苺パニック
苺パニック5 刊行記念 番外編
苺の母、節子視点
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『謎の黒パンツ』
「お母様」
キッチンであれこれやっていた節子は、嫁の真美に声をかけられ、振り返った。
「はーい。なあにぃ?」
つい口元が緩む。
なんとも可愛い嫁なのだ。娘の苺も可愛いが、真美も同じほど可愛い。
こんな可愛い嫁が来てくれるなんて、わたしって、ついてるわぁ♪
母の自分が言うのもなんだが、性格の可愛くない健太だから、嫁にきてくれる子なんていないんじゃないかと思っていた。
それが、真美のような可愛い子だったうえに、同居までしてくれるなんてねぇ。
とぼけた娘とはいえ、この家には苺という小姑までいるというのに……
「洗濯機、回しますね」
「あ、ああ……」
そうだったわ。
「正月気分ですっかり忘れてたわ。真美ちゃん、それじゃ、頼むわね」
「はい」
明るく返事をし、真美は引き返していく。
臨月も近く、大きなお腹を抱えて大変だろうに、辛そうな顔一つ見せず、こうやって家事をやってくれる。
心の澄んだ子よねぇ。
こんないい子が、健太の嫁になってくれるなんて……
シャイで、うまいことの言えない男なのに……どうやって、あんな可愛い真美を捕まえたのか、いつか詳しく聞かせてもらいたいところだ。
まあ、聞かせてくれる男じゃないけども。
でも、真美ちゃんは……いずれ話してくれそうよね。ふふっ。
いまはまだ、聞いても恥ずかしいのか、話してくれないけど……
本当の母娘のように打ち解けられる日が、きっと来る。
苺のほうは、もうすっかり真美ちゃんに打ち解けちゃってるけど……そういう点、得な性格してるのよねぇ。あの子って……
洗濯物を干す段になって、節子と真美は自分が干すと言って、互いに譲らなかった。
「真美ちゃんも、頑固ねぇ」
苦笑しながら言うと、「お母様も」と真美が笑いながら言う。
そんなわけで、ふたりして干すことになった。
十時近くなっても、外は冷え込んでいる。
家の窓辺には、健太が立っていて、真美を気遣わしそうに見ている。そんな健太に、節子はにやついた。
『真美が干すんなら、俺が干す』とか言いたくてならないみたいよね。
男がそんなことできるかって、かっこつけて斜に構えるタイプだから、言い出せないんだろうけどぉ。
真美ばかり見ていた健太が、節子の視線に気づいた。すると健太は、気まずそうにふいと顔を背けて、窓から離れる。
あー、おっかしい。
心の中で笑った節子は、手にしていた洗濯物を干してから、真美に目を向けた。
真美の手が赤らんでいるのを見て、眉をひそめてしまう。
「真美ちゃん、手がかじかんじゃってるんじゃない? それに、お腹は冷えてない? 大丈夫?」
冷えのせいで、母体になんらかの悪影響がありはしないかと心配になり問いかけたら、真美がくすくす笑う。
「ありがとうございます」
真美は嬉しそうにお礼を言い、洗濯かごから洗濯物を拾い上げた。なにやら、黒い布だ。
「あら、それなあに?」
正体がわからずに問いかけると、真美は首を傾げてそれを広げた。
男物の下着だ。
「あら、健太の新しいやつね」
「い、いえ、違いますよ。……健太さんのはこっちです。それは、お父様のじゃ?」
「何言ってるの。こんなしゃれたのじゃないわよ。これこれ」
節子は、すでに干してある宏のトランクスを指さす。
ふたりは同時に固まった。
そして互いに見つめ合う。
「そ、それじゃ……あの、これは誰の?」
黒いパンツを捧げ持つようにし、真美がおずおずと聞いてくる。
だが、節子だってわかりはしない。
「さ、さあ〜っ?」
わけがわからず、曖昧に答えながらも、節子は頭をフル回転させた。そして、ひとつの可能性に辿り着いた。
「これを洗濯機に放り込んだのは、間違いなく苺ってことよね?」
真美に意見を窺うように言うと、彼女は目を泳がせ、「そ、そうですね」と頷き、さらに「これ……ブランドものですね」と付け加えた。
ブランドもの……ってことは、やはり、藤原爽のものか?
けど、どうして、それが我が家の洗濯物に……?
……苺、よね?
あの子に聞けばわかるんだろうけど……いかに娘といえど、これは聞きづらい。
節子は、手にしているものをどうしていいかわからずにいる真美から、とにかく黒パンツを取り上げた。
洗濯物は干すしかない。
かくして、鈴木家の庭の物干し台には、正体の知れぬブランドものの黒パンツが干されることとなったのだった。
あのむすめぇ、帰ってきたら、ぎったんぎったんにしてやるわぁ。
洗濯物を欲し終わった節子は、込み上げてくるばかりの消化できないイライラから、拳を渾身の力で握りしめたのだった。
仕事を終えた苺と藤原が、家にやってきた。
黒パンツのことは心にかかりつつも、元日らしい夜が賑やかに更けていく。
まだまだ互いに遠慮はあるものの、すでに藤原は苺の婿のような存在だ。
彼は鈴木家に馴染もうとしているし、こちらもそんな彼に応えたいと思ってしまう。
苺が先に風呂に入りに行き、節子は居間のソファに座り、宏や健太たちと話している藤原をさりげなく見つめた。
いいひとなのよねぇ。けど男前すぎて、心配なのよね。育ちがよすぎるうえにお金持ちみたいだし……
思い付きみたいな感じで、苺を北の国なんて遠いところまで連れて行ったりしてるし……
普通の人じゃやらないようなことを、ためらいなくやれちゃうひとなのよね。
いまだに、このひとの全貌は掴めていないし……
まあ、まだそんなに付き合いが長くないのだから当然よね。彼を知るのは、これからなんだろうけど……
「お風呂上がったよ」
苺が戻ってきて、ソファにいるみんなに声をかけた。次は藤原が入ることになっている。
「店長さん、苺、もう眠たいんで、自分の部屋に行ってますね」
「ええ。先に寝ていてください」
藤原が答えるのに頷き、苺はほかのみんなに向く。
「そいじゃ、お先に寝るね。おやすみぃ」
「ああ、ちょっと苺」
節子は慌てて呼び止めた。苺に届いた年賀状を取り上げて、歩み寄る。
「おお、年賀状かぁ。すっかり忘れてたよ」
節子が手にしている年賀状を見て嬉しそうに口にし、苺は受け取った。そして、居間から出ていく。節子はそれについて行った。
あの黒パンツについて、聞かねばならない。でないと、気になって今夜寝られそうもない。
「お母さん、まだなんかあった?」
自分についてくる節子に気づき、苺が聞いてくる。階段の下まで来ているから、ここで話せば、居間に声は届かないだろう。
「あんた……あの……」
口にしようと思うのだが、どうしても口に出せない。
「うん? なあに?」
あっけらかんと聞かれ、節子はブチ切れた。
「も、もういいわ!」
怒鳴るように言った節子は、もやもやした思いを抱えたまま居間に戻った。
ちょうど藤原が風呂に入りに行くところで、入り口のところで鉢合わせた。
「あの、何かありましたか?」
苺に怒鳴った声が耳に届いたのだろう。藤原に聞かれた節子は、気まずく視線を泳がせた。
このひとの下着に違いないのよね。けど、本人になど聞けるはずがない。
「ああ、ちょっといつものことで……怒鳴っちゃってすみませんねぇ」
謝りながら藤原から離れ、ソファに戻って腰かける。
藤原はそのまま風呂に入りに行ったようだ。
すると、真美が節子をチラチラ見てくる。
黒パンツの謎が判明したのか、気になっているようだ。
節子は、真美だけにわかるように、首を横に振ってみせた。
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プチあとがき
「苺パニック5」刊行記念として、苺の母、節子さん視点をお届けしました。
これの前話が、エタニティサイトさんのほうで、掲載されています。
そちらもまた、読んでいただけたら嬉しいです。
洗濯物から出てきた、謎の黒パンツ。
藤原のものだろうけど、どうしてこんなものが入っていたのか、節子も真美も困惑していますが……
また節子さん視点、書けたらなと思っています。
読んでくださってありがとう!!(^。^)
fuu(2013/11/24)
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