苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、P55スペースのお話です。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『予定変更』


店長さんと苺が、お雑煮をちょうど食べ終わったあたりで、真美さんが台所に顔を出した。

父も健太も起きたようで、鈴木家は途端に朝の活気が漂い始める。

店長さんは、鈴木家の面々が顔を出すたびにすっと立ち上がり、礼儀正しく新年の挨拶をした。

こういうところ、苺も見習うべきかも知れない。

まあ、家族とは、昨夜のうちに新年の挨拶はすませているわけだから、苺としては片手を上げて「おめでとう」に笑顔付きくらいの軽いもんで充分だ。

これから家族はお雑煮の時間。

母と真美さんが台所に立ち、苺はその横で洗い物を手早く終えた。


「それじゃ、店長さん行きましょうか?」

手を拭き拭き、苺は店長さんに声をかけた。

「ええ」

「なんだ。もう仕事に行くのか?」

父は、ずいぶんと物足りないような顔をしている。

「今日は初売りだからね、準備が色々あるんだよ」

「福袋、たくさん売れるといいですね」

真美さんから気遣いのこもった言葉をもらい、苺は胸をほっこりさせつつ頷いた。

「うん。真美さん、お兄ちゃんに連れてきてもらいなよ。十万円の福袋、真美さんのために置いとくからさ」

「苺さんったら」

半分本気の苺の冗談に、真美さんは愉快そうに笑う。

苺はソファに座って新聞を広げている健太のほうへ首を回してみた。

いまの話、しっかり耳に入ったはずだが、健太は新聞から顔を上げない。

さすがに、十万円の福袋は、庶民にとっては笑いの種でしかない。

三つも作っちゃったけど……実際にお買い上げくださるお客様はいるものなのかねぇ?





「それじゃ、行ってくるね」

苺は玄関先まで見送りに来てくれた父に声をかけた。

すでに気分は、ドキドキ、ワクワク、ウッキウキだ。

福袋の入った荷物も車に詰め込んだ。店についたら、さっそく店頭に並べることになるんだろう。

考えただけで、胸が弾んでくるってもんだ。

それに、お正月用のコスチューム。こちらもどんなのだろうと、期待でドキドキしてるんだよね。

店長さんは、絶対に用意してくれてるはず。

クリスマス用だったポップな衣装を思い出し、お正月版を想像する。

苺の予想では、和風と洋風をコラボさせたような衣装じゃないかと思うんだけど。

「今夜、来るんだろう?」

父は苺をちらりと見てから、店長さんに聞いた。

今夜は店長さんも一緒に、苺の実家で夕食を食べることになっている。

「はい」

「何時くらいになる?」

「はっきりとはわかりませんが、七時半くらいの予定でいます」

「今夜は泊まれるんだろ? 正月だってのに、みんなで酒が飲めなきゃつまらないからな」

ふーん、店長さん泊まるのか?

なら、一緒に、ゆっくりお正月気分を満喫できるな。

「泊まってもよろしいのでしたら」

「よろしいのですよ」

つい条件反射のように答えてしまったら、男ふたりの視線を食らう。

苺は誤魔化すように笑みを浮かべ、店長さんを急かすことにした。

「ほら、店長さん、のんびり話してる場合じゃないですよ。そろそろ行かないと」

店長さんの腕を引っ張るようにして玄関を出る。


車に乗り込むと、すぐに走り出したが、車はショッピングセンターに向かっていないようだ。

それに気づいて苺は戸惑った。

「て、店長さん、道が違っちゃってますよ?」

「ああ、伝え損ねていました。実は予定が変更になったのですよ」

よ、予定変更?

いったいいつ、そんなことに? い、いや、そんなことより……

「だ、駄目ですよ。今日は初売りなんですよ。お店に行かなきゃ!」

動揺した苺は、必死に店長さんに抗議した。

「鈴木さん、落ち着きなさい」

「だって……初売りは? 福袋は?」

「もちろん、開店時間までには店に行きますよ」

「けど開店の準備が……だいたい福袋はここにあるんですよ。開店前に並べられなきゃ困るじゃないですか」

「心配しなくても、私に抜かりはありませんよ。私に任せておきなさい」

う、うーん……確かに、この店長さんは、抜けたことをするようなおひとじゃない。

でも、そうなると……

「福袋を並べるお手伝いは?」

「それは要と怜がやってくれます」

苺はカクンと肩を落とした。

開店準備で忙しく立ち働く自分を夢想してたのに……

福袋、並べたかったなぁ〜。

ちぇっ。

「それじゃ、苺たちはどこに向かってるんですか?」

唇を尖らせて尋ねる。
どうにも、不服が顔に出てしまう。

そんな苺をちらりと見たが、店長さんはそのまま視線を前に戻した。

「私の家ですよ」

「店長さん家? なんのために店長さんの家に行くんですか?」

「それは……行ってのお楽しみですよ」

「お楽しみにしてもらわらなくていいんで、いま聞かせてほしいんですけど」

「謎はお好きでしょう?」

「……」

「知らないほうが、楽しみにできますよ」

こいつは……なにやら、きな臭い匂いがプンプンし始めた。

店長さん、なんか誤魔化そうとしているように感じるんですけど。

その手にゃ乗らないぞぉ。

「ほんとに楽しみにできることなんですか?」

疑わしげに言った苺は、ハッとした。

も、もしや、店長さん……苺に、新年初の特製イチゴヨーグルトを用意してくれてたりするんじゃないのか!

思わず笑みを浮かそうになった苺だったが、それはありえそうにないと瞬時に思いなおす。

イチゴヨーグルトを苺が食べるためだけに、店長さんの家まで行く必要はないよね。

そうそう、店長さんは、予定が変更になったと口にしたんだった。

予定が変更になったために、苺と店長さんは店長さんのお屋敷に行かなければならなくなったのだ。

「お店に向かうべきところをですよ、予定変更してまで、店長さんのお屋敷に、どうしても行かなきゃならなくなったわけってなんなんですか? そこんとこ、はっきりと教えてくださいよ」

「そうですか?」

店長さんは困ったように言う。

なんだか、めちゃくちゃ、嫌な予感がしてきたんですけど。

もおっ、気になる!

苺はこくこく頷き、早く早くと店長さんをせっついた。

「仕方ありませんねぇ」

店長さんは、渋々のように口を開く。

「今日はお正月です。福袋を売りますよね?」

苺は眉を寄せた。

「それが予定変更と関係あるんですか?」

「もちろんですよ。……どの店も、今日はお正月らしさを前面に押し出して、お客様の関心を、自分の店に向けさせようと必死なはずです」

「そりゃあ、そうですよね」

「お正月にはお正月のイメージで、派手に押し出してゆかなければ、戦う前から負けてしまいます」

「は、はあ」

俄然、熱が入った店長さんの発言に、苺は押され気味で返事をした。

「クリスマスはある意味、勝負する前から勝ちを握っているようなものです。が、正月は格段に不利です」

「まあ、それはそうですよね。お正月と宝飾品って、あんまり…」

店長さんは我が意を得たりと言わんばかりに、運転しつつも大きく頷いた。

「ですから、まずは注目を引くことが何よりも大事なのです」

「あのぉ、そのことと、苺が店長さんの家に行くことに、どんな関係が?」

苺はおずおずと聞いた。

「おや、まだわかりませんか?」

驚いたように聞かれ、苺は頬をひくつかせた。

まるで、十人中十人が、いまの話を聞いていれば、答えは出たはずだといわんばかり……

「わ、わかりませんけど……だって店長さん、お正月は店を派手にして注目を集めるってことを口にしただけで……店長さんの家との繋がりなんて、これっぽっちも苺はわかりませんよ」

「私の家と、考えるからですよ。私の家である必要はなかったんですが……急に予定が変更になってしまって」

「だからそれですよ。苺が聞きたいのは。どうして予定が変更になったのかを教えてくださいよ」

なのに、店長さんってば、回りくどい説明ばっかり延々としちゃってさ……

「それは……」

「それは?」

「困りましたね」

店長さんは、苦笑しつつ言う。

「何を困ってるですか?」

「いま手に入れた情報で、答えを出してごらんなさい。過去も答えを導き出す役に立つかもしれませんよ」

へっ?

「カコ?」

「ええ、過去です」

カコってなんだ?

苺、謎の暗号もらっちまったよ!

カコも答えを導き出す役に立つ?

さっぱりわかんなーーーーい!

「店長さん、カコってなんですか?」

苺の問いに、店長さんは運転しているというのに派手に噴き出した。

な、何?

「鈴木さんは、まったく意表をつくひとですね」

まるで感心したように首を振る。

「いや、別に意表をつこうなんて思ってないですし…」

「過ぎ去るですよ。使っている二つの漢字を頭の中で浮かべて、くっつけてみなさい」

すぎさる?

過ぎ去る…?

え、えーと…

()・去()

()()

過去! カコ! 過去!

「過去!」

「ようやく辿り着きましたか?」

「もおおっ、店長さんってば、過去なら過去って、普通に言ってくれなきゃ……あっ」

「普通に? 私は過去と、普通に口にしましたが」

「で、で、でしたぁ。す、すみませんですぅ」

苺は顔を赤くしつつ謝り、それからしばらく、小さくなっていた。

あー、苺、新年から、赤っ恥だよ。

なんで、過去と言われて、ぴんとこないのか……この鈍チンの頭がなんとも恨めしい。


「ほら、いつまでへこんでいないで……そろそろ着きますよ」

苺が落ち込んでいる間に、店長さんの家についてしまったらしい。

「善ちゃんは、いるですか?」

「いますよ」

「善ちゃん、お正月は休みはないんですか?」

「彼は家族のようなものですからね……休日はもちろんありますが」

「店長さんの……」

「答えを出すのは諦めたのですか?」

話を蒸し返され、苺は笑いながら首を横に振った。

車はすでに見慣れた店長さんのお屋敷の敷地へと、滑るように入って停まった。

「もういいですよ。店長さんの家に着いちゃったし……家の中に入ったら答えもわかるんでしょう?」

「ええ、わかるでしょうね」

意味ありげに口にした店長さんは、カッコよく車から降りた。

そんな店長さんの仕草を真似るようにして、苺も車を降りたのだった。





 
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