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ショッピングセンターを出て、車に乗り込み、車のエンジンをかけたところで、店長さんが「あ」と声を上げた。
何かを思い出したという感じだ。
「ペンタについて聞こうと思っていたんでした」
「ペンタについて? 何が聞きたいんですか?」
「ペンギンのぬいぐるみだとのことでしたね。どのようなぬいぐるみだったんですか?」
「どのようなって言われても……普通にペンギンですよ」
「ペンギンにも色々種類があるじゃありませんか。ぬいぐるみになったものは、また色々でしょうし」
「ペンタが見たいなら……見られないことないですよ」
「見られるんですか? どこで?」
「ぬいぐるみ工房の直売店ですよ」
「そんなところがあるんですか?」
「はい。こっから近いですよ。車でなら、十分くらいかな。苺、たまに行くんですよ」
「……ですが、ペンタを売っていたのは、もう何年も前でしょう。いまでも売っていると?」
「人気の定番はずっとあるんです」
「これから行ってみましょう」
「えっ? おばあちゃんのところに行くんじゃ……」
「まだ時間はありますよ」
そんなわけで、突如、予定変更。
ぬいぐるみ工房の直売店に向かうことになったのだった。
「ほら、そこ、そこです。そこの水色の建物ですよ」
苺は、ぬいぐるみ専門店を指さしつつ、店長さんに知らせた。
駐車場に半分くらい車が止まっているのを見て、ほっとする。
実は、ここに来るまで、もしかすると、まだお正月休みじゃないかと心配していたのだ。
車を降りた苺は、店長さんと並んで店の入口に向かう。
「わーっ! 店長さん、見て見て、可愛い門松があるですよ」
ドアの両側に門松がぶら下っているのだが、なんとこいつもぬいぐるみ。
「ほお、いいですね」
店長さんも感心している。
ほんと、さすがぬいぐるみの専門店だよ。
中に入った苺は、まずは店内をぐるりと見回した。
ここに来ると、無意識に新商品を探してしまう。
「ペンタはありますか?」
店長さんに聞かれ、苺はここに来た目的を思い出した。
「そうでした。えーっと」
キョロキョロ見回し、ペンギンを探す。
「大中小って感じであるんで、一個くらいあるはずなんだけど」
棚に可愛らしく並んでいるぬいぐるみの中を、苺はペンギンのぬいぐるみを探して回った。
店はそんなに広くないが、棚は何段もある。
あれれ!
なんか、いつもより量が少ないな。
なんだか不安になってきて、眉をひそめた。
まさか、売れ行きが悪くて、商売が傾いてるなんてこと……
「苺、どうしたんです? ペンタはいないんですか?」
催促され、苺は顔をしかめて振り返った。
「店長さん、ペンタじゃないですよ」
苺は店長さんに注意した。
「どうしてです? ペンタと呼んで……ああ、ペンタというのは、貴女のぬいぐるみにつけた名前なわけですね?」
「そういうことです」
店長さんは納得したように頷き、キリンのぬいぐるみに目を向けた。
「ここのぬいぐるみには、固有の名前はつけられていないんですね?」
「そうなんです、つけてないんです。買った人に名前をつけてもらうというのが、この店の方針なんですよ」
苺は知ったかぶりをして、店長さんに教えた。
「鈴木さん、この店の方針をご存知なんですか?」
くすくす笑いながら店長さんは聞いてきた。
「はい。このお店の弘子さんに聞いたんですよ」
「おや、店員さんとお知り合いですか?」
「お知り合いってほどじゃないけど……顔を見たらおしゃべりはするですよ。あ、でも弘子さんは店員さんじゃなくて、この店の店長さんなんだと思います」
「その方は、今日はいらっしゃらないのですか?」
「うーんと、いないみたいですね」
「そうですか。それで? ペンタと同じペンギンは?」
「そうでした」
大きいペンギンのぬいぐるみは、見たところどうやらないようだった。
けど、小さなやつが、どこかに埋もれて……
「あっ♪」
「ありましたか?」
「こ、これこれ、可愛いですよ、店長さん」
薄いピンクのでぶんとしたぬいぐるみだ。
それを掴んで持ち上げ、苺は店長さんの前にぐいっと突き出した。
「可愛い? これがですか? いささか、同調しかねますね」
店長さんは訝しそうな視線を注ぐ。
「えーっ。可愛いですよぉ。このおでぶっぷりとか。顔とか、愛嬌あって」
苺はぬいぐるみをしげしげと見つめた。
たぶん、うさぎ……だよね?
いや、クマかな?
うーん、やっぱり、うさぎか?
「それ、お気に召していただけましたか?」
横合いから声をかけられた。この店の店員さんだ。
「その子、新顔君で……とても人気なんですよ」
「これって、うさぎですよね?」
「はい」
肯定しながらも、店員さんはくすくす笑う。
そう聞かれることが、よほど多いんだろう。
「これは中サイズですが、大きいものが人気があります」
「大きいのってどのくらい?」
「この子は、二十五センチで中サイズものですが……大は身長六十五センチです。昨年のうちにすべて売れてしまいまして……実物はお見せできませんが」
その言葉に残念になりつつも、苺は安堵を覚えた。
いまぬいぐるみの数が少ないのは、去年のうちに売れちゃったからだったんだね。
確かに、クリスマスあたりが一番売れそうだもんね。
それに、工房のひとたちは、いまお正月休みのはず。
そっか、そっか。
笑みを浮かべた苺は、二十五センチだというでぶいうさぎの頭に手のひらをかざし、そこから三十センチプラスしてみる。
「あの……もう少し大きいかと。これくらいですね」
店員さんの修正をもらい、苺は頷いた。
でっかい、でぶっちょうさぎ、是非、見てみたいもんだ。
「苺、ペンタは?」
店員さんと苺のやりとりをずっと黙ってみていた店長さんが話しかけてきて、彼女はここにきた目的を思い出した。
「そうでした。……あの店員さん、ペンギンのぬいぐるみは? いつもありますよね?」
「ペンギンですか。はい、ありますよ」
店員さんは、店内のぬいぐるみを熟知しているらしく、さっと動いてぬいぐるみの中からひとつ掴み出した。
おおっ、さすがだね。そいつだよ。
「ペンギンは、夏はたくさん置いてあるんですが……いまはこのサイズだけですね」
へーっ、面白いな。
言われてみれば確かに、ペンギンは夏のイメージだ。
手のひらサイズのペンギンを、苺は手のひらで受け取った。
ミニサイズで可愛い。
「どうです、苺? ペンタとそっくりですか?」
「そうですねぇ。……色はあの頃とはちょっと違う気がするし……顔つきも微妙に違うかも。……でも、こんな感じです。良く似てますよ」
「ふむ」
店長さんは、苺の手からペンギンを受け取り、手の中でくるくる回しながら、じっくり検分している。
「なんでそんなに、こいつに興味があるんですか?」
「それで……大きさは? このサイズではなかったのでしょう?」
苺の問いには答えず、店長さんは聞いてくる。
「一番大きいの……じゃないか。……あの、途中から大きいのも出ましたよね?」
苺は店員さんに尋ねた。
「そうですね。時々、特大サイズなども作られたりしますが……ペンギンは、そんなに大きなものは、わたしの知る限りでは作られていませんね。……ペンギンは、実物大のものが一番よく売れます。それが五十センチなんですが」
「ああ、そのサイズですよ。小学生の頃に、誕生日に買ってもらったの」
「そうですか。それでは、お買い上げいただいてからかなり経ちますね。その子、元気にしていますか? 当店では、メンテナンスもしていますから、よろしければ新品同様に…」
笑顔の店員さんの言葉に、苺は顔をくもらせた。
「それが、なくしちゃって…」
「あ、あら、そうでしたか」
残念そうな店員さんに、苺は寂しい気分で頷いた。
「苺、先ほどのピンクのぬいぐるみは、買ってゆきますか?」
感傷に浸っていた苺に、店長さんはそんなことを聞いてくる。
ピンクのでぶっちょなうさぎ君は、確かに可愛かったけど……
「あの子は、まだ大きいのも見てみたいし、また来るですよ」
「それでしたら、三週間ほど経ってから、お出でになるのがいいかもしません。工房はまだお休みですし、制作過程に入って数が揃うのに日数が必要ですので…」
「その工房はここから近いんですか?」
店長さんは興味をみせて聞く。
「はい。ここの子たちみんな、そこで手作業で作られているんです」
「手作業で? ……ああ、それでメンテナンスもしていただけるわけですね?」
「はい。よほど酷い状態でない限り、新品同様になりますよ。工房には腕のいい職人さんが多いので」
それが店員さんの自慢らしい。笑顔が輝いて見える。
店員さんに見送られ、苺と店長さんは店を後にした。
「いい店ですね。いい刺激になりましたよ」
車に歩いてゆきながら、店長さんが言う。
「いい刺激ですか?」
「自分が販売する商品に対する愛情……それがしっかりと伝わってきました」
「うんうん、ですよね。だから苺も、このお店がとっても好きなんです」
自分が販売する商品に対する愛情か……
年も明けたし、苺も、いまの店員さんに負けないように頑張ろう。
抱負を胸に抱きつつ、苺は店長さんの車に乗り込んだ。
色々と有意義な寄り道だった。と、思う苺だった。
「鈴木さん」
羽歌乃おばあちゃんのお屋敷に向かって運転している店長さんから呼びかけられ、ふんふんと鼻歌を歌っていた苺は顔を向けた。
「はい?」
「伊藤さんですが…」
伊藤さん?
「ああ、伊藤のおじさんのことですか?」
そう口にした苺は、頭の隅っこに引っかかりを感じた。
うん……なんだっけ?
「ええ。ご家族は何人ですか?」
「おじさん家は、七人家族ですよ」
引っかかりの原因を探して、頭の中を回転させながら苺は答えた。
「大家族なんですね」
「はい。大家族です。けど、なんでですか?」
「今度お邪魔させていただくときの参考に、お聞きしただけですよ」
「サンコウ?」
引っかかりのほうに気を取られていて、適当に聞き返してしまう。
「鈴木さん、なにやら上の空ですね。何を考えているんです?」
「えっ? なんですか?」
「何を考えているんですかと、お聞きしたんですよ」
「ああ。伊藤のおじさんの話が出たら、苺、なんか忘れてる気がして……」
「忘れてるもの?」
「なんなんだろう?」
苺は腕を組み、首を傾げて考え込んだ。
「伊藤さんがらみというのであれば……トラマメのことなのでは?」
「じゃないですよ」
「それでは……イチゴ?」
「はい?」
「貴女に呼びかけたのではありませんよ。伊藤さんのところでイチゴを食べさせていただいたから、イチゴと口にしたまでですよ」
「ああ。イチゴとかじゃないですよ」
「ふむ。とすると……あとはシクラメン?」
「ああっ! それそれ、それですよ。シクラメンです」
「シクラメンがどうかしましたか?」
「なくなってたですよ。ワンルームのやつ」
「ああ……あの鉢は、いま私の屋敷に持ち帰って世話をしてもらっていますね」
「店長さんの家に?」
「ええ。今夜にでも引き取ってきましょうか?」
話がわかり、苺はほっとした。
ずっとほうりっぱなしで、店長さんが気を回してくれていなかったら、枯れてしまっていたかもしれない。
ともかくあの花が無事なら良かった。
「私の部屋に置いてあったんですが……」
「へっ? 店長さんの部屋に?」
「ええ」
北の国から帰った夜、店長さんのところに泊まらせてもらったが……
まったく記憶にないな。
「どのみち、帰りに寄るつもりでしたから」
「店長さん、お家に用があるんですか?」
「ええ。さあ、つきますよ」
店長さんの言葉で、苺は前に向いた。
見覚えのあるお屋敷の屋根と門が見えた。
クリスマスに来て以来だ。
あのときのことがまざまざと思い出され、苺はドキドキしてきたのだった。
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