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5 いまさら、眩暈
藤原の車が走り出し、節子はどうにもドキドキしてきた。
ついに、藤原さんの家に行くのね。
健太は自分の車に妻と息子を乗せ、藤原の車の後をついてきている。
それにしても、とんでもない高級車だわね。
いつも乗ってる車とは、乗り心地がまったく違う。さらに、車内の内装は誰が見たって高級車だとわかる造りだ。
なんだか、借りてきた猫の気分だわ。
身に合わぬ境遇に置かれ、どうにも萎縮してしまう。
節子は、身を固くして、隣に座っている夫を見たら、やはりこちらも居心地がよくなさそうだ。
そんな宏は、節子の視線に気づいたようで、ちらりと見てくる。
『宏さん、緊張してるんでしょう?』
口パクで伝えると、意味をちゃんと受け取ったのか、肩をすくめて見せる。
「ねぇねぇ、お母さん」
助手席に座っている苺が呼びかけてきて、節子は苺のほうに視線を向ける。
「なあに?」
「今日のお母さん、めちゃ綺麗だよ。その服もとっても似合ってるよ」
あらま。苺ったら。
「ありがとう。ああ、ほら、苺。このネックレスと指輪。あんたがくれたやつよ」
「えっ?」
苺は驚き、シートベルトに抗いつつ、しっかり首を回してくる。
節子は首元のネックレスを見せてから、手を差し出して指輪も見せた。
苺がお正月にくれた福袋のアクセサリーは、思った以上に大きな宝石が付いていた。
真美が言うには、ネックレスひとつとっても十万はくだらないのではないかと言う。
福袋だからお値打ちな商品が入っていたんだろうとは思うが……いまになって、もらった福袋の値段が気になっていたりする。
苺ってば、かなり無理したんじゃないかしら?
苺は、時にハチャメチャだったりするけれど、とてもやさしい子なのだ。
そんな苺の良さを、藤原さんはちゃんとわかってくれたのかしらね。
「お母さん、とっても似合ってるよぉ」
「ふふ。苺、ありがとうね」
苺とアクセサリーのことでおしゃべりしていたら、藤原の家に到着したようだった。
車が大きな屋敷の建っている敷地へと入って行き、節子は眉をひそめてしまう。
ちょ、ちょっと、待ってよ。これが藤原家なの?
デカい屋敷だとは聞いていた。けど、想像を遥かに超えている。
どんだけ金持ちなのよ!
と怒鳴りたくなる。
そんな気持ちとは裏腹に、節子は完全にビビってしまった。
わたしの娘が、こんな豪邸に住むひとと、結婚するっていうの?
がさつで能天気でハチャメチャなのに?
いやいや、ありえないんじゃないかしらね。
テンパって、勝手に色々考えていたが、みんな車を降り始め、節子も慌てて下りた。
すると、屋敷の方から駆けてくるひとたちがいる。
あら、あれは藤原さんのご両親だわ。
それと、年配の婦人。
たぶんあのひとが藤原の祖母の羽歌乃なのではないだろうか?
そして、さらにもうひとり男性がいる。
あのひとが、噂の執事さんかしらね?
大人数が庭で対面し、あちこちで会話が盛り上がり始めた。
羽歌乃は、真美と真美の抱いている真理に嬉々として話しかけている。
藤原の父は、宏に話しかけているし、苺と藤原は執事さんと話していた。
そして節子は、藤原の母の一花に話しかけられた。
藤原同様に育ちのよさそうなひとなので、かなり緊張してしまう。
それでも、一花がいいひとなのは肌で感じる。
藤原の両親は、海外に住んでいるそうなのだが、今回、婚約パーティーをするというので、日本に戻って来たのだそうだ。
真美がちょうど出産した頃にも戻って来て、その時、少しだけ会う機会があった。真美の入院している病院に顔を出してくれたのだ。
今回は、一ヶ月くらい滞在するつもりらしい。
この機会に、苺と藤原の結婚式のことを話し合うつもりでいるようだ。
苺の結婚話が、ドンドン進んでいくようで、節子としては焦りを感じる。
こんなのでよろしいんですか? と言いたくなるし、どうにも納得できないと言うか……
やっぱり苺は、幼馴染の剛が、身分相応だったのではないかしらなんて、考えてしまう。
剛にしたって、苺にはもったいないほどの相手なのだが。
「どうかなさいました?」
みんなとともに促されて屋敷の玄関に入ったところで、一花が気がかりそうに問いかけてきた。
「えっ? 何がですか?」
「……なんだか、顔をしかめてらっしゃるから」
あら、やだ。そんなに顔に出してたかしら?
「いえ……その……藤原さん、ほんとに相手が苺でいいのかしらと思えてしまって……」
正直に伝えたら、一花が意外なことを聞いたというように「まあ」と声を上げた。
「爽さんは、これぞというひとと巡り合ったと思っていますわ」
これぞというひと?
「苺がですか?」
面食らって言ったら、一花が花のように笑う。
まあ、ほんとに綺麗に笑う人だわ。
思わず見惚れてしまっていたら、「苺さんはとても素敵なお嬢さんですわ。それに個性的」と一花は言う。
個性的という言葉に、また顔をしかめてしまう。そして思わず「すいません」なんて口にしてしまう。
「悪い意味ではありませんわ。個性のない方は、どんなに美しいお嬢さんであっても、面白味がなくて、爽の好みではないと思いますわ」
「個性的な方がいいと?」
「ええ。さあ、節子さん、会場のほうに」
一花はにこやかに節子を促がす。
見れば、すでにみんな先に歩いて行っている。
節子は一花と一緒に、婚約パーティーが執り行われる部屋に向かった。
そこでハタと気づいた。
おしゃべりしている間に、屋敷の中に入ってしまってる。
しかも、外観を裏切らない贅沢な内装だ。
お金持ちの家なんて初体験で……足が竦みそうになる。
婚約パーティー、いったいどんなことになるのだろう?
いまさら、眩暈がしてきた節子だった。
つづく
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