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9 主を称賛(要
パーティーは楽しく進んで行った。
要と怜はスタッフとしてではなく、招待客という扱いだったので、要も充分パーティーを楽しませてもらった。
なんにしても、この日を滞りなく終えたいと願っていた善一の思いが叶い、ほっとする。
初め緊張していたようだった鈴木一家の面々も、次第に打ち解けてきたようだ。
そうなると、それぞれの持つ個性が光ってくる。
そんな彼らを観察するのは、非常に楽しかった。
怜も、意中のひとである真理とのひとときを与えてもらえ、至福を味わえたようだしな。
そういえば、怜には、私と同じで家族という存在がいないのだったな。
一般家庭である鈴木一家に、憧れを抱いているのかもしれない。
屋敷のスタッフ専用の住居に住んでいる怜のことを今更考え、要は眉を寄せた。
そうだな。
今度、私の家に招いて、手料理でもご馳走してやろうか?
怜は、そういう体験を喜ぶのかもしれない。
「藍原さ~ん」
緩んだような呼びかけが耳に飛び込んできて、振り向くと、いまの声と同じに緩んだ表情の鈴木苺がいた。
「なんだか、ご機嫌ですね」
「ほっぺたがぽかぽかあったかくって、頭もほわほわしてるですよ。なんでですかねぇ?」
苺は両手を組んで首をかしげている。
相変わらず見事に変だな、鈴木苺は。
腹の中で笑っていたら、どこにいたのか、苺の隣に突然爽が並んできた。
どこにいても、苺が男と話していると、一瞬にして現れるのだな、我が主は。
「乾杯のとき、シャンパンを一気飲みしたものだから、少々酔っぱらっているんだ」
鈴木苺にぴったりくっつき、主はそんな説明をしてくれる。
プロポーズが成功し、ついに鈴木苺を手に入れた爽様は、ひとときも彼女を離したくないようだ。
正直、かなり意外だった。
もっとドライな恋愛をなさるお方かと思っていたのだが……
さらに意外なことに、仕事に支障はないどころか、かえって油が乗っているくらいだ。
鈴木苺は、不思議なほど主にいい影響を与えている。
そんなわけで、要としてはなんの文句もない。
恋愛は仕事にマイナスにしかならないと思っていたのだが……それは私の思い込みだったのかもしれないな。
それでも、もっとこのふたりで遊びたかったな。
鈴木さんに気があると爽様に疑われている状況は、非常に楽しかったのだが……
ここだけの話だが、もしも、爽様が鈴木さんを気に入るようなことがなかったとしたら……私自身が、鈴木さんでもっと遊べたのにと、残念にも思う。
うーむ。それが恋に発展しないとも限らなかっただろうか?
……。
数秒考え、ないなと要は結論を出した。
鈴木苺と要は、波長が合っていないと思える。
その波長のズレは娯楽として楽しいのだが、それでは恋愛に至らないだろう。
怜はどうだろうか?
彼もかなり鈴木さんに好意を抱いていたようだ。
爽様を気にして、鈴木さんに近づかない様にしていただけで……
怜の女性の好みはまったくわからない。
休日は被っていないので、怜と絡めるのは仕事中と仕事が終わった後くらい。
それでも夕食は一緒に食べることが多い。
休日は映画ばかり観ているようだし……
考えてみれば、怜もかなり謎だな。
ふむ。その謎を解明するのも楽しいかも知れないな。
「ところで、要」
怜をネタにあれこれ楽しんで考えていたら、急に主が要にぴたりと寄り添ってきて、潜めた声で話しかけてきた。
「なんでしょうか?」
「羽歌乃さんが何か企んでいるという情報は聞いていないか?」
大奥様か……
こういう場面で何も企んでいないという方が、ありえないお方だ。
「いえ。私の耳には入って来ておりませんが」
前もって調査を依頼されていれば調べておいたのだが、主からその依頼はなかった。
「そうか」
「気になることでも?」
「まあな。それとらしく匂わされた」
ふむ。匂わされておきながら、主はそのままにしておいたのか。
それはつまり、何かお考えあってそうなさったのだろう。
羽歌乃がどんな企みをしているのか気になるが、たいした害はない。
今回は、暴いて阻止することはせず、大奥様の好きにさせておこうと考えておいでなのかもしれないな。
「そうですか」
「匂う? 苺、匂うですか?」
ほろ酔いで頭がわたがしにでもなっているらしき苺が、自分の身体をくんくん嗅ぎながら、不安そうに聞く。
すると主は、真顔で口を開いた。
「安心なさい。貴女のことではありませんよ」
「それじゃ、なんの匂いですか?」
爽は含み笑いをし、苺に顔を近づけて「企みの匂いですよ」と囁いた。
「タクラメの匂い? タクラメってなんですか?」
タクラメ?
やめてくれ、鈴木苺。思いっきり噴き出しそうになるじゃないか。
「あら、貴方がた、いったいなんのお話をなさっているの?」
ひょっこり羽歌乃が混ざってきた。
たぶん、我々の会話に聞き耳を立てていたのだろう。
さて、これで、大奥様の企みは暴かれるのではないだろうか?
「ほっほっほ、おーほっほっほ」
機嫌よく羽歌乃が笑い出した。
どうにも笑いが押さえ込めなかったという様子だ。
「羽歌乃さん、いったい何を企んでいるんです?」
爽が尋ねると、羽歌乃の笑いはさらに笑いが倍増する。
「おっほほほほ……ほーほーほー」
「おばあちゃん、どうしたんですか? 笑いの虫がくっついたですか?」
「えっ? まあ……ぷくくっ……そうね。笑いの虫がくっついたようだわ。おほほほほ」
笑い続ける羽歌乃をずっと見つめていた爽は、部屋の四方を見回し始めた。
そして、「やっぱり」と呟く。
その言葉を耳にし、要が爽と同じ方向に視線を向けてみたら……
いつの間にか、スタッフが大型テレビを運び込んできている。
そこで要もピンときた。
これは、羽歌乃様のお気に入りの映像を流そうというのだろう。
すでに一度、要も見ている。
爽様と鈴木苺が大奥様の屋敷を訪問したおり、苺がアンティークな呼び鈴を破壊し、さらに大奥様の屋敷の筆頭執事の真柴氏が河童の仮装をしているという、とんでもなく楽しい映像だ。
あれには、参った。
あれは最高峰の娯楽だ。
できることなら、ダビングしたものを欲しいくらいだ。
そうか。大奥様は、これを鈴木一家にも見せたかったわけだな。
主に視線をやると、苦々しげだが、どことなく楽しそうな笑みを浮かべておいでだ。
そこには、やはり許容がある。
ここは、大奥様にしてやられた風を装うということなのだろう。
さすが私の身込んだ主である。
その腹黒さ……いや、計算高さは実に素晴らしい。
つづく
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