苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」、P169のスペースに入るお話です。

 こちらは描き下ろしになります。


『不完全な隠蔽』


「それで、店長さん、散歩に行きます?」

「ええ。行きたいですね」

「朝ご飯の前に行くのがいいですか?」

「そうですね」

「それじゃ、お母さんに、そう伝えてくるですよ。店長さんは苺がいない間に着替えちゃってくださいね。苺は戻って来てから着替えるですから」

「わかりました」

苺は部屋を出て、階段を駆け下りた。そして、そのまま母のところにいく。

「お母さん、苺たち、これから散歩してくっからね。ご飯はそのあとにしたいんだけど」

「また散歩? この寒いのに、物好きだわねぇ」

母は呆れたように言う。

「まあね」

苺は笑って返す。

「それじゃ、三十分くらいで戻るから」

苺も物好きだと思わないじゃないよ。

店長さんが一緒でなければ、こんな冷え切った朝に、散歩に行こうなんて思いもしないだろう。


苺はトイレをすませてから部屋に戻った。

「店長さん、もう着替え……」

自分の部屋のドアの前に立ち、声をかけたらドアが開いた。

目の前に、すっかり身支度を整えた店長さんがいた。

「顔を洗ってきます」

そう言って部屋を出て行く。

「行ってらっしゃーい」

店長さんを見送り、部屋に一歩入った苺は、感心した。

店長さんの使った布団が、綺麗に畳まれている。

いいところのお坊ちゃまなのに、こういうところ、しっかりしてるってか。

お坊ちゃま育ちのひとって、なんでも人にやってもらえて、自分じゃ何もやらなそうだし、できそうもないのに……

その意外なところ、すごく好ましく思う。

苺は部屋の隅に置いてあるボストンバッグに歩み寄った。

ファスナーを開け、げんなりする。

バッグの中は、イチゴが豊作だ。

一番上の服を手に掴み、取り出して両手で広げて見る。

大きなイチゴのアップリケがついた、ジャンバーだ。

うへーーーっ! 子どもっぽい。

イチゴ尽くしの服で一緒に散歩して、店長さんに恥ずかしい思いをさせてやりたくもあるけど……

やっぱり、これを着て散歩なんてありえないよ。

顔をしかめてそんなことを考えた苺は、にやっと笑った。

こんな服を着ているのを見たら、さすがの店長さんも引くよね。

イチゴ尽くしの苺と散歩なんてとてもじゃないができないと、青くなるに違いない。

よーし。最高に子どもっぽい服を着て、店長さんを慌てさせてやるとしよう。

したり顔になりながら、苺は手にした服を床に広げて置く。

あとは……ズボンかスカート。

あっ、こいつは……北の国で着たやつだ。

懐かしいなぁ。

しみじみとそんなことを思ったら、なんだかひどく切なくなる。

だって、すっごい楽しかったもんなぁ……

再び、あそこに行ける日は……きっともうないんだろうなぁ。

店長さんはまた連れてってくれそうなことを言っていたけど……

あまり期待しないでおこう。

がっかりが倍になって、寂し過ぎるもんね。

なんとなく、北の国で着た服は避け、まだ着ていない服だけを選び出す。

コーディネートを終え、床に並べた服を満足して眺める。

イチゴ柄のシャツと、イチゴ柄のデニムのジャンパスカート。

でっかいイチゴのアップリケがついたニットのジャンバー。

ハイソックスもイチゴの飾りがついている。

うん。これでいいな。

にっしっしっしっし。

店長さん、見てろー。

こんなイチゴの服ばっかり用意したことを、後悔させてやるぞぉ。

急いで着替えた苺は、ドアの前で店長さんを待ち受ける。

なかなか戻ってこないけど、下で苺の家族と話でもしているのかもしれない。

けど、まだこの部屋にコートを置いたままだから、ここに戻ってくるはず。

すると、ようやく階段を上がってくる足音が聞えてきた。

よし。店長さんだ。

この足音は、健太じゃないし真美さんでもない。母でも父でもない。

「苺、着替えは終えましたか?」

やっぱり店長さんだったよ。

「終えましたよぉ」

ワザと小声で答え、急いでドアの前に行く。

そして腰に手を当て、閉じたドアにくっつくようにして仁王立ちになる。

ドアの真ん前に苺がいるとは思わないだろうから、ドアを開けたら驚くに違いない。

「開けますよ」

「どうぞぉ」

また小声で答える。

ドアが開けられた。

入ってこようとした店長さんが、ぎょっとした顔で動きを止めた。

うっははーっ!

ぎょっとさせたよ。大成功だ。

「驚きましたよ。しかし……」

驚きの表情を消し、店長さんは苺の姿を眺め回す。

「イチゴ尽くしの苺ですよ。これ以上、イチゴには染まれないってくらい、イチゴ濃度百パーセントですよ」

大声で宣言したら、複数の笑い声が聞こえ、苺はびっくりした。

見ると、店長さんの背後に、健太と真美さんがいる。

真美さんは控えめに笑っているが、健太は大爆笑だ。

顔がカーッと熱くなる。

ま、まさか、このふたりまでいたとは……

「お前、ハタチ過ぎてるってのに……小学校の低学年にしか見えないぞ、いちごう」

あわわわ……

焦った苺は、羽織っていたジャンバーを脱ぎ捨てた。

「こ、これは、爽を驚かせようと思って着ただけで……」

「そうなのですか? とても可愛いですよ」

店長さんは部屋の中に入ってきて、苺が脱ぎ捨てたイチゴのアップリケのついたジャンパーを拾い上げる。

もう一度着てもらう気満々なのが伝わってきて、苺は慌てまくった。

「苺はもっとちゃんとしたのに着替えるんで、出てってください」

苺は店長さんを追い出し、ドアを閉めた。すると、健太の笑い声が階段を下りてゆく。真美さんも一緒だろうけど……店長さんは?

「店長さん?」

試しに小声で呼びかけてみたら、「なんですか?」と返事がきた。

「寒いから下で待っててください。すぐに着替えて下りて行きますから」

「イチゴの服、脱いでしまうんですか?」

ずいぶんと残念そうな声で、どうにも顔がひきつってしまう。

「一緒に散歩に行くんですよ。こんな苺が一緒じゃ、店長さんだって、恥ずかしい思いしちゃうんですよ」

「私は恥ずかしくなどありませんが」

あっさり宣言され、がっくりする。けど、笑いが込み上げてきた。

それでも、イチゴ尽くしでご近所散歩はないね。

いつも着ているコートを取り上げて羽織った。

これでボタンをはめさえすれば、下に着ているイチゴの服は見られないですむだろう。

イチゴは店長さんのコートを手にして部屋から出た。

「お待たせです」

店長さんは苺の格好を見て、それから自分が手にしているイチゴのアップリケのジャンバーに目をやる。

「それはまた、今度着ますから」

「ならば、いまでも……」

いやいや、いまはない。

「それじゃあ、ワンルームに戻るときはそれを着るですよ」

それならば、このイチゴのジャンバーを着ているところを、誰にも目撃されずにすむかもしれない。

苺は店長さんの手からジャンバーを取り上げ、部屋に戻した。

コートのボタンをはめながら、階段を下りる。

ボタンを全部はめた苺は満足して頷いた。

よしよし。これで完璧にイチゴを隠蔽したぞ。

いい気分で靴を履こうと屈みこんだ苺は、ハイソックスにぶら下がっているイチゴを目にして、一瞬動きを止めた。

完璧に隠したつもりが……見えてるし……

「苺、どうしました?」

片足を靴に突っ込み、屈みこんだまま動きを止めている苺を見て、店長さんが不審そうに問う。

「なんでもないですよ。ほら、散歩に行くですよ」

苺は靴を履き、さっさと玄関を出る。

隠蔽は不完全だったが、これくらいなら許容範囲だ。





 
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