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8 一回転で大爆笑(苺
ああー、しあわせ♪
大きなイチゴを口に頬張り、苺はその美味しさを堪能する。
ほんと、超甘くて、適度な酸味もあって……最高だよぉ。
むふふぅ、と口元を緩めていたら、すっと屋敷のスタッフが現れ、苺が食べて隙間の空いたところに、イチゴが補充された。
ほへっ? な、なんと、まだ出て来るの?
「苺、どうしました?」
ポカンとしていたら、爽が問いかけてきた。
苺は爽に向き、彼の耳元に唇を近づけて囁いた。
「苺が、そこんとこのイチゴを食べたら、あっという間にイチゴが追加されたんですよ」
驚きを込めて言ったのに、爽はピンとこないような顔をしてる。
「驚きでしょう?」
「驚きですか?」
苺の発言のほうが驚きだと言わんばかりに、爽に聞き返されてしまい、苺は眉を寄せた。
「驚かないんですか?」
「補充しないと、なくなってしまうじゃありませんか」
「なくなるのが普通じゃないですか。補充し続けたら、食べ終わらずにエンドレスですよ」
「エン……ブッ!」
爽が派手に噴いた。
「なんで噴くんですか?」
「あなたの表現が、面白すぎるからですよ」
爽は口元を押さえ、まるで文句のように言う。
「面白いことは、なんも言ってないですよ」
「そんなことより、ほらもう食べないんですか?」
「食べますけど……」
苺は、いま追加されたイチゴをちらりと見て、そいつを手に取って食べた。
そして周りを窺う。
するとまた、先ほどのスタッフさんがスマートにイチゴを追加した。
うぬぬ。
やるなおぬしっ! って……このスタッフさん、知ってる人だぁ。
羽歌乃おばあちゃん家のクリスマスパーティーに、このひともいたよね。
このひととは、会うのはあれ以来だ。
「おひさしぶりで~す」
思わずそう声をかけたら、スマートな動きで去ろうとしていたスタッフさんは、ぎょっとしてこちらに向いた。
「は、はい」
スタッフさんは困惑気味に、返事をする。
その反応に、苺も戸惑ってしまった。
「あれっ? 苺のこと憶えてないですか?」
「い、いえ。憶えており……いえ、もちろん存じ上げております」
そのとき、爽がいささか鋭い声で「苺!」と呼びかけてきた。
振り返ると、むっとした顔を向けられる。
「なんですか?」
「……あの、失礼いたします」
苺が声をかけたスタッフさんは、挨拶して、そそくさと去って行った。
その後姿を見送っていたら、羽歌乃が歩み寄ってきた。
「あなた方、どうかしたの?」
「いえ、何も」
爽がそっけなく答える。
羽歌乃おばあちゃんがこのタイミングでやってきたのを、嫌がってるみたいだ。
「爽さん、あなたは今日の主役のひとりなのに、そんな苦い顔をしているものじゃなくてよ」
「そうですよ。なんで苦い顔をしてるんですか?」
羽歌乃の言葉に続けて、苺が爽に尋ねたら、爽からじろりと睨まれた。
だから、睨まれる意味がわかんないってば!
ぷーっと頬を膨らませたら、爽の両手で、思い切りほっぺたを挟まれた。
「うにゅ、にゃにゃ、にゃににょにゅるぅんりょりゅりゃ?」
何をするんですか? と言ったのだが、はっきり口にできない。
すると羽歌乃が、声を上げて笑い出した。
「苺さんの顔ったら、それに、にゃにゃにゃっって……あなた、いつからネコになったの?」
「いにゅにょにゃにょにょに……」
って……挟まれたままじゃ、どうにもなんないよっ!
苺は依然として苺のほっぺたを強烈に挟んでいる爽を睨みつけた。
「いいにゃねぇん……」
いい加減と、言ったところで、あっさり自由になった。
「酷いですよぉ」
「いったい何事だ?」
騒いでいたものだから、全員周りに集まってきてしまった。
そのとき気づいたのだか、集まってきたみんなの輪の後ろに藍原さんがいて、それはもう愉快そうに笑っている。
凛々しいお侍のような藍原さんは、いつも『正義!』という印象なのに、この時ばかりは悪いお代官様みたいだった。
爽は集まってきたみんなに、「なんでもありませんよ」と答える。
すると爽の父親の駿が、なぜか藍原さんに向き、「藍原君、君はわかっているだろう?」と聞く。
聞かれた藍原さんは、微笑んできっちりと頷く。
「要!」
爽は、まるで脅すように呼びかけた。
「わかっております。主を窮地に追い込むような発言は、致しませんので」
「要!」
藍原の発言に苛立ったようで、爽が怒鳴りつける。
「ほお、興味をそそられるな。藤原君、君は窮地に追い込まれるような、何をしたんだい?」
そう口を出してきたのは、苺の父の宏だった。
問いかけて来たのが、宏だったことで、爽はずいぶん困っているみたいだ。
先ほどの爽の行動はよくわかんないけど、苺としては困っている爽をそのままにはしておけない。
「爽は別に何もしてないよ。ふたりで、いつもみたいにじゃれてただけだよ。ねっ、爽」
フォローしたら、爽は微妙な眼差しを苺に向けてくる。
「そうか、君らはほんとに仲がいいねぇ。嫉妬する爽君は、非常に稀有で興味深い」
ケウ? 非常にケウ?
ケウってなんだろ? もしや、外国の言葉なのか?
言葉の意味が分からず、首を傾げてなんとなく爽を見上げたら、なぜか彼の頬がうっすら赤らんでいる。
「爽、なんか顔が赤くなっちゃってるですよ」
熱でもあるんじゃないかと、心配して指摘したら、「苺、そのくらいにしておけ」と健太に注意を受けた。
だが、注意を受ける意味がわからない。
「お兄ちゃん、そのくらいにしけおけって、どういうこと?」
そう聞いたら、健太は苦笑し、爽を見やる。
「藤原さん、こいつとの結婚、やめたくなったんじゃないですか?」
からかいのようでありながら、少し本気が混じっているような気がした。
結婚する気がなくなったなんて言われて、苺は青くなった。
「そ、爽?」
不安にかられつつ、爽を見上げたら、爽は苦笑いして、苺の頭を撫でてきた。
そしてみんなに向き直り、爽は笑いながら口を開いた。
「ますます結婚したくなりましたよ」
そう宣言して、みんなを驚かせた爽は。苺に顔を近づけてきた。
う、うわっ、近い!
「愛していますよ、苺」
全員の前で愛の言葉を囁かれ、エクボのところにキスまで貰った苺は、一瞬にして真っ赤になった。
うわわわわ……は、恥ずかしぃ!
とんでもなく動揺した苺は、その場で足をバタバタ動かしながら一回転してしまい、みんなから大爆笑されたのだった。
つづく
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