苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」のP194、スペースのお話になります。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『ビックリなお誘い』


「あー、面白かったわ」

ハンカチで、まだ滲んでくるらしい涙を拭き拭き、羽歌乃おばあちゃんはそんな言葉で、突然の上映会を締めくくった。

壁はすでに元通りになっている。

この仕掛けも凄かったけど…

しかし、まさかのまさかだよ。

あんなところを撮られてたなんて…

それに、カラカランをぶっ壊した場面を、おばあちゃんに見られちゃって……

苺は羽歌乃おばあちゃんに顔を向けた。

羽歌乃おばあちゃんは笑ってるけど……ここは、けじめをつけないと。

ちゃんとおばあちゃんに謝ろう。

「羽歌乃さん。あんな格好を無理強いしては、真柴さんが、気の毒ですよ」

謝罪を口にしようとしたのに、店長さんが話始めてしまい、苺はタイミングを逃した。

「無理強い? そんなことはしていないわ」

羽歌乃おばあちゃんは、澄まし顔で店長さんに言い返す。

「それでは、真柴さんは自分から進んであの格好をしたとでも言うのですか?」

ふたりのやり取りを聞き、苺も店長さんの意見はもっともだと思う。

あの威厳たっぷりの真柴さんなんだもん、あんな河童の格好なんか、やりたがるはずがない。

いや、実際着ていたことが、信じられないよ。

おばあちゃん、どうやって着せたんだろうな?

真柴さん、雇い主のおばあちゃんからの命令なら、なんでも聞いちゃうんだろうか?

そう考えると、納得かも。

「自分から進んでは着ていないわ」

羽歌乃おばあちゃんが、正直に言う。

「つまり、無理強いしたんですね?」

店長さんが叱るように言うと、羽歌乃おばあちゃんは、違う違うというように手を振る。

店長さんは、怪訝そうに眉をきゅっと寄せた。

「今日はね、お楽しみ会だったのよ」

お楽しみ会の言葉に、苺は即座に反応した。

なんとも楽しそうじゃないか!

「それって、どんな会なんですか?」

思わず話に飛びついたら、「苺」と店長さんから厳しく注意された。

苺は気まずく、小さくなり、店長さんに頭を下げた。

「羽歌乃さん、いまは真柴のことを話しているのであって……」

「爽さん、黙って聞きなさい。ちゃんと話が繋がるのよ」

「どういうことです?」

にやついている羽歌乃おばあちゃんを見て、店長さんは怪訝そうに聞く。

話が繋がるってのは、お楽しみ会と、真柴さんの河童執事姿が関係があるってことだよね?

へーっ、どう繋がるんだろう?

「お楽しみ会でやったゲームに、真柴は負けたのよ」

「まさか、負けたバツゲーム?」

「そういうことよ」

ほほお。あの姿になるのが、罰ゲーム。

なんともおばあちゃん、やるねぇ。

人生を楽しんでるよ。

このお歳で、苺、尊敬だ!

「最下位の者があの河童の服を着ることになっていたの」

「負けたのが女性でも? だいたいあの緑色のスーツは、男性物……というより、真柴にぴったりのサイズでしたが?」

「たまたまよ。真柴にぴったりだったのは。それに、ちゃんと用意してましたよ。女性の場合のものも」

「それも河童なんですか?」

苺は興味を引かれて尋ねた。

「ええ、もちろんそうよ」

「あっ、わかった! 羽歌乃おばあちゃんが着てた、セーターのことなんじゃないですか?」

「あれはわたしのよ。用意していたのはワンピースよ。苺さん、見たければ見せてあげますよ」

羽歌乃おおばあちゃんの言葉に、苺はパッと笑みを浮かべた。

「見た……」

「苺!」

わくわくしつつ手を差し上げて答えようとしたら、途中で店長さんに阻止された。

店長さんに顔を向けてみると、ひどく渋い顔をしている。

「どうしたんですか?」

「策に嵌りますよ」

「策?」

戸惑って聞いたら、羽歌乃おばあちゃんが、「いやーねー」と声を張り上げた。

「爽さん、ちょっと疑心暗鬼になりすぎではない?」

「そうとは思えませんね」

店長さんは羽歌乃おばあちゃんに、疑いの目を向ける。

「真柴が河童のスーツを着ることは、ゲームうんぬんなど関係なく、あらかじめ決まっていたように思えるんですが?」

「だから、そんなことはないわよ。ゲームは公正に行われたわ。真柴は負けたの。それに、河童になったからって、可哀想なんてことはないわよ。わたしなんて、河童の姿を、自らとても楽しんだわよ」

「羽歌乃さんと、真柴さんは性格が違いすぎます。彼は…」

「爽さん」

羽歌乃おばあちゃんは、店長さんの言葉を制止するように呼びかけた。

「真柴は放っておいたら、味気ない毎日を送るだけよ。彼はそういう風にしか生きられないひとなの」

「真柴にすれば、それが心地よいのではありませんか?」

「違うわね。彼は頑固すぎて、自分では自分を変えられないの。ずるずるといまの世界観で生きてゆくことになるわ。それにね、心地よさがいいものだとは限らないのよ」

「そうかもしれないと、思わせられますね」

店長さんの言葉に、羽歌乃おばあちゃん、ちょっと得意げな顔になる。

そんなおばあちゃんを見て、苺は笑いが込み上げた。

おばあちゃん、案外単純かも。

「彼の全身にあたたかい血が通うように、たまには荒療治でほぐしてあげなきゃ。あんなじゃ人生が楽しくないわ」

「人生の楽しみは、人それぞれだと思いますが」

「そのとおりよ。ひとそれぞれだわ。それでも、ひとはひとりで生きているわけではないわ。お互に刺激をしあうことで、生きるということに、また違う価値が出てくるのよ」

ふんふん。確かにそうだよね。

刺激をしあうことで、生きることに違う価値か……奥深い言葉だねぇ。

「苺、何を感心しているんです」

こくこくと頷いていたら、店長さんに叱られた。

「だって……奥深い言葉だなぁと……」

「まあっ、苺さんはよくわかっているじゃないの」

「羽歌乃さん。刺激はいい。ですがやりすぎは禁物ですよ」

「わかっているわよ。だいたい、真柴との付き合いは、あなたよりわたしのほうが長いのよ。それに、あなたはまだ生まれて二十数年のひよっこ。このわたしは、あなたの二倍以上もの、経験を積んでいるのよ」

凄まじい勢いでしゃべりまくった羽歌乃おばあちゃんは、ここで一息入れ、また口を開いた。

「あなたは、まだひとの表面しか見えていないわ」

「そうでしょうか?」

「ええ。人は複雑で深いものよ。このひとはこういう人と決め付けてしまいがちだけど…。他人があなたというひとを、あなたはこういう人間だと決め付けられたら、反論したくならない?」

苺はふむふむと頷きながら聞いていた。

確かに苺も、自分が抱いた印象で、このひとはこういう人と決め付けちゃってる気がするよ。

一度決め付けてしまうと、もう違う目では見られなくなったりしてるのかも。

違う目かぁ。
違う目で見ようと意識してみたら、同じ人でもまったく違って見えたりするのかなぁ?

「あなたは納得できないようだけど、わたしは真柴のためになると思っているの」

「口出しすることではないようですね。わかりました」

店長さんが折れて、この場は収まったようだ。

「ところで苺さん」

苺は、突然話しかけられて驚いた。

「は、はい」

「呼び鈴のことだけど……」

もったいぶるように、突然呼び鈴のことを切り出され、苺は慌てて姿勢を正した。

自分から謝るつもりだったのに……

「は、はいっ、すみませんでした」

ガバッと頭を下げる。

「あの呼び鈴……とても気に入っていたの」

心臓がドキーン! とする。

ど、どうしよう!

「ご、ごめんなさい。こ、壊しちゃって……苺、どうしたら……」

弁償だけでは、すまないのかな?

あれって、かなり高価だったり?

もしや、苺が一生かけても払える金額じゃなかったり?

背筋が一気に冷えてきた。

「羽歌乃さん、あれと似た品を、すぐに取り寄せますから」

「爽さん、あなたは黙ってらっしゃい!」

苺を助けてくれようとした店長さんに、羽歌乃おばあちゃんはピシャリと言う。

こ、これは、本気で怒ってる?

ど、どうしよう!!

苺は真っ青になった。

「それでね、苺さん」

羽歌乃おばあちゃんは、やさしく声をかけて来たが、すでにパニック状態になっていた苺は、怒鳴られたかのように、びくりと反応した。

「は、わ、わ、い」

返事が意味不明なものになる。

「ハワイ? いえ、ハワイには行きませんよ」

羽歌乃おばあちゃんが、訝しそうに返事をする。

すると、店長さんが噴き出したような声がした。反射的に振り向くと、店長さんは笑いを堪えながら、苺を見る。

苺が絶体絶命のピンチだというのに、笑っている店長さんにむっとしながら泣きたくなる。

複雑な表情をしていたら、店長さんが取り成そうとするように苺の肩をぽんぽんと叩いてきた。

「ちょっと、話の途中よ。こっちに向きなさい」

羽歌乃おばあちゃんが叱りつけてきて、苺は慌てておばあちゃんに向いた。

「今度、代わりの呼び鈴を捜しに行こうと思うの。苺さん、もちろん付き合っていただけるでしょ?」

苺は、言われた言葉をすぐには把握できず、目をぱちくりさせた。

「え、えって……一緒に?」

「ええ。そうねぇ、一週間ほど」

い、一週間?

「羽歌乃さん、いったいどこまで行くつもりです?」

「もちろんパリよ」

はいっ? ぱ、ぱり?

『ぱり』って名の店があるのか?

「駄目ですよ。一週間も店を休めません」

なんで、呼び鈴を買いに行くだけなのに、一週間もかかるのだ?

「あら、爽さん、あなたはついて来なくていいのよ」

羽歌乃おばあちゃんは、店長さんにそっけなく答え、苺に笑顔を向けてきた。

「苺さんが休んだからって、あの店は困りはしないでしょ?」

おばあちゃんの言葉に、苺はしょんぼりした。

苺がいなくても困らないというのは、事実だ。

「困りますよ。苺はとても必要な人材です」

きっぱりと店長さんが言ってくれ、苺は感激した。

必要な人材だなんて、涙が出るほど嬉しい。

「パリまでいかなくても、よいものを売っている店は、日本にもいくらでもあるじゃありませんか」

店長さんの言葉を聞いて、苺はぽかんとした。

パリに……日本?

パ、パリぃ?

ま、まさか! ……おばあちゃんってば、苺をパリに誘ってる?

しかも、呼び鈴を買うために?

い、苺……

びっくりだよ!

「とにかく、苺をパリになど行かせませんからね。仕事があるんですから」

「あなたときたら、どうしてそう、年寄りの楽しみを奪おうとするの?」

「楽しみを奪う気はありませんよ。坂北さん行ってきてください」

「彼女は連れてゆきますよ。女三人ぶらり旅がしたいのよ」

女三人ぶらり旅か?

ネーミングにはわくわくするけど、旅先は、あの『パり』、なんだよね?

とんでもなく、有り得ないな。

「いいですか羽歌乃さん。苺は絶対に連れて行かせません。彼女は私と…」

店長さんは、どうしたのか唐突に言葉を止めた。

「爽さん、私と…なあに?」

いやに含みのある言葉と目つきで、羽歌乃おばあちゃんは店長さんに聞き返す。

「仕事ですよ!」

店長さんは、ぴしゃりと言い返した。

「あら、うまくかわしたじゃないの」

「かわす? 意味がわかりませんね。さて、苺、私たちはそろそろお(いとま)しましょう」

店長さんはすっくと立ち上がり、苺を促してきた。

「まあ、もう帰るの?」

「ええ。また来ますよ」

不服顔の羽歌乃おばあちゃんの見送りで、苺と店長さんはおばあちゃん家を後にしたのだった。





 
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