苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、P10とP11の間のお話になります。

書籍に合せて、改稿及び加筆させていただいています。


『胸をわくわく』


「鈴木さん」

「はい」

「今日は忙しいですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。大晦日ですし」

「大晦日?」

そ、そうだ。そだ、そだ。大晦日じゃないか。

「でしたね。明日はお正月ですよ。店長さん」

「私は念を押すように言われなくても、わかっていましたよ。鈴木さんではないのですから」

鈴木さんではないのですからの表現に、軽くプチンと切れたものの、大晦日だお正月だと、いまさら気づいてびっくりしているのは事実。

「今日はそんなにお客さん来るですか?」

「いえ。お客様は来ないと思いますよ」

来ない?

「でも、いま店長さん忙しいって……」

「仕事が多いですからね」

「そうなんですか?」

大晦日って、仕事が多いのか?

まあ、慌ただしい感じではあるからなぁ。

「福袋を作っていただかなければならないのですよ」

苺は目を見開いた。

そ、そうだよ。お正月には、どこの店でも、福袋を売るものじゃないか。
ちっとも、思いつかなかった。

「ですよね。福袋を用意しないと」

こりゃあ、苺、のんびりしてられないぞぉ。

やる気をみなぎらせ、苺は右手をぎゅっと握りしめた。

「ですが、もちろん、できるところまでで構いませんからね」

「はい?」

「福袋ですよ。全部終わらせる必要はありませんからね。今日は大晦日なのですから、ご実家でのんびり過ごしてください」

「でも、終わらなかったら、困るでしょう?」

「他のスタッフにやらせますから、大丈夫ですよ」

そう言われても……
任せてもらえるのならば、苺が最後の一つまでやり遂げたい。

「ねぇ、店長さん」

「なんです?」

「店長さんは、今夜は自分のお屋敷で過ごすんですね?」

「ええ。そのつもりです。鈴木さんのお宅には、明日仕事を終えてから、新年のご挨拶に伺いたいと考えていますが、よろしいでしょうか?」

「うちはいつでもいいですよ」

「今日仕事が終わったら、ご実家まで車でお送りしますよ。明日の朝、また迎えにゆきますから」

「助かるですよ。よろしくお願いします」

お礼を言って頭を下げたところで、バッグの中で携帯が鳴り出した。

母だ。

あっ、そう言えば、電話をかけると約束してたのに、かけていなかったっけ。

「し、しまったぁ〜」

苺は、あたふたと携帯を開いて耳に当てた。

「はいはい」

『あんたねぇ。いつまで経っても音沙汰なしで……』

「ごめん、ごめん。忘れてた。店長さんは……っと、藤原さんは今日、帰り送ってくれるけど、自分の家で過ごすってことなんで」

『やっぱりそう。そいで、あんたは何時に帰ってくるの?』

「うーん。ちょっとまだわかんないかなぁ。苺、今日は忙しくなりそうでさぁ」

福袋が完成しないことには、帰るに帰れないもんね。

「鈴木さん、定時ですよ」

店長さんが小声で言い、苺は眉を寄せた。

「でも、福袋が……」

ぼそぼそ言っていると、母がイライラしたように、『ちょっと、苺』と呼びかけてくる。

「はいはい」

『そんなに遅くなるほど、忙しいわけ?』

「忙しいんだよ。今日は大晦日だからさ」

『あら、大晦日って、そんなに指輪やらネックレスって売れるの?』

「まあ、いろいろあんだよ。大晦日ってやつはさ」

『えっらそうに!』

母は大声で言う。愉快そうだ。

「それと、苺、明日から三日間はお仕事だからね」

『あら。やっぱりそうなの? お父さん、がっかりするわよ』

「仕方がないよ。仕事なんだからさ」

『まあ、そうよね。まあ、それじゃ、早く帰れるように頑張んなさい』

「わかった」

母との話を終えた苺は、シートにもたれた。

しかし、昨日まで、北の国で楽しんでたのが嘘みたいだなぁ。

現実に立ち戻った今日は大晦日。

それにしても、福袋作りかぁ?

むふふぅ、楽しそうだ。

胸をわくわくさせながら、苺は笑みを浮かべた。





 
inserted by FC2 system