|
「さあ、どんどん食べて下さいね」
店長さんの取り皿に、苺は白菜やら大粒のぷっくり煮えた牡蠣を、いそいそと入れる。
苺が取ってあげないと、いつでも上品に食す店長さん、美味しいところを食いっぱぐれそうで心配なのだ。
「あと、何か好物ありますか?」
「いえ。苺、それだけあればもう充分ですよ」
くすくす笑いながら店長さんに言われ、苺は取り皿がすでにてんこ盛りになっているのを見て、納得した。
「ですね。さあさあ、遠慮せずにじゃんじゃん食べてくださいね。苺、いくらでもよそいますから」
どんとお任せというように、苺が胸を叩いた瞬間、すでに酔っぱらいの父が、店長さんに「おい、藤原君」と大声で話しかけた。
「鍋には酒だぞ。どんどん飲めよぉ〜」
父はご機嫌のようだ。
悪友たちに連れ去られ、相当飲んできたらしい。
「お父さんは、もうやめておいたほうがいいんじゃないの?」
「なんだとぉ。正月に酒を飲まずに、いったいいつ飲むんだ?」
「一年中飲んでるじゃん」
苺はケラケラ笑いながら、父の言葉に茶々を入れる。
「藤原さんは、明日もお仕事なのよ。無理は……」
「明日は、苺たち、お休みだよ」
「あら、休みなの?」
「うん」
苺が頷いた途端、健太は店長さんに向けて身を乗り出すようにして口を開く。
「そういうことなら……藤原さん、さあ、もう一杯。親父はもうできあがってるし、飲む相手がいたほうが、俺も酒がうまいんで」
店長さんは嬉しそうに頷き、健太から酒を注いでもらった。
そして、これまた上品な仕草で口に含む。
お酒を喉に流したあと、店長さんはしあわせそうな吐息をついた。
そんな店長さんを楽しい気分で眺めつつ、苺は今日の出来事を話すべく、母と真美さんに向く。
父にも目を向けてみたのだが、眠くなってきたようで、目をしょぼしょぼさせながら鍋をつついている。
「あのね、今日さぁ、店長さんのおばあちゃんと一緒に、また神社に行ったんだよ」
「あら、そうなの。でも、仕事は?」
「もちろん、お昼の時間にだよ。ちゃんとお仕事もしたよ」
「あっ、健太さん、わたし、苺さんから福袋をいただいたの。まだ開けてないんだけど…」
たったいま思い出したというように、真美さんは嬉しそうに健太に報告する。
「福袋? そうか、よかったな真美。いちごう、ありがとな」
あっさりした口調ながら、心のこもった感謝をもらい、照れた苺は、えへへと笑い返した。
「わたしももらったわよ、お父さん」
「ふん? そうか、よかったじゃないか。苺、父さんにはないのか?」
父はそう言い、しいたけをぱくりと口に入れる。
「あるわけないじゃん。中身は指輪とネックレスなんだよ」
「苺には、店の売り上げに貢献していただきました」
店長さんは母と真美さんに向けて、そう言葉を添えてくれる。
「ふふ。確かに貢献してるわね。だって、ふたつで一万円だものねぇ。ほんと、苺ありがとうね」
「いえ、ちが……」
「そ、爽。いいですよ」
値段をばらしてしまいそうな店長さんを、苺は慌てて止めた。
ばらされちゃ、恥ずかしい。
みんなだって、そんな値段、苺らしくないと思うだろう。
値段を知ったら、母の純粋な喜びは半減する気がする。
「苺、いいですって……何が?」
「なんでもないの」
苺は母に向けて適当に手を振ってみせ、急いで話題を変えた。
「とにかくさ、おばあちゃん、初詣の神社で露店があるって知らなかったらしくて、苺から聞いて行きたくなったみたいでさ……」
「それで、あんたまで行くことになったの?」
「うん。そいでね、羽歌乃おばあちゃんは黄色いひよこと、竹とんぼと、笛と……」
そこまで言った苺は、ぷぷっと噴き出した。
「いちごう、何をひとりで思い出し笑いしてる?」
「だってさ」
苺は店長さんの顔をちらりと見て、この話をしてもいいか、目でお伺いを立てた。
特別異論はなかったようで、店長さんはどうぞと促すように頷く。
「実はね、三人で紐のくじやったんだけど、爽は、黒ブタの貯金箱だったんだよ。それがもうすっごく可愛くないの」
「そうでしたか?」
店長さんはわかっているくせに、わざとそんなことを言う。
「そうでしたよぉ。そいでね、爽ってば、それが欲しくなかったもんだから、うまいこと言いくるめて、おばあちゃんの景品と交換しちゃったんだよ」
「苺、言いくるめたわけではありませんよ。いまごろ黒ブタのお腹には、たくさんのコインが詰まっているだろうと思いますよ」
眉をきゅっと寄せた苺は、店長さんの口にした光景を頭に思い浮かべて笑った。
確かに、羽歌乃おばあちゃんなら、ウキウキしつつそんなことをしてそうだ。
明日、おばあちゃん家に行くことになってるし、確かめさせてもらおう。
「さーて、では開けてみようかしらね、真美ちゃん」
福袋を手に、母はウキウキと真美さんに声をかける。
店長さんと並んでソファに座った苺は、なんでもない顔をしつつも、もじもじして落ち着けない。
母と真美さんは福袋の封を開け、ネックレスと指輪の箱を取り出した。そして、同じようにテーブルに並べて置く。
「ふふ。可愛いわねぇ。苺、あんたほんとラッピングうまいわぁ」
「ほんとに、開けるのがもったいないです。このまま飾っておきたいくらい」
ラッピングを褒められるのは、胸がくすぐったいけど、素直に嬉しい。
「ほんとにねぇ。でも、開けなきゃ中身を見られないし……ねぇ、苺」
「う、うん?」
「お母さん、今回のことじゃ、あんたを見直したわよ」
「えっ?」
「頑張ったもんねぇ。あんたが夜遅くに、ひとつひとつ丁寧に包んでるとこ見てたら……お母さん、涙が出そうになったわ」
は、はあっ?
母を見ると、マジで目を潤ませている。
苺は顔が引きつった。
「お、お母さん、やめてよぉ。そういうの、照れくさいじゃんか」
「いいじゃないの。めったに褒めないんだから……正月くらい」
母はくすくす笑いながら、手の甲で目尻に滲んでいる涙を拭く。
顔が真っ赤になってしまった苺は、唇を尖らせて俯いた。
「しばらく、そのまま飾っておかれたら、いかがですか?」
店長さんのその提案に、苺はそろそろと顔を上げた。
みんなから目を向けられ、店長さんは少し困ったような表情をしつつも、話を続ける。
「開けるのは、ラッピングされたものを飾って楽しまれてからでも……。実は、お客様の中に、そういう方がおいでだったのですよ」
「お客さんが?」
「そうなんだよ」
興味深そうに尋ねる母に言葉を返し、苺はいそいそと説明に加わった。
「そのひとね、お姉さんへのクリスマスプレゼント買ってってくれて、そのあとまたやってきて、今度は自分へのご褒美にするって買ってってくれたの。ね、店長さん」
「ええ」
店長さんの笑顔つきの相槌に、苺は喜びで胸を膨らませ、さらに話を続けた。
「そいでね、そいでね、何かいいことがあったり、落ち込んだりしたときに開けるって」
「あら、まあ。いい話じゃないの」
「でっしょう。実はさ、そのひと、また来てくれたんだよ。福袋買ってってくれたの」
しあわせいっぱいで、苺は顔をほころばせた。
「苺、あのお店の店員さんになれて、ほんと良かったよ。おかげで、いっぱいいっぱいしあわせもらえてるんだぁ」
苺は隣に座っている店長さんに顔を向け、店長さんの手を無意識に手に取って両手で包み込んだ。
「店長さん、ありがとう」
店長さんは少しはにかみ、頷いてくれる。
苺は胸がきゅんとした。
「……爽でしょう、苺」
「爽でした」
苺は店長さんの肩に頭をくっつけるようにしながら、くすくす笑った。
「やれやれ。……でも、そうね。それじゃあ、わたしもそのお客さんの真似をさせてもらうことにしようかしらね」
「えっ、お母さんも?」
「わたしもそうします。そしたら、苺さんのプレゼントを、倍楽しめますし」
「ああ、それがいいんじゃないか」
健太の同意を貰い、真美さんは桃色に染まった瞳を健太に向けた。
兄夫婦の仲良し振りをにやにやしながら眺める。すると、手をじんわりと握り返され、苺は顔を上げて店長さんと見つめ合った。
笑顔の店長さんの眼差しは、良かったですね、と言っている。
胸がジンとし、苺はこくりと頷き返した。
|
|