苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」、「不完全な隠蔽」の続きのお話になります。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『からかい阻止』


玄関から出た苺は、寒さにきゅっと肩をすぼめた。

「やっぱ、かなり寒いですねぇ」

「ええ、本当に」

今朝の冷えは、これまでになく凄まじい気がする。

ほっぺたなんか、ヒリヒリするし。

「どちらにゆきます? もう決めているんですか?」

「そうですね」

店長さんに顔を向けた苺は、店長さんの口から出てくる白い息を見て、くすくす笑った。

そして、店長さんに向けて、「はあ〜、はあ〜」と大量の白い息を吐き出して見せた。

「まるで怪獣のようですね」

「怪獣?」

店長さんの冗談にテンションが上がった苺は、その冗談に食いついた。

苺流の怪獣の真似をしつつ、苺は店長さんに飛びかかった。

こっちが怪獣なのだから、店長さんは正義のヒーローとかに変身して、苺怪獣を撃退するのがこの場の正しい対応。

なのに、店長さんときたら、苺をぎゅっと抱きしめる。

「ち、違いますよぉ」

店長さんの胸を押し、身を離しながらダメ出しをする。

すると店長さんは眉を寄せた。

「違う?」

「ビシッとか、バシッとか、攻撃する真似してくれないと」

「攻撃? なぜです?」

「だって、苺は怪獣なんですよ」

「それが?」

その返事にかくんと肩を落とす。

「怪獣の相手なんですから、店長さんは正義のヒーローを演じてくれなきゃ」

「ほお」

感心したような声を出す店長さんに、苺は笑った。

「それじゃ、もう一度、行くですよ」

再び、苺怪獣となり、店長さんに襲いかかる。だが、店長さんはまたも苺を抱き締める。

「だーかーら、違いますよぉ」

「反撃しなくても、怪獣の攻撃を止めさえすれば、いいのではありませんか?」

いやいや、そういうこっちゃないんだけどなぁ。

苺は、正義のヒーローごっこをやりたかったのだが。

まあ、いいか。

「それじゃあ、そういうことでいいですよ」

正義のヒーローごっこより、いまは散歩だよね。

苺は、道の両側に視線を向ける。

「で、どっちの方向にゆきます?」

改めて尋ねると、店長さんは少し考えてから口を開いた。

「雪景色を見た、あの場所に行ってみたいですね」

「あそこですか? でも、今日は雪はないし……きれいじゃなくてがっかりするかも」

「あの景色が、どんな風に変化しているか、見たいのですよ」

まあ、店長さんがそう望むのなら、黙って付き合おう。

「わかりました。……あっ、そうだ。手袋があったほうがいいですよね? あとマフラーも。苺、取ってきます」

雪が降っていたときは、忘れなかったのに……

部屋に戻ろうとした苺は、店長さんに手を掴まれた。

「手を繋いでゆけば、手袋がなくても冷たくありませんよ。コートのポケットもある。このままで行きましょう」

「そうですか?」

「ええ。さあ、行きましょう」

苺は店長さんに促されるまま歩き出した。

手を繋ぎ、もう片方の手はポケットに突っ込み、ふたりは早起きのご近所さんと挨拶を交わしながら、目的の場所にやってきた。

「雪がなくなった景色も、悪くありませんね」

「そうですか?」

雪景色のときとは違って、苺の目には特別なところのない普通の景色だけど……

小さな川沿いに舗装されていない小道がくねくねと続いている。

その道を、ふたりは手を繋いで歩いていった。

田舎道は、散歩には絶好の道。
飼い主とわん公の足跡がいくつか残っていて、それがなんともほのぼのしてて、苺は店長さんと笑みを浮かべあった。

十五分ほどのんびり歩き、来たときとは違う道を選んで引き返す。

「朝ごはん食べたら、すぐにワンルームに帰るんですよね?」

道端に転がっている小さな石を、爪先でコツンと蹴りながら苺は問いかけた。

「そうですね」

店長さんも、苺の真似をして小石を軽く蹴る。

ずいぶんと楽しそうで、苺の心もウキウキする。

ふたりはそれぞれ自分の小石を蹴りながら進んだ。

今日は、ワンルームでゆっくり過ごせそうかな。でも……

「夜は、羽歌乃おばあちゃんのところですね」

ちょっと不安になりながら、苺は口にする。

おばあちゃんにしてやられた、苦ーいお茶の味は忘れられない。

また何やら、凄い悪戯をしかけられるんじゃないのかな?

「お昼は、あの店にゆきませんか?」

うん?

苺は店長さんを見上げて、首を傾げた。

「あの店って?」

「常連の店ですよ」

「あ、ああ、ラーメン屋さん?」

「ええ」

ずいぶんと心を弾ませておいでのようで、言いにくいのだが……

「あそこは、まだお正月休みですよ」

店長さんは顔をしかめた。

「休み?」

「いつも五日まではお休みだから、今年もそうだと思うですよ」

「なんだ、そうなのですか……残念ですね」

店長さんは、言葉通り、ひどく残念そうに肩を落とす。

苺は元気づけようと、繋いでいる手をブンブン振った。

「また行けばいいですよ」

苺の励ましで元気が出たのか、店長さんは笑みを浮かべた。

その表情に胸がドキドキしてしまい、苺の頬はほんのり赤らんだ。





「あら? あの、苺ちゃんじゃないの?」

大きな道まで戻ってきたところで、ワンちゃん連れのおばちゃんと出くわした。

近所に住んでいる平田さんだ。それと、ワン公のドンゴロウ。

平田さんは、すいちゃんの親戚のひとだ。

「平田のおばちゃん、おはようございます」

「まあまあ苺ちゃん、ちょっと見ない間に綺麗になってぇ、おばちゃんびっくりだわぁ」

「えへへ、そう?」

苺は照れて笑った。

ドンゴロウが、ワンワンと挨拶するように二度吼え、苺はドンゴロウの前にしゃがみ込んだ。

「ドンゴロウ、元気だね」

「それがそうでもないのよぉ」

「そうなの?」

「それで……苺ちゃん、この方は?」

平田のおばちゃんは、店長さんをさして聞いてきた。

ずいぶんと興味の色を浮かべている。

苺としては、ドンゴロウが、どう『そうでもない』のか、知りたかったのだが……

「藤原です。初めまして」

「あら、まあ、ご丁寧に、どうも」

ふたりが挨拶を交わしている間に、苺はドンゴロウの頭を撫でた。

つやつやな毛の感触が気持ちよい。

生き物ならではのぬくもりを、直接手のひらで感じるってのはいいもんだ。

「あら、苺ちゃん、その指輪」

平田のおばちゃんは、苺の左手の小指にはまっている指輪に気づいたらしい。なぜかひどく興奮している。

「ちょっとぉ〜、おばちゃんに見せてちょうだいよぉ」

平田のおばちゃんは苺の手を取り、楽しそうに指輪を見る。

「これねぇ、藤原さんから貰ったの、可愛いでしょ?」

「まあっ、そうなの」

驚いたように叫んだ平田のおばちゃんは、にこにこしつつふたりを順繰りに見つめてくる。

「おばさん、(みどり)ちゃんの方が先だと思ってたのにねぇ。世の中、わかんないわねぇ」

翠ちゃんとは、すいちゃんのことだ。

しかし、すいちゃんのほうが先ってのは、なんのことだ?

立ち話に飽きたらしいドンゴロウが、散歩の再開を強硬な態度で示し、おばちゃんはドンゴロウに引きづられるようにして歩き出した。

「わかったわかった。ドン、ちょっと……も、もおっ! 苺ちゃんそれじゃあね。あのそれじゃ、これで」

平田のおばちゃんは、苺と店長さんの、それぞれに向けて頭を下げ、ドンゴロウと去って行った。

そのとき、苺のお腹がグーッと鳴く。

「おや」

平田おばちゃんとドンゴロウを見送っていた店長さんが、愉快そうに、お腹を鳴らした苺を振り返る。

うはーっ。は、恥かしい。

「お、お腹、ペコペコですよ。早く帰って朝御飯を食べるですよ」

店長さんのからかいを阻止しすべく、苺は早口に言って店長さんの手を引いて駆け出した。

店長さんは声を上げて笑いながら、苺と一緒に走り出した。





 
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