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「鈴木さん」
「はい」
「今日は忙しいですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。大晦日ですし」
「大晦日?」
そ、そうだ。そだ、そだ。大晦日じゃないか。
「でしたね。明日はお正月ですよ。店長さん」
「私は念を押すように言われなくても、わかっていましたよ。鈴木さんではないのですから」
鈴木さんではないのですからの表現に、軽くプチンと切れたものの、大晦日だお正月だと、いまさら気づいてびっくりしているのは事実。
「今日はそんなにお客さん来るですか?」
「いえ。お客様は来ないと思いますよ」
来ない?
「でも、いま店長さん忙しいって……」
「仕事が多いですからね」
「そうなんですか?」
大晦日って、仕事が多いのか?
まあ、慌ただしい感じではあるからなぁ。
「福袋を作っていただかなければならないのですよ」
苺は目を見開いた。
そ、そうだよ。お正月には、どこの店でも、福袋を売るものじゃないか。
ちっとも、思いつかなかった。
「ですよね。福袋を用意しないと」
こりゃあ、苺、のんびりしてられないぞぉ。
やる気をみなぎらせ、苺は右手をぎゅっと握りしめた。
「ですが、もちろん、できるところまでで構いませんからね」
「はい?」
「福袋ですよ。全部終わらせる必要はありませんからね。今日は大晦日なのですから、ご実家でのんびり過ごしてください」
「でも、終わらなかったら、困るでしょう?」
「他のスタッフにやらせますから、大丈夫ですよ」
そう言われても……
任せてもらえるのならば、苺が最後の一つまでやり遂げたい。
「ねぇ、店長さん」
「なんです?」
「店長さんは、今夜は自分のお屋敷で過ごすんですね?」
「ええ。そのつもりです。鈴木さんのお宅には、明日仕事を終えてから、新年のご挨拶に伺いたいと考えていますが、よろしいでしょうか?」
「うちはいつでもいいですよ」
「今日仕事が終わったら、ご実家まで車でお送りしますよ。明日の朝、また迎えにゆきますから」
「助かるですよ。よろしくお願いします」
お礼を言って頭を下げたところで、バッグの中で携帯が鳴り出した。
母だ。
あっ、そう言えば、電話をかけると約束してたのに、かけていなかったっけ。
「し、しまったぁ〜」
苺は、あたふたと携帯を開いて耳に当てた。
「はいはい」
『あんたねぇ。いつまで経っても音沙汰なしで……』
「ごめん、ごめん。忘れてた。店長さんは……っと、藤原さんは今日、帰り送ってくれるけど、自分の家で過ごすってことなんで」
『やっぱりそう。そいで、あんたは何時に帰ってくるの?』
「うーん。ちょっとまだわかんないかなぁ。苺、今日は忙しくなりそうでさぁ」
福袋が完成しないことには、帰るに帰れないもんね。
「鈴木さん、定時ですよ」
店長さんが小声で言い、苺は眉を寄せた。
「でも、福袋が……」
ぼそぼそ言っていると、母がイライラしたように、『ちょっと、苺』と呼びかけてくる。
「はいはい」
『そんなに遅くなるほど、忙しいわけ?』
「忙しいんだよ。今日は大晦日だからさ」
『あら、大晦日って、そんなに指輪やらネックレスって売れるの?』
「まあ、いろいろあんだよ。大晦日ってやつはさ」
『えっらそうに!』
母は大声で言う。愉快そうだ。
「それと、苺、明日から三日間はお仕事だからね」
『あら。やっぱりそうなの? お父さん、がっかりするわよ』
「仕方がないよ。仕事なんだからさ」
『まあ、そうよね。まあ、それじゃ、早く帰れるように頑張んなさい』
「わかった」
母との話を終えた苺は、シートにもたれた。
しかし、昨日まで、北の国で楽しんでたのが嘘みたいだなぁ。
現実に立ち戻った今日は大晦日。
それにしても、福袋作りかぁ?
むふふぅ、楽しそうだ。
胸をわくわくさせながら、苺は笑みを浮かべた。
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