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店長さんと一緒に居間に戻った苺は、食卓の上にずらりと並んでいるおせちに目を奪われた。
「おーっ! これぞ、お正月だよ」
お正月らしい飾りがしてあるし、エビにタイにと、超豪華!
テンション上がりまくりだ。
「さあ、みんな座って」
母が号令のように声をかけてきて、全員ご馳走を前にして座る。
苺は店長さんに椅子を勧め、自分も隣に座り込んだ。
新しい六人掛けのテーブルで、ちゃんと苺の席があり、店長さんともども、こうして家族と食卓を囲めている現実は、ちょっと大袈裟と思われるかもしれないけど、夢のように嬉しい。
そして、お正月の宴会はおっばじまった。
店長さんの手土産のお酒もふるまわれ、苺もおちょこに一杯いただく。
こくんと飲み、お酒が喉にじわん滲みていく感じは、乙なものだった。
「うーん、まろやかなお酒ですねぇ」
清酒とかって、苺は滅多に飲まないんだけど、これまで抱いていた清酒の概念が覆るくらい、飲みやすい。
「くいくいいっちゃいそうだよ」
「わかったようなことを言うじゃないか」
さっそく健太がチャチャを入れてくる。けど、これもいつものこと……
苺は胸を張った。
「苺は、もういっぱしの大人だかんね。お酒くらい普通にたしなまなきゃね」
「いっぱしの大人ねぇ」
怪しむような母の言葉も、今夜は気にならない。
「苺が酒を飲むとかなぁ」
今度は父が考え込むように言う。
「宏さん、お注ぎしましょう」
店長さんが徳利を手に取り、父に差し出す。
「ああ、藤原君、ありがとう」
徳利からおちょこに、お酒がとくとくと注がれる。
この音もいいねぇ。
苺はタイのお刺身をぱくんと頂く。
うーん、うまーーーっ!
「店長さん、タイのお刺身、すっごい美味しいですよ」
店長さんに勧めつつ、苺は次にボタンエビを頂く。
ちゅるんと食べたら、店長さんが苺の顔をじっと見る。
うん?
「店長さん、どうかしたですか?」
「いえ……お醤油が」
「あらま、苺、ほっぺたに飛んでるわよ」
「えっ、お醤油が顔についちゃった? 店長さんどこですか?」
「エクボのところに」
「ほら、ティッシュ」
母がティッシュを一枚取って、苺に差し出してくれる。
受け取ろうとしたら、先に店長さんが受け取った。そして、苺の顔についているお醤油を、ティッシュでささっと拭きとってくれた。
「ありがとうです」
「いいえ、どういたしまして」
苺のお礼に、店長さんは微笑む。
「まあまあ」
母が呆れたような声を出し、苺は母に目を向けた。
母は、さらに何か言おうしたが、それより先に真美さんが口を開いた。
「藤原さん、やさしいですね」
「やってられんな。ほら、藤原君」
父は苦笑しながら、今度は自分が店長さんに徳利を差し出す。
「ありがとうございます。頂きます」
お酒をなみなみと注いでもらったおちょこを、店長さんは上品に口元に運ぶ。
うーむ。店長さんの仕草って、一から十まで綺麗だよねぇ。
そんなふうに、苺もなりたいもんだけど……
上品な苺なんて、自分でも想像つかないもんな。
「苺、どうしました?」
じーっと見つめていたら、店長さんが問いかけてきた。
「ううん」
苺はなんでもないと首を横に振る。
「お酒もお料理も、とっても美味しいなと思って」
「ええ。本当に」
店長さんが楽しそうで、苺も喜びが膨らむ。
「ところで、福袋はどうだったの?」
急に母が福袋のことを持ち出し、苺はドキリとして、母に顔を向けた。
河童の話題、なかなか話にあがらなかったけど……ついにここで?
タイミングを見計らって、お兄ちゃんが笑いのネタとして持ち出すつもりかと思っていたんだけど……料理を食べ、お酒を飲んでいたら、忘れちゃってたよ。
「売れたの?」
少し気がかりそうに母が聞く。
「うん、たくさん売れたよ」
「あら、よかったじゃない」
母はほっとしたように言う。
「なあ、苺」
健太が話しかけてきて、苺はドキリとして兄に向いた。
つ、ついに来たのか、河童一号!
「お前、今回もイチゴサンタみたいな格好してるのか?」
へっ?
健太の言葉に、苺は眉を上げた。
あれれ? つまりお兄ちゃんは、河童のことなど何も知らないってこと?
でも、お母さん、わかったって言ってたのに……
よくわからなくて気になるけど、わざわざこちらから河童のことを言う必要はないよね。
振袖のことだけ話して、河童については内緒に……
「今度のはね」
「苺」
店長さんが苺の話を止めてきた。
顔を向けると、店長さんが内緒話をするように顔を寄せてくる。
「いまはまだ内緒にしておきませんか?」
「内緒ですか?」
「ええ」
「まさか、藤原さん、この子、内緒にしたいほど、変な格好をしてるんですか?」
「そうでもないのですが……イチゴサンタの時と同じように、皆様には、いずれお目にかけますので」
店長さんは苦笑しつつも、もったいぶるように言う。
「気になるわね」
「お店に見に行きたくなりますね」
真美さんがそんなことを言い出し、ちょっとヒヤヒヤしてしまう。
真美さんはいいけど、お兄ちゃんはなぁ〜。
「明日は初詣に行くつもりだしな……」
健太が呟くように言うと、父が何か思い出したような顔をする。
「ああ、そうだった。藤原君」
父は店長さんに急いで呼びかけた。
「なんでしょうか?」
「明日、私らと一緒に初詣に行かないか?」
「お父さん、仕事なのに、無理……」
苺が断ろうとすると、店長さんが間に割って入ってきた。
「いえ。大丈夫です。一緒に行かせていただきます」
「えっ、でも?」
「その代わり、昼でもよろしいですか? ……十一時くらいから一時くらいまでの、二時間くらいしか空けられないのですが」
「ああ。それでいい。神社はここから遠くないし、二時間あれば十分だ」
そんなわけで、明日は鈴木家のみんなと一緒に初詣に行くことに決まった。
「苺さん、それ可愛いブローチですね」
お正月番組を観ながらおしゃべりしていたら、ブローチに気づいたらしい真美さんがそう話しかけてきた。
「うん。これね、店長さんのお祖母ちゃんに貰ったの」
「あら、藤原さんのお祖母さんから……」
母は、店長さんにちらりと視線を向けたが、いま店長さんは健太や父と酒を飲みつつ、話が盛り上がっている。
「ちょっと苺、見せてご覧なさいよ」
母はイチゴのブローチを見つめ、「あらまあ」と言い、笑い出した。
「やっぱりイチゴなわけ」
「まあ、イチゴもの、集まってきやすいよ」
そう答えた苺は、ブローチを見ている母をじっと見つめて思案する。
河童について聞いてみようかな。
曖昧なままじゃ、ずっと気になるし。
「あ、あのさ、お母さん」
「なあに?」
「転がったぬいぐるみのことなんだけどさ……」
「転がったぬいぐるみ? ……ああ、河童のこと? ねぇ、ほかに何が入ってたの?」
その問い返しに、苺は面食らった。
「へっ。何がって?」
苺の反応に、母が眉を寄せる。
「あれ、福袋に入ってたんじゃないの?」
ふ、福袋?
な、なんだ。母は、あの河童は福袋の商品だと思ったのか?
なら、わざわざ口にするんじゃなかったな。
ここは適当に誤魔化そうと思っていたら、真美さんが話に入ってきた。
「わたしも、福袋を買いたいなって思ってるんです」
おおっ、真美さん、ナイスタイミング!
「それじゃ、うちのお店の福袋はどう? ねっ、お兄ちゃん」
健太に声をかけるが、男同士で盛り上がっていた健太は、「なんだ?」と聞き返してきた。
苺は福袋の宣伝をすることにする。
「真美さんが、福袋が欲しいって。うちのお店の福袋を買ってくれない?」
健太は、ひょいと肩を竦めただけだった。
反応は薄いが健太のことだ、真美さんが欲しいと言えば、絶対に買ってやるに違いない。
それにしても、年明けから色々あったなぁ。
店長さんの隣に座り、苺は今日一日を思い返す。
店長さんだけでなく、剛とも一緒に初日の出を見ることになっちゃって……
家でお雑煮を食べたあと、店長さんのお屋敷に連れて行かれて、羽歌乃おばあちゃんと再会だもんねぇ。
ほんとびっくりしたよ。
千佳子さんとも知り合えて、楽しかったな。
そして河童を背負い、振袖を着て福袋の販売。
充実した年初めだったと言えるな。
なんか、今年はすっごくいい年になりそうだ。
楽しそうに話をしている店長さんを見て、どうにも胸が膨らむ。
店長さんは、苺の世界を百倍面白くしてくれる。
いったい、どんな日々が待ってるんだろうねぇ?
にこっと笑った苺は、無意識に店長さんの腕にもたれたのだった。
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