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「うわわっ!」
スタッフルームに積んである荷物を見て、苺は驚きの声を上げた。
「すっごいですね」
いつも優雅な雰囲気のスタッフルームなのに、いまはダンボールでいっぱいだ。
「これ全部、福袋の荷物なんですか?」
「ええ、もちろんそうですよ。さあ、鈴木さん、もたもたしてはいられませんよ。急いで着替えてきなさい」
「了解でーっす」
苺は元気よく答えながら、更衣室のドアに突進した。
あんな大量の荷物を見ては、気が急くってもんだ。
「メイド服ですよ」
ドアを開けたところにそう命じられ、苺は、「はーい」と返事をして更衣室に入った。
クローゼットのドアを開け、一番最初に目に付いたメイド服を引っ張り出す。
急いで着替えていたのだが、途中で急かすようなノックの音がし、「まだですか?」と店長さんの声が飛んできた。
「まだですよ!」
ちょっとむっとして叫び返す。
反抗的な返事をし過ぎてしまったかと思わないじゃないが、メイド服ってのは、着替えるのに手間取るものなのだ。
「店長さんは自分が着たことないから、わかんないんだろうけどさ」
唇を突き出してブチブチ言った苺は、ぴょんぴょん跳ねながら、背中のファスナーを上げる。さらに、無駄に力を入れて靴下を履いた。
最後にエプロンをつけて後ろで紐を結ぶのに、焦るせいで倍ほど手間がかかった。
まずい、まずい。思ったより遅くなっちゃったよ。
でも、一度催促してきたあとは、店長さんはもう声をかけてこなかった。
あの調子じゃ、何度でも早くしろとせっつきそうだったのに……
どうしたんだろう?
それが気になった苺は、カチューシャを握りしめ、更衣室から飛び出た。
「お、お待たせしましたぁ」
スタッフルームの中をさっと窺う。
店長さんはいつもの場所に座り、いつものようにパソコンを前にしていた。
「遅い!」
パソコンから顔を上げた店長さんは、立ち上がりざま叫ぶ。
「す、すみません」
あれきり早くしろと言ってこなかったけど、やっぱりイライラしてたのか。
それにしても、店長さんは、完璧仕事モードの鬼上司に戻ってしまったようだ。
旅の間は、あんなにフレンドリーでやさしかったのになぁ。
お仕事というのは厳しいものなのだよ、苺君。
ご大層なことを心の中で考えている苺から、店長さんはカチューシャを取り上げた。
「まずは、ここにある箱をすべて、鈴木さんの私室に運び込みますよ」
そう言いながら、店長さんは苺の頭にカチューシャを丁寧な手つきで装着してくれる。そんな店長さんに、ちょっと戸惑う。
「あっ、ありがとです」
さらに前髪を、最後の仕上げをしている美容師のようにちょちょいといじってもらい、苺はにまにましそうになる。
鬼上司ってばかりでもないかも。
店長さんは大きな箱を持ち上げ、更衣室に運んで行く。苺も急いで箱を持ち上げ、店長さんに続いた。
「これで全部ですね」
荷物は全部、苺の更衣室に運び込まれた。
もう足の踏み場もない。
その代わり、スタッフルームはいつもどおりの優雅さを取り戻している。
「では、鈴木さん」
「はい」
「この箱に入っている品のラッピングをお願いします。ここに書いてある値段によって、ラッピングの感じを変えてください」
店長さんは、さらに説明を続ける。
「これとこれで一組、この紙袋に入れて、最後はしっかりこのテープで封をしてください」
店長さんは赤い袋を手に持ち、真っ赤なテープをもう片方の手に持って振りながら説明し、さらに次の説明へと移る。
「五千円、一万円、二万円、五万円、十万円の五種類です。値段に応じてラッピングに変化をつけてください」
それはそうだろうね。うんうん。
「五千円と一万円のものは、お安いリボンを使っていただきますが、見た目は派手に。二万円、五万円、十万円のものは、質のいいリボンで高級感が出るように、お願いします」
おおっ、店長さんよく考えてるなぁ。
苺は感心しつつ、「はい」と頷く。
「数の少ないほうから作ってください。十万円からになりますね。次は五万円のもの」
「わかりました」
「今日一日で作り上げるのは、とても無理だと思いますから、出来るだけで構いませんからね」
「でも、お正月は明日ですよ」
もっと早くから用意すればよかったのに……準備万端抜かりのない店長さんらしくないな。
昨日まで、北の国に行ってたわけだけど……それが原因とは思えないんだよね。
店長さんは、そういうのも、ちゃんと考慮するひとだと思うんだ。
「本来は、もっと早くから準備するのですが……」
「ですよね。なんで、こんな切羽詰まってってことになっちゃったんですか?北の国が原因じゃないんでしょう?」
「珍しく、頭が切れますね。そのとおりですよ」
珍しくは余計だっての。
「それじゃ、なんで?」
「トラブルが発生したのですよ。予定通りに荷物が届かないことがわかったので、北の国に出かけることにしたわけです」
ありゃりゃ、そういうことだったか。
「なら仕方ないですね。それじゃ、苺頑張るですよ」
「助かります。私も手伝えたらよかったのですが……今日は予定が詰まっていて……」
大晦日だから、店長さんも大忙しってことらしい。
「それにしても、こんなにいっぱい売れるんですか?」
改めて荷物の量を眺め回し、少し心配になって尋ねる。
「それはわかりませんね。充分ご満足いただける商品と価格なのですが……どんなデザインなのか、開けるまでわからないわけですから……」
「でも、福袋って見えないからこそ夢があるっていうか……。つい欲しくなって買っちゃうんですよ。でも……」
「でも?」
「がっかり率が高かったりします」
「そうですか。鈴木さん、それはどうしてですか?」
「苺の経験だと……開けてみたら、なんか安っぽいの多くて……」
苺は手近にある指輪の箱をいくつか開けてみた。
「へぇ、可愛いですね」
「それは五千円の福袋に入れる品です。なので、石も小さめですね」
「こういうのがふたつで五千円なら、苺も欲しいくらいですよ」
「そう思いますか?」
店長さんの表情が明るくなる。
「はい。可愛くラッピングして、買っていただけるように頑張るですよ」
「それはぜひともそのようにお願いしたいのですが……ただ、お買い上げいただく時点では、鈴木さんのラッピングは見られませんからね」
「ああ、そうですよね」
福袋というのは、中身が見えないようにしっかり封をされちゃってるんだ。
「ですが、お買い上げくださったお客様は、鈴木さんのラッピングを見て喜ばれますよ」
店長さんのフォローで、苺は俄然やる気が湧いてきた。
「まずは全種類、ひとつずつラッピングして、完成品を見せてください。それをチェックしてから、本格的に取りかかっていただきます」
「了解です」
「ああ、それと……」
「なんですか?」
「今日は、来客が多いですが、気になさらないように……」
「え? 来客……それって、お客様のことじゃなくてですか?」
「ええ、私を尋ねてくる客です。もし顔を合わせたとしても、いちいち挨拶する必要はありませんから……鈴木さんは、鈴木さんのやるべきことに集中してください」
なんだかよくわからないけど……
とにかく、福袋作りに精を出せってわけだな。
「ではまず、鈴木さんがやることは?」
へっ? き、急だな。
「え、えーっと……値段の違うやつ全種類、ひとつずつラッピングして、店長さんに見てもらう」
「よくできました」
店長さんは、笑顔で苺を褒め称え、幼児を愛でるように苺の頭を撫でた。
嬉しい気がするんだけど……この対応、微妙に複雑。
「試作品が出来あがったら、呼びに来てください。私の方から見に来ますから」
「わかりましたーっ」
店長さんが行ってしまい、苺はさっそく仕事に取りかかった。
ラッピングしやすいように、材料を手元に揃え、ラッピングを始める。
店長さんからの指示通り、値段違いの五種類、ネックレスと指輪を二つずつ。計十個のラッピングを終わらせた苺は、急いで店長さんのところに向かう。
「店長さん!」
更衣室のドアを開けると同時に、スタッフルームに向かって呼びかけた苺は、知らない男のひとがいるのに気づき、びっくりした。
そ、そうだった。お客さんが来るって聞かされてたのに……
「す、すみません」
慌てて見知らぬ男性に謝ったら、店長さんが苺に歩み寄ってくる。
「できましたか?」
「は、はい」
男のひとは意表をつかれた顔で、苺のことをじっと見ている。その視線がいたたまれない。
苺の側にやってきた店長さんは、男のひとに向かって「少し待っていてください」と声をかけ、苺と更衣室に入った。
「お客様、よかったですか?」
「ああ、構いませんよ。それで……ああ、いいですね」
テーブルの上に並べて置いてある、ラッピング完成品を目に入れ、店長さんは満足げに頷く。
そして、一つずつ手に取り、急いで確認してゆく。
「うーん」
店長さんが渋い顔になり、苺は緊張した。
これじゃ、駄目だったの?
苺、頑張ったんだけどなぁ。
「手をかけ過ぎているように思えますが……一つ、どのくらいで出来ました?」
て、手をかけ過ぎ?
そ、そうか……一個にあんまり時間をかけてちゃ、駄目なんだ。
「……五分くらい……かな」
「五分……本当ですか?」
「ろ、六分くらいだったかも……」
気まずそうに言うと、店長さんは苦笑し、「まあ、いいでしょう」と言う。
「あとになるほど、雑になることだけは避けて下さい」
「あっ、はい」
「開けたお客様に、残念に思ってほしくないでしょう?」
「それはもちろんですよ」
「それでは、鈴木さん、お任せしましたよ」
「はいっ!」
敬礼つきで返事をする。
店長さんは苦笑し、急いで部屋を出て行った。
ひとりになった苺は、腰に手を当て、目の前の大量の仕事に挑むような眼差しを向けた。
むくむくと、やる気がみなぎってくる。
「よーっし! 頑張るぞぉっ! エイエイオーーーッ!」
苺は勢いよく腕を突き上げ、威勢よく叫んだ。
もちろん、その声はスタッフルームに丸聞え。
スタッフルームには、なんとも微妙な雰囲気が漂うことになったのだった。
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