苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、P138スペースのお話です。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『ほっかほか』


「おばあちゃん」

みたらしの屋台の前にいるおばあちゃんのもとに駆け寄りながら、苺は呼びかけた。

すでに買う気満々で、おばあちゃんは目をキラキラさせ、みたらし屋のおっちゃんに注文しているところだった。

「へっ? お客さん、何本だって?」

みたらし屋のおっちゃんは、下卑た語りで怪訝そうに聞き返す。

あちゃーっ!

この店は、バッテンだ。

ここのは美味しくないと苺にはわかる。

まったくおばあちゃんときたら、ちゃんと店を選びもしないで並ぶなんて。

とにかく、買うの止めなきゃ。

「百本よ。さっさと包んでちょうだい」

ひゃ、百本だあ?

桁違いの注文数にぎょっとし、苺は一瞬固まる。

「はあっ? ばあさん、ほんとに百本買うってのか?」

屋台のおっちゃんは、疑わしげに聞き返した。

「そう言ってるでしょ」

羽歌乃おばあちゃんは、高飛車な態度で不機嫌そうに言い返す。

「だ、駄目駄目!」

苺は慌てて、おばあちゃんとみたらし屋のおっちゃんの間に割って入った。

「いまの注文、悪いけどキャンセルね。おばあちゃん、ほら、こっち来て」

「ま、まあ、苺さん、なんなの? わたしはおだんごを……」

「なんだ、ばあさんボケてんのかよ?」

おっちゃんの声は小声だったが、『ボケ』の単語を、苺の耳ははっきり聞き取った。

残念ながら、おばあちゃんの耳にも届いたらしく、おばあちゃんは苺にひきずられながら後ろを振り返り、「んまあああ〜」といきり立った声を上げる。

「おばあちゃんってば、駄目ですよ。店はちゃんと選ばないと。それに、いくらなんでも百本はないですよ」

「屋敷の者全員に食べさせるのだから、それくらいは必要よ」

ああ、そういうことなのか。

それにしても……

「あのお屋敷、百人もひとがいるんですか?」

「そんなにいるわけがないでしょう。二十人ほどよ」

「そしたら、二十本でいいんじゃないんですか?」

「ひとり五本と計算したのよ」

「おばあちゃん、みたらしだけじゃなくて、他にもいっぱいあるんだし……」

「全部買うつもりよ。爽さん、あなたはそちらの店のものを買ってきてちょうだい。余裕をみて、二十五人分ほど」

羽歌乃おばあちゃんが言っているのは、イカ焼きの屋台だった。

そこのは、美味しそうだったが……

それにしても、全部買うつもりだなんて……そんな大量に買っていったら、もらった相手は美味しさ半減だろう。

そんなにたくさん食べられるはずがないし、余って捨てることになるのが関の山。

だいたい、露店のものって、その場で食べるからこそ美味しいのだ。それが醍醐味。

「羽歌乃さん、全部買うなど、常識外れですよ」

呆れたようにたしなめる店長さんに、苺は噴き出しそうになった。

お賽銭箱に、平然と一万円札をぶっこもうとしたおひとの、言う台詞じゃないと思うけどねぇ。

「おばあちゃん、お屋敷の人を喜ばせたいのはいいことだと思うんですけど、せっかく来たんだから、まずはおばあちゃん自身が楽しまなきゃ。こういう屋台のものって、この場で買って食べるから美味しいんですよ」

「まあ、そんな、外で歩きながら食べるなんて、はしたないわ」

おばあちゃんは、周りで美味しそうに食べている人たちに批判的な目を向ける。

「もう、おばあちゃんってば、お話になんないですよぉ」

苺は顔をしかめておばあちゃんを叱った。

「んまあっ」

苺は羽歌乃おばあちゃんが何か言う前に、おばあちゃんの手を掴んだ。

「もういいから、黙って苺についてきてください」

命令口調で言った苺は、おばあちゃんを引っ張って歩き出した。

ここはひとつ、露店の常識ってやつを、おばあちゃんに教えてやらなきゃなるまい。

まずどこを襲撃しようかと悩みつつ、苺は悠々とついてくる店長さんに振り返った。

気に入っているのか、店長さんはいまだに運転手さんの帽子を被ってて、シックな黒いロングコートを羽織っている姿は、なんとも不思議な雰囲気。

外国の宮殿で警備の任務についている、特別警備官という感じだ。

実際そんな仕事が実在するのかわからないが……

そのとき、苺の鼻先に美味しそうなうどんの匂いが漂ってきた。

苺の胃袋がキューンと鳴く。

かなり冷え込んでいるし、あったかいうどんは最高だ。

よしっ! まずはうどんで決まりだな。

「おばあちゃん、一発目は、おうどんを食べましょうよ」

「うどん? 駄目よ」

「えーっ、なんでですかぁ? ほら、おつゆの匂いがすっごい美味しそうですよ。温かいし、身体もあったまりますよ」

「うどんを立って食べるなんて、できませんよ!」

あちゃーっ!

そんな信念、さっさと捨て去ってくれないかな。

でないと、露店は楽しめやしないよ。

「なら、イカ焼き食べます?」

うどんの隣の露店を指して提案したが、こちらも「とんでもない」と一蹴された。

「もおおっ、あれも駄目これも駄目って、時間がなくなっちゃいますよぉ」

「いいですか? 食べ物を……」

気難しい顔で言いかけた羽歌乃おばあちゃんは、何を目に入れたのか、苺の後方に視線を向けて、口を閉じた。

苺は後ろを振り返り、おばあちゃんの視線の先を追ってみた。

高校生くらいの子たちが三人、顔をつき合わせて立ったままうどんを食べている。

「きゃー、うまいうまい」

「ほんと、あったまるぅ」

「ダシがきいてんねぇ」

それぞれの感想は、ずいぶんと気持ちが入っていて、聞いたこっちも食べたくなってくる。

「んまっ」

羽歌乃おばあちゃんは、否定的な言葉を発する。

苺は店長さんに相談するように視線を向けたが、お手上げというように肩を竦めるばかり。

言い出したら聞かないから、何を言っても無理ってことなんだろうけど……

せっかくここまで来たのに、おばあちゃんに振り回されっぱなしで、何も食べず楽しみもせず帰るなんて、苺はまっぴらごめんだ。

「苺、ちょっと行ってくるです。ふたりとも、ここで待っててくださいね」

言いたいことだけ言い、苺は返事を待たずに駆け出した。

駆けつけた先は、うどんの屋台だ。

苺は着物の帯のところに挟み込んでいた千円札を一枚抜き出し、うどんを二杯買った。

三杯買いたかったのだが、おぼんなどないわけで、三杯は持って戻れない。

けど、たぶん、おばあちゃんはいらないって拒否するだろうから……苺と店長さんで一杯ずついただくとしよう。

ふたりがちゅるちゅる美味しそうに食べているのを見たら、羽歌乃おばあちゃんも、立って食べるなんて行儀が悪いなんてごねずに、食べる気になるかもしれない。

でも、おばあちゃん、うどんを見たら食べるって心変わりするかもな。

まあ……そのときは、苺と店長さんは、一杯をふたりでわけて食べるとするか。

となると……

「おばちゃん、悪いけど、割り箸三本もらえる?」

受け取ったおつりの五百円玉を帯の間に挟み込みながら、苺は頼んだ。

「あいよ」

うどん屋のおばちゃんは、キップのいい声で返事をし、うどんに割り箸を三本つけて渡してくれた。

うわっ、おいしそうだぁ〜

ネギもけっこうのっけてあるし、大き目のかまぼこも一切れ入ってる。それから苺の好きな天かす。

きゃはっ♪

割り箸を載せたうどんのカップを両手に持ち、おつゆを零さないように慎重に歩き出そうとしたそのとき、「苺」と呼びかけられた。

うどんから顔を上げると、目の前に店長さんと羽歌乃おばあちゃんがいた。

「迎えに来てくれたですか?」

苺はうどんをひとつ、店長さんに渡した。

「温かいですね」

苺は笑顔で頷き、もうひとつを羽歌乃おばあちゃんに差し出してみる。

「おばあちゃん、食べますか?」

「まあぁ……」

文句を言いたそうな目で、うどんを見つめるおばあちゃんだったが、意外なことに、あっさりうどんを受け取った。

おやおや、意外だよ。

絶対、いらないっていうと思ったのに……

もしや、うどんの匂いに負けたのか?

笑いを堪えていると、うどんを食べている音が耳に入ってきて、苺は横に並んで立っている店長さんを見上げた。

おばあちゃんが食べるのなら、店長さんに半分っこだって言わなきゃ。

「爽、半分っこですよ」

うどんを食べている店長さんに顔を寄せ、苺は自分の箸を見せつつ言う。

微かにだが、頷いてくれたようだ。

店長さんは、軽快にうどんをつるつると口に入れる。

苺は割り箸をパチンと割り、両手に一本ずつ持って、自分の番が回ってくるのを笑みを浮かべて待つ。

白いカップに唇をつけ、おつゆを啜った店長さんを見て、今度は自分の番と両手を差し出したが、店長さんはそれに気づいてくれず、またうどんを口に入れる。

「店……、そ、爽?」

ずいぶん食べちゃったようだが、苺の分は残っているのだろうか?

店長さんの食べる勢いに、苺はだんだん不安になってきた。

店長さんがかまぼこを箸でつまんだのを見てハッとしたが、驚きから苺が何も言えずにいるうちに、一切れしかないかまぼこは店長さんの口の中に消えてしまった。

はうん……

かまぼこがなくなった事実に、苺は気が抜けた。

「あ、あのぉ〜」

店長さんが手にしているうどんのカップを、爪先立ちで覗き込もうとするが、店長さんの口元にあるカップは、苺の視線より位置が高すぎる。

「うむ」

店長さんはようやく箸を止め、苺に向けて微笑みかけてきた。

苺はうどんのカップの中身がとんでもなく気になりつつも、その微笑みに釣られて笑みを浮かべた。

「美味しかった。身体がとても温まりましたよ」

「そ、そりゃあよかったですよ」

苺は上の空で言いながら、カップを受け取る。

なんか、軽……

カップの中を見た苺は、愕然とした。

ほんの少し、おつゆが残っているだけだ。

うどん一本もないし、苺の大好きな天かすも……

「い、苺の分。苺の分がないですよっ!」

苺は店長さんに噛みついた。

「食べている間、何もおっしゃらなかったので……全部食べていいのかと……」

「半分っこ! って、言いましたよ!」

「そうでしたか」

そらっとぼけた顔で答える店長さんを、苺は涙目で睨みつけた。

この顔つき、絶対、店長さんわざとだ。

「苺さん、わたしのをわけてあげますよ」

にやついているばかりの店長さんに、激しく抗議する気でいた苺は、羽歌乃おばあちゃんを振り返った。

「ほ、ほんとですか?」

おばあちゃん、三分の一くらい食べてるけど……もういらないらしい。

羽歌乃おばあちゃんから、うどんのカップを受け取った苺は、さっそく食べ始めた。

つるつるとうどんを口に入れ、おつゆを一口飲んでプチ満足してから、苺は憎たらしい店長さんをもう一度睨みつけた。

「まったくもう、爽ったら、ひどいですよ!」

苺は店長さんに文句を言い、またつるつるとうどんを口に入れる。

「ちょっと、苺さん」

羽歌乃おばあちゃんから肩を掴まれ、苺はおばあちゃんを振り返った。

「なんですか?」

「なんですかじゃありませんよ。わたしもまだ食べるのよ。返しなさい」

「えっ? おばあちゃん、もう食べないんじゃ……」

「食べるに決まっているでしょう」

羽歌乃おばあちゃんは顔をしかめて言い、苺からカップをもぎ取る。

「えーっ」

「苺」

店長さんの呼びかけに、苺は渋々口を閉じて店長さんに顔を向けた。

楽しげな笑みを浮かべた店長さんは、急に、苺に向けて深々と頭を下げてきた。

店長さんの被っている帽子が落ちてきて、苺は「あっ」と声を上げて受け止めた。

「へっ?」

帽子の中を見た苺は、驚いた。

何か包みが入っている。

「こ、これ?」

包みを帽子から取り出すと、店長さんは帽子を受け取ってくれた。

包みの中に入っていたのはたい焼きだった。

「わあっ、ほっかほかです」

店長さん、苺がうどんを買っている間に、これを買っておいてくれたのか?

「これ、ずっと頭の上にのっけてたんですか?」

「まさか。いまポケットから出して載せたのですよ」

店長さんは、愉快そうに言う。

「爽さん、わたしにもあるのでしょうね?」

「もちろんありますよ」

羽歌乃おばあちゃんに歩み寄った店長さんは、ポケットから取り出した包みを差し出す。

その様子を見て、苺は笑いそうになってしまう。

なんだかんだで、おばあちゃん、すっかりこの状況に嵌り込んだようだ。

うどんは充分堪能するには足らず、かなり残念だったけど、ここは懐の大きいところを見せて、このたい焼きで許してやるとするか。

苺は大口を開け、たい焼きの頭にかぶりついたのだった。





 
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