苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、P133スペースのお話です。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『ダブルでひっくり返る』


「お、おばあちゃん、苺、駄目です。辛いです」

素早く華麗な足さばきで階段を駆け下りる羽歌乃おばあちゃんに、苺は舌を巻いた。

まったくおばあちゃん、お年寄りだってのに、どこにそんな体力があるのか、不思議になる。

苺はそんなに弱っちくないつもりだが、着物姿で走るってのには不慣れだ。

思うほどの歩幅を得られずに、一歩進むごとに足がもつれる感じで、疲れてならなかった。

まだ息が上がるほどじゃないのだが、着物で階段を駆け下りるってのが辛いのだ。

それをいえば、羽歌乃おばあちゃんだって着物なのだが、着物に慣れてるからなのか、まさに滑るように進んでゆく。

草履の底に、小さなローラーでもついてんじゃなかろうかと疑いたくなる。

ローラー草履?

ローラーゾーリィー、な〜んちゃって!

自分で考えたジョークに、ぷぷぷっと笑いが込み上げてきたた。

そのせいで、階段を降り切ったところで、走る速度がぐっと落ちてしまう。

引っ張っている苺が重くなったんだろう、羽歌乃おばあちゃんが渋い顔で振り返ってきた。

「まったく、若いのに、なんですっ!」

「そう言われてもぉ。苺、着物姿で走ったことなんかないですよぉ」

「着物の時は、歩幅をぐっと狭くするのよ。そそそそそっと足を運ぶの」

そそそそそ、ねぇ……

「おばあちゃんの草履って、底にローラーのコロコロがついてたりしないですか?」

「ローラーのコロコロ? 何ですそれは? それよりもっと急ぎなさい。爽さんに追いつかれてしまうわ」

「でも、追いかけてなんか、来てないですよ」

苺は後ろを振り返って、確認しつつ言った。

「追いかけて来ている姿が見えたら、掴まるじゃないの!」

「別に掴まってもよくないですか?」

「何を言ってるの! それでは負けてしまうじゃないの」

「負け? これってなんかの勝負なんですか?」

「そうよ。ほら、出口はそこよ」

確かにもうすぐ出口だ。

人の波をかき分けて進み、ふたりは外に出た。

大きな車がデンと真ん前に止まっていた。

運転手さんらしきひとが直立不動で立っていて、近づいてきた羽歌乃おばあちゃんに頭を下げ、後部座席のドアを丁寧に開けた。

「早く、お乗りなさい」

羽歌乃おばあちゃんは苺を押し込むように乗せ、自分も乗り込んできた。

「ふうっ、やれやれ。これでもう安心ね」

羽歌乃おばあちゃんは、ずいぶん楽しそうだ。

「おばあちゃん、苺、困るですよぉ」

「何を困ることがあるのよ。爽さんのことなら心配いらないわ」

「おばあちゃんはそうかもしれないけど……苺は困るですよ」

「縁日にゆくだけよ。たいしたことじゃないわ」

「え、縁日?」

正月に縁日?

「お正月に縁日なんて、どこでやってるですか?」

「やってるですかではなく、やっているのですか、とおっしゃい」

突然言葉のダメダシを食らい、苺は「やっているのですか?」と小声で言い直した。

「あなたときたら、どこでそんな変な言葉遣いを覚えたの?」

「別にどこでも覚えてない……のっですよ」

苺は眉を寄せ、言いかけた言葉に「の」の字を無理やり挟み込んだ。

「『覚えていません』でよいのよ。なんですその、ない、のっ、ですよ、なんて……の、喉が引きつるじゃありませんかっ!」

言葉通り、喉がひきつりでもしたのか、おばあちゃんは苺に文句を言いつつ、コホコホと咳をする。

苺がおばあちゃんの喉を、ひきつらせたわけじゃないのにさ……

「別に苺は、喉なんてひきつらなかったですよ」

「『ひきつりませんでした』、でしょう」

「ひきつりませんでしたっ!」

苺はほっぺたを膨らませ、そっくりそのままおばあちゃんの真似をして言い返す。

「まあっ、それがひとにものを教わっているひとの態度?」

「苺はおばあちゃんの真似しただけですよ」

「まったく……あなたには、これから手を焼かされそうねぇ」

羽歌乃おばあちゃんは、苺を見つめ、首を振って呆れた顔をする。

おばあちゃんに、手を焼いてもらいたいなんて、苺、思ってないし……

「あなた、あの店の店員など明日にでも辞めて、わたしのところにいらっしゃい」

へっ?

「爽さんと結婚するまで、わたしの元で花嫁修業をするのがよいわ。言葉遣いもしっかり直してさしあげるわ」

はいーーーっ?

「苺、絶対に嫌ですよ!」

これだけは譲れないと、苺はおばあちゃんの目をまっすぐに捉えて宣言した。

「まあっ」

「苺は苺のまんまが気に入ってるです。それに宝飾店の店員さんも辞める気なんて全然ないです」

苺は、唖然として自分を見つめている羽歌乃おばあちゃんから目を離さず、さらに口を開いた。

「おばあちゃんは、勝手に決めすぎです。苺には苺の考えがあるですよ」

唖然とした顔で再び「まあっ」と口にしたおばあちゃんは、突然着物の袖を手に取り、目に押し当てて声を殺しつつ泣き出した。

もちろん苺はびっくりこいた。

「お、おばあちゃん。何も泣くことないですよ」

苺はあわあわしつつおばあちゃんの肩に手を置いた。

「苺が悪かったですよ。ちょっと言い過ぎたかもですよ」

「ううっ…………か、かも……?」

泣きながらの指摘を食らい、うっと詰まった苺は、仕方なく言葉をいい変えることにした。

「い、言い過ぎたですよ。泣き止んでくれないと、苺、困るですよぉ」

「ぷっ、ほほほほほほほ…………」

泣いていたはずなのに、超楽しげにおばあちゃんは笑い始めた。

「ああーっ、いまの嘘泣きだったですねぇ」

羽歌乃おばあちゃんは、ふんと鼻を逸らす。

「そう簡単に、本気で泣きゃしませんよ。苺さんなんぞより、長い人生を生き抜いて来ているんですからね」

ふふんという感じで横を向き、つんと澄ましている羽歌乃おばあちゃんを見て、苺はどっと疲れを感じたが、どうにも笑いが込み上げてくる。

苺が「わはは」と笑い出したら、羽歌乃おばあちゃんも声を合わせて笑い出した。

ふたりしてしばらく笑い続けたあと、苺はおばあゃんに話しかけた。

「おばあちゃん」

「なんです?」

「苺、さっき、やっぱり言い過ぎだったですよ。ごめんなさい」

「いいえ。あなたの言葉は、正直、胸に刺さったわ」

「えっ?」

胸に刺さったのは、あなたの意見が、もっともだったからよ」

「お、おばあちゃん……」

苺は思わずおばあちゃんの手を握り締めていた。

おばあちゃんは、ただの高飛車なおばあちゃんじゃあない。

さすが店長さんのおばあちゃんだと思えた。





 
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