苺パニック


再掲載話

『よくわからない雰囲気』の続きのお話になります。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『気分はエリートサラリーマン』



スタッフルームに勢ぞろいしてしまい、雰囲気の固さに苺の頭はぐるんぐるんだ。

こんな風に、みんなが集まるのなんて初めてのこと。

雰囲気は堅苦しいし……

てことは、楽しく雑談しましょうなんてことのために集まったんじゃないことだけは確か。

なら、いったい?

あっ、もしや……

いま新年だし、この店に入ったばかりの下っ端店員、鈴木苺のこれまでの働きぶりを、三人で評価しようってんじゃないのか?

そんな考えがふと浮かび、苺は青くなった。

たいした働らきが出来ているとは思えない。

ラッピングだけに関して言えば、そこそこお役に立てた気がするけど……

接客はまるで出来ていない。

『いらっしゃいませ」も、ひどいもんだし……

店員さんってのは、接客が命なのに。

つまり苺の評価は……?

「では、改めて……新年を迎えたということで、会議を始める」

「はっ」 「はい」

藍原さんと岡島さんは、まるで申し合わせたように、切れのいい返事をし、軽く頭を下げる。

か、会議とな?

へーーーっ、このお店、会議なんてもの、するんだぁ〜。

思わず感心してしまう。

「では、昨年の販売実績に目を通してくれ」

店長さんの言葉に、苺は一気に身が引き締まる思いがした。

こりゃあ、マジもんだよ。マジもんの会議だよ。

苺、こんな本格的な会議に参加するの、生まれてこのかた初めてだ。

以前のアルバイト先でも、色々仕事のこととか、段取り決めたり、担当決めたり、アイデア出し合ったりしたけど、おしゃべりの延長みたいなもんで、会議なんて改まったものじゃなかった。

苺は緊張から胸をドキドキさせて、書類を手にしている藍原さんと岡島さんを見つめる。

うひょーっ、本当にビジネスマンって感じだよ。

それもすっごいエリートマンっぽい。

い、苺も参加しちゃっていいのかな?

けど、苺の前にも、ちゃんと三人が手にしているのと同じ書類が置いてあるし……

苺は上目遣いに、書類に目を通している三人の様子を窺いつつ、自分の前の書類に向けてそーっと手を伸ばした。そして、指先でぐっと押さえ、つーっと自分の方へ引き寄せる。

気づかれていないかと思って三人をちらっと窺ったら、藍原さんがじっと苺を見ている。

ぎょっとして動きを止めたら、噴き出すような仕草をしたあと、視線を逸らされた。

すると、今度は店長さんが苺に向いてきた。

「どうしたんです?」

「は、はい? あっ、いえ……あ、あのぉ。苺も、これを見ていいのですか?」

思わず堅苦しく言ってしまう。

店長さんを見ていたから、はっきりとは断言できないけど、藍原さんは噴いたと思う。

彼のほうから変な呻きが聞こえたから、多分間違いない。

「要」

「はい」

「何を噴き出している?」

「何をと聞かずとも、わかっておいででは?」

「会議の場だぞ。気を引き締めろ」

「申し訳ございません」

藍原さんが叱られてしまい、苺は慌てた。

「て、店長さん。藍原さんを叱らないでください。苺が悪いんですから」

「別に貴女は悪くありませんよ。鈴木さんなりに、会議の場に相応しくあろうと頑張った結果でしょう?」

それはそうなんだけど……

藍原さんが叱られた原因が自分であることに変わりなく、落ち着かない。

「鈴木さん」

もじもじしていたら、藍原さんが話しかけてきた。

「はい」

「お気になさらず、私と爽様のレクリエーションのようなものです」

「レクリエーション?」

パチパチ瞬きしつつ、問い返す。

藍原さんはにっこり微笑んで頷いたが、店長さんは藍原さんを睨む。そして、苺に向いてきた。

「要のことはもういいから、書類に目を通しなさい」

「は、はい」

苺は慌てて書類に目を向けた。

うほほーっ。

販売実績だ。確かにそう書いてある。

急いで表紙を捲った苺は、ちょっと固まった。

数字とグラフがびっしりと並んでいる。

何をどう見ればいいのかわからない。

昨年の販売実績というのだから……ああ、ここが一月で……

グラフの推移を眺め、次を捲ってみたら、また商品別の販売実績。

すっごいなぁ。本格的だよ。

「月ごとの売り上げを見てわかると思うが……かなり差がある」

「はい、そうですね」

先ほど叱られたというのに、そんなことはおくびにも出さず、藍原さんは敏腕部下というような面持ちで店長さんに答える。

まさに、出来る男という感じだよ。

「イベントがない月は、どうしても売り上げが伸びません」

「その通りだな。では、どうすればいい?」

ほほおっ、俄然会議らしくなったぞ。

ドキドキしてきた苺だが、自分のいまの服装を思い出し、がっくりする。

会議に出席するのに、メイド服はないと思う。

会議に参加させてくれるつもりだったのなら、どうしてスーツを着せてくれなかったのかなぁ。

会議をしているみなさんに、お茶を出す役目ってのなら、このメイド服なのも話がわかるってもんだけど…

メイド服を着たのが場に混ざってたんじゃ、会議の雰囲気が緩んで当たり前だよ。

さっきの藍原さんの態度や言動を責められないと思う。

そういえば、苺の隣に座っておいでの岡島さん、さっきから発言もせずおとなしいけど……

苺はそっと視線を上げ、岡島さんを確認してみる。

おおっ!

深刻そうな表情で、書類を見つめておられるのだが……お、お美しい!

その憂いのある眼差しとか……

まさに、エリートウーマン……あっ、違った。

つい、女性に見ちゃうんだよね。なはは!

『岡島さん、ごめんなさい』と、心の中で謝っておく。

「鈴木さん」

突然呼びかけられ、苺は驚いて店長さんに顔を向けた。

「は、はいっ?」

店長さんは、まるで苺の言葉を待つかのように、黙ったままじーっと見つめてくる。しかも、真剣真顔だし……

な、なに?

もしや、岡島さんの美しさに見惚れてる間に、質問されてた?

「鈴木さん?」

「は、はい。な、な、なんですか?」

動揺たっぷりに返事をしたら、店長さんは何を考えてか、突如やさしい笑みを浮かべた。

な、なんか、この笑顔、意味わかんなくて、こ、怖いんだけど……

「案はありませんか?」

あん?

「あ、あんって?」

「売り上げが伸びない月の対処ですよ。何かアイディアはありませんか?」

「アイディアですか? ……あれっ、そういえば、もう開店してますよ。お店の方はいいんですか?」

苺は三人に向けて言った。

「臨時スタッフに応援を頼んでいます」

当然でしょうというように言われてしまい、確かにそうかと納得する。

「ああ、そうでしたか」

苺に心配されなくても、この三人に抜かりがあるわけがなかったよ。

「では、鈴木さんは後に回すとして…怜、何か案はあるか?」

あ、後に回す?

てことは、もう一度、後で順番が回ってくるってこと?

うはーっ、これは、何がなんでも、アイデアとやらを考えなきゃ。

慌てている苺を余所に、神妙な顔で岡島さんが意見を述べ始める。

「はい。珍しい石を扱ってはどうかと思いますが」

出だしにそう言った岡島さんは、苺の知らない宝石の名や、その宝石の産出国や価格まで報告しつつ、詳細な案を述べていく。

苺は目を真ん丸にして岡島さんを見つめてしまう。

どうやら岡島さんは、今日のこの会議のために、前もって意見をまとめていたらしい。

それは藍原さんも同じだった。

「……など、人工石でもよい物が多くありますし。あとは、思い切って、もっと斬新なデザインのものも、扱ってみればよいのではないかと思いますが」

藍原さんの、人工石に関する詳細な説明は、難解すぎて苺の頭を素通りしたが、最後のこの言葉だけは理解できた。

「確かに、他店と似たような商品ばかり扱っていても……とは思うが……いっそ、思い切ってオリジナルを作ってみればよかったな」

オ、オリジナル? いいねぇ♪

「爽様、オリジナルというのは現状では無理です。開発に時間がかかりすぎます」

藍原さんは、あまり気が進まないようだ。

「オリジナルというのはコストもかかりますし、私も難しいと思いますが……」

どうやら、岡島さんも藍原さんと同じ意見のようだった。

店長さんはしばし考え込み、苺に向いてきた。

「鈴木さん、貴女はどう思います?」

「苺はいいなと思うですよ。この店のオリジナル商品なんて……なんかわくわくします」

「ふむ。そうだ鈴木さん、デザインしてみたくはありませんか?」

「えっ、苺がデザインするんですか?」

「どうです? やってみたいですか?」

「そ、それは……デザインしてみたいかも」

「そうですか。では、鈴木さんだけでなく、ふたりともデザインを考えてくれ。来月の会議で発表してもらうとしよう」

「爽様」

勝手に決めてしまった店長さんに、藍原さんは咎めるように呼びかける。

「さて、では、他に意見はないか? 今月の売り上げアップにつながる様な妙案はないのか?」

今月の売り上げアップか……

そう考えた苺は、更衣室に置いてある福袋のことを思い出した。

「あの、店長さん」

「なんです? 鈴木さん、何か思いつきましたか?」

なぜか店長さんは、滅茶苦茶期待した眼差しを苺に向けてくる。

まるで、苺がすっごいアイデアを考えついたに違いないと思い込んでるみたいだ。

「苺、すっごい案とか思いついたわけじゃないですよ」

念の為に言っておく。

すると店長さんは愉快そうに笑う。

「そんなことは思っていませんよ」

「ならいいですけど……苺は、福袋の中身のラッピングした品を、そのまま使ったらどうかなって」

「それはいいですね。それで、どう使えばいいと思います?」

「そこまでは……」

「爽様」

「なんだ、要」

「福袋用にラッピングしたものを、そのまま再利用して売るということですか?」

「そうだ」

「ですが中身がどんなものかわからないのでは……ああ、クジ引きのようなテイストですか? ですが、値段の設定が難しいですね。高価すぎてはクジそのものに興味を持っていただけないのでは?」

「くじ引きか……それもいいかもしれないな。値段は三千円くらいが妥当かもしれないが……。鈴木さん、それなら引いてみようという気になりますか?」

三千円かぁ。

「くじ引き商品としては、お高く感じますけど……ああ、でも、本物の宝石のついた指輪にネックレスですもんね。値段も三千円じゃ買えない高価なのも含まれるわけだし……高価なのを当てちゃおうっていう感覚でなら、いいかも」

「宣伝次第で興味をもっていただけそうですね」

岡島さんが苺の意見に乗ってくれる。

「面白そうだな。要、どうだ?」

「悪くはないですね。ラッピングしていただいたものを活用し、新たなイベントとして……」

前向きに発言していた藍原さんは、なぜかそこで言葉を止めてしまう。

苺は気になったが、店長さんは気にせず、会議を進行させた。

「では鈴木さん」

「はい」

「さっそく、今日から、箱の中身のイラストを描いてください」

「ああ、はい」

へーっ、苺、イラストのお仕事させてもらえるんだぁ。

胸がわくわくしてきた。

「ちょっと待ってください。爽様、ラッピングしたものをそのまま売るという話ではありませんでしたか?」

「そうだが」

「ですが、デザイン画を描くためには、一度開けて、またラッピングし直すことになりますよ」

「その必要はないんだ?」

「はい。それはどういうことですか?」

藍原さんは怪訝そうに問い返す。

「彼女は、中身を覚えているんだ」

「はい?」

藍原さんは、眉をひそめて苺に向いてきた。

「中身を覚えている? あの数を全部? まさか……ありえませんよ」

藍原さんは信じられないようだ。

「ちゃんと覚えてるですよ」

苺が言うと、藍原さんはきゅっと眉を寄せた。

「事実だ。すでに確認も取れている」

「いったい?」

藍原さんは、今度は唖然として苺を見る。

苺はもじもじした。

そんな目て見られると、落ち着かないんですけど……

「怜、お前は驚かないのか?」

店長さんは岡島さんに、まるで催促するように聞く。

「あっ、はい。実は、坂北さんとお話する機会がありまして……お聞きしていましたので」

その言葉に、藍原さんは岡島さんに鋭い目を向けた。

「本当か?」

これまでにない迫力で、藍原さんは岡島さんに返事を迫る。

「は、はい」

あっ、岡島さん、ビビっちゃってるよ。

「どうして話さなかった?」

「すみません。お聞きしたその場はとても驚きましたし、感心もしたのですが、やはり信用するまでには至らずにいまして……藍原さんに話すことにためらいを感じたものですから……ですが、いまお聞きしまして、やはり本当だったのかと……。鈴木さん、すごい特技をお持ちなのですね」

感心したように言われてしまい、照れる。

「そんな、凄いってほどじゃ。ラッピングするのにじっくり見てるから……誰だって憶えられますよ」

「鈴木さんにはそうなのでしょう。では、一月中にラッビングされた品を使ってセールを行うということでいいか?」

「はい。それは構いませんが……」

「それではこれから細かいところは決めていくということにして……セールの名を決めようと思うが……鈴木さん、発案者として、何か案はおありですか?」

は、発案者?そ、そうなのか?

なんか誉れ高い気分になっちゃうんですけどぉ。

「セ、セールの名前ですか? う、うーんと……宝箱セールとか?」

胸を膨らませて、思いついたまま言ってみる。

「それでは少しインパクトにかけますね」

ざ、残念……

胸の膨らみが、プシューッと萎む。

「では、新春とつけてはどうでしょう?」

岡島さんが案を出す。

「新春……新春宝箱セール。あっ、いいんじゃないですか、店長さん?」

「悪くはありませんね。では、『新春宝箱セール』ということにしよう」

苺は大興奮だ。

初の会議参加で、苺の案を取り上げてもらえたなんて……最高だよ!

まるでエリートサラリーマンになった気分だった。





 
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