ。

料理長の元気はないにしろ、料理の方は要的には文句のつけようもなく美味しかった。

主と鈴木苺のふたりがいないと、大平松のチャレンジが窺えるものがあったりする。

主に出す前に、要と怜に試食させているのだろう。

その証拠に……

要は、大平松の顔色をさりげなく確認しつつ、チャレンジが窺える料理に箸をつけた。

すると大平松は、ぐっと身を乗り出すようにする。

思わず含み笑いをしそうになるのを堪え、要はゆっくりと咀嚼した。

「藍原さん、その料理、いかがでしょうかね?」

不安と興奮をないまぜにした表情で、大平松は急くように聞いてきた。

うむ……美味しいと言えば美味しいのだが……

「この独特な酸味を堪能してほしいということであれば、よろしいと思いますよ」

「そっ、そうなんですよ! 新しい調味料を手に入れて……あの、藍原さん、よろしいというのは、美味しいということで?」

要の感想に、初め嬉しそうに興奮した声を出した大平松だが、不安がさしたようで確認を取ってくる。

「ええ、悪くないと思いますね。怜、お前はどうだ?」

怜は、自分にも感想を求められるとわかっていて、大平松と要の会話中に、急いで同じ料理を口にしていた。

大平松の視線はすぐさま怜に向き、怜は口元を押さえて「そ、そうですね」と口ごもる。

酸味が独特すぎるため、この味を美味しいと言っていいのか迷っているようだ。

「独特の風味があるので……そうですね、好き嫌いはそれぞれかと……」

「そうですか」

大平松は眉をひそめ、感想をもらったことに礼を言い、下がって行った。

要はなんとなしに大平松を見送り、食事に戻ろうとしたら、「藍原さん」と怜が話しかけてきた。

「うん?」

「大平松さんに、美味しいと言ってあげた方がよかったんでしょうか? 実際、味は悪くはなかったのに……はっきり美味しいとは伝えられなくて……」

怜ときたら、申し訳なさそうに肩を小さくしている。その姿に、要はつい笑いを漏らしてしまう。

「気にすることか?」

そう聞いたら、怜は少し不服そうな表情を浮かべる。

「……ですが、大平松さんをがっかりさせてしまったようですし」

「正直であろうとした結果だろう?」

「それは……」

そう答えた怜は、小さくため息を落とす。

「怜?」

「あっ、す、すみません。……でも、どうもよくわからなくて……どう言葉にするのが正しいのか」

怜は途方に暮れた顔になる。

有能な男なのだが、人とどう接するかがわからず悩んでしまうらしい。

そんな怜の性格は分かっていたのだが……この屋敷のスタッフたちと接することで、少しずつ改善されるものと思っていた。

……思っていたよりも根が深いのか?

ふむ。このまま放っておくわけにもいかないようだ。

「なあ、怜」

「はい」

「明日、空いているか?」

「ああ、はい。大丈夫ですが」

うん、この顔? どうやら怜は、仕事の話だと思ったようだ。

それも当然か。これまでプライベートな誘いをしたことはなかったからな。

互いの休みがバラバラだったせいもあるが……基本、休日は一人で過ごしたい。

「それなら、九時……いや、八時に私の部屋まで来てくれ」

「藍原さんの部屋ですか、わかりました」

怜の返事に頷いた要は、「服装はラフなものでいいぞ」と付け加えた。

すると怜は、「えっ、ラフ?」と大袈裟なほど驚く。

「まさか、スーツ以外は持っていないなんてことはないのだろう?」

「は、はい、それはもちろん」

そういえば、私服姿の怜をほとんど見たことがないという事実にいまさら気づく。

怜を見ると、彼は何か問いたそうに要を見たものの、結局何も口にしなかった。


食後のコーヒーを一口飲んだところでふと思い出し、要は怜に話し掛けた。

「そうだ、怜」

「はい、なんでしょうか?」

「お前に見せたいものがあったんだった」

「見せたいもの?」

怜は興味津々で聞き返してくる。

要はポケットに入れていたものを取り出し、怜に見せた。

「どうだ?」

「アジサイですよね。見事ですが……藍原さんが作られたんですか?」

「いや、折り紙に造詣はない。これは鈴木苺の手によるものだ」

「鈴木さんの?」

怜は一瞬目を丸くして驚いたものの、すぐに納得という顔になる。

「器用でいらっしゃいますよね」

「いや、すでに器用のレベルではないと思うが」

「え、ええ。確かに」

怜は手にしたアジサイを、表にしたり裏にしたりしながら、矯めつ眇めつ眺める。

そんな怜を見守りつつ、要は主に思いを馳せた。

まず間違いなく、今頃我が主は、鈴木苺にアジサイを折らせているのに違いない。

「藍原さん?」

にやついているところに呼びかけられ、要は怜に向いた。

私がにやついている理由が気になったのだろうが……怜はかなり戸惑っているようだ。

「私だって、にやつく時もあるぞ」

「あ、あの、このような質問は無礼だとは思うのですが……いったい何を考えて、そんなにもにやついておいでだったんですか?」

「まあ、そうだな。一言で言えば、我らが主の……単純さ?」

怜は、「爽様が単純?」と目を見開く。

「怜、これはここだけの話だぞ」

片目を瞑り、悪戯っぽく釘を刺したら、初め戸惑い顔だった怜が、ふわっと柔らかな笑みを見せる。

純粋すぎる喜びを滲ませる怜の笑みに、怜の過去を知る要はなんとも切ない気分にかられた。

この男には、もっと人との繫がりが必要なのだと、改めて強く思わされた要だった。





つづく




プチあとがき

要視点をお届けさせていただきました。
要と怜のやりとりを書きたくなって……
今後もおまけな感じで続きを書いてゆくつもりですので、読みたい方だけ読んでくださればと思います。

この続きは、爽と苺に戻ります。
お読みくださり、ありがとうございました。

fuu





   
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