|
4 驚きの出迎え
「ねぇ、宏さん。本当にこの服でよかったかしら?」
もう家を出る間際なわけなのだが、節子は不安になって夫に尋ねた。
「いいと言ったぞ」
適当な言い回しに、節子はカチンときた。
「ちょっと、宏さん。なんか、どうでもいいみたいに聞こえたわよ」
宏に噛みついたら、焦った真美が、ふたりの間に割って入ってきた。
「お、お母様、よく似合ってますよ。素敵です」
節子は、一生懸命取り成そうとする真美に、機嫌よく振り返った。
「あらそう?」
「はい。お母様は、黒とかグレーが似合いますよね」
「あらあ、ありがとう、真美ちゃん」
今日の真美は、薄緑色のワンピースにクリームのコートという服装だ。
すでに母となった真美だが、よく似合ってとても可愛い。
真美のすぐ側には、息子の健太がいて、こちらも今日はシックなスーツ姿だ。
もちろん、節子の夫の宏もスーツでビシッと決めていて、それなりに貫禄があるように見える。
『まあ、かっこいいわよ』と、心の中だけで褒めておく。
「お袋の服なんて、誰も気にしやしないって」
いらっとくるような台詞を、さらりと抜かした健太を、節子は睨みつけた。
まったく、余計なひと言を!
「誰も気にしないことくらいわかってるわよ。だから自分が気にしてるんじゃないのよ」
「はあ? ……あ、ああ、そうなんだ」
節子の言い分に戸惑わされたのか、健太はそんな曖昧な返事をする。
するとそのとき……
「俺は気にしてるぞ」
宏が言い、靴を履く。
へっ?
「あの、宏さん?」
「ほら、もう外に出るぞ。藤原君から電話を貰って三十分後に到着するといってきたんだぞ。もう三十分経ってしまっとる。藤原君と苺は、もう到着してるんじゃないか?」
宏はみんなを急かし、先に外に出て行った。
「ああ、来とる来とる」
宏の言葉に、慌てて靴を履いた節子だが、いましがたの夫の言葉に、口元がにまにましてしまうのを止められなかった。
外に出ると、ちょうど到着したばかりだったのか、苺と藤原が車から降りるところだった。
苺は鈴木家全員を見て、目を丸くする。
「うほっ、みんな素敵に変身してるぅ♪」
裏表のない娘の言葉なので、ちょっと嬉しくなる。
だが、今日の娘の変身ぶりのほうが半端ない。
真っ白なワンピース、いや、これはドレスと呼ぶべきものだ。
さらに髪も綺麗にセットされ、髪飾りまでつけているのだ。
そして、その顔ときたら、輝きまくっている。
まるで、これから結婚式を挙げる花嫁のようではないか。
そこで、ふと思い出した。
そうだったわ。今日は苺と藤原の婚約パーティーなんだったわね。
婚約を祝うわけだから、花嫁っぽくてもおかしくはないってことかしら。
「まあ、苺さんこそ、素敵じゃないですか!」
感嘆したように口にした真美のところに、苺はまっすぐに駆けつけ、真理の顔を覗き込む。
「うわーっ、今日もまこちゃんは、食べたくなっちゃうくらい可愛いねぇ。このほっぺたとか、苺叔母ちゃんは、ぺろっと舐めたくなっちゃうよ」
苺が言葉をかけると、真理は「きゃっきゃっ」とはしゃぐ。
「うんうん、まこちゃん、ご機嫌だね」
ちっちゃい手で、ひとさし指をぎゅっと掴まれて、苺もご機嫌なようだ。
そんな娘と孫の様子は微笑ましいのだが、節子としては、いささか気が揉める。
どうも真理は、苺がかなりお気に入りのようなのだ。
お祖母ちゃんのわたしに、真美ちゃんの次に懐いて欲しいのに。
わたしは苺と違って毎日顔を合せてるんだし、まこちゃんのお世話をしっかりしてるのは、このわたしなんだもの。
「みなさん、おはようございます」
苺のあとについて、こちらに歩み寄ってきた藤原からいつも通りの上品な挨拶を貰う。
苺と真理を見詰めて顔をしかめていた節子は、藤原の方に向いたのだが、その瞬間、唖然とした。
なんとまあ、藤原ときたら、真っ白なスーツを着ている。しかも、一般人は絶対に着ないような斬新なデザインだった。
「藤原さん、今日のスーツも素敵じゃないですか?」
くすくす笑いながら健太は藤原をからかう。
からかわれた藤原の反応は、まったく動じていない。藤原は健太ににっこり微笑み返す。
「婚約パーティーですので、ちょっと洒落ました」
「ちょっとじゃない気がするけどな」
すかさず宏がチャチャを入れる。すると藤原は楽しそうに声を上げて笑った。
宏さん、すっかり藤原さんと打ち解けちゃってるわね。
彼が何をしようと、驚きもせずに受け入れてしまってるみたい。
そんな夫は、口には出さないが、とても頼りがいがある。
そんな驚きの出迎えから、節子は宏とともに、藤原の車に乗り込んだのだった。
つづく
|
|