苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、P56スペースのお話です。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『拍子抜け』


「ちょっと、あなた。もっと急ぎなさい! 時間がないのでしょう?」

店長さんのおばあちゃんは、苺を引っ張って行きながら叱りつけてきた。

「ななな……なんでぇ〜?」

この状況、さっぱり意味がわからない。

まさか、店長さんのお屋敷に、店長さんのおばあちゃんが待っていたとは……

クリスマスの日に、店長さんに渡して驚かせるはずだった、お笑い用のプレゼントを、このおばあちゃんにテンパった挙句渡しちゃって……

会うのはあれ以来だ。

名前は羽歌乃さんだったよね。店長さんがそう呼んでた。

店長さん、自分のお祖母ちゃんを、名前で呼んでるんだよねぇ。でも、それもまた、店長さんらしいかも。

それにしても、あんな変なものをあげちゃって、絶対におばあちゃんのひんしゅく買ってるに違いないし、二度と顔を合わせたくなかったのにぃ。

「ほら、早くお入りなさい」

おばあちゃんは、開いたドアに向かって苺を押し込むようにする。

ドアを開けてくれたのは、理知的な印象の女のひとだ。

しかし、こ、ここでいったい何を?

「それでは、千佳子さん、後は頼んだわよ」

「はい。大奥様」

このひと、千佳子さんというのか。

羽歌乃おばあちゃんのほうは、さっさといなくなってしまった。

初対面の相手とふたりきりになってしまい、さらに戸惑った苺だが、千佳子さんは親しげな笑みを浮かべて口を開く。

「では、お嬢様、そちらの椅子に座っていただけますでしょうか?」

お、お嬢様?

むひょーっ!

そんなこじゃれた呼ばれ方、首元の辺りがこそばゆいんですけどぉ。

苺は、指示された椅子に座り込んだ。

これから何が始まるってんだ?

おやおやっ、よく見れば、美容院でよく見る、髪をセットするのに使う様々な道具が載った手押し台車があるではないか。

これって、つまり?

「あのぉ?」

苺は台車を見つめたまま、千佳子さんに呼びかけた。

「なんでしょうか?」

「髪をセットするんですか?」

「はい。そう申し付かっております」

「千佳子さんは美容師さんなんですか?」

思わず名前を口にしたら、千佳子さんがちょこっと目を見張り、すぐに笑みを広げた。

「資格は持っておりますので、お嬢様、安心してお任せください」

うはっ!

お嬢様って呼ばれるたびに、むず痒い。

「あの、わたしの名前は、鈴木苺です」

お嬢様呼びはやめてもらおうと、自己紹介する。

「はい。存じております」

な、なんだ、すでに知っているのか。

「大奥様が催されたクリスマスパーティーに、爽様とおいでになられましたときに、お嬢様をお目にしております」

「そうでしたか」

あっ、そういえば……この人、見たかも。

「ああ、思い出したですよ。千佳子さん、羽歌乃おばあちゃんの側にいたひとですよね?」

「はい」

返事をした千佳子さんは、何やら笑いが込み上げて来たようで、顔を歪める。

必死に笑を堪えようとしておいでのようだ。

「すみません。爽様とお嬢様のお衣裳が……思い、出されて」

ああ、水色ペアルックか。

「遠慮しないで、笑ってもいいですよ」

「まあ、ありがとうございます。ですが、笑っていては、時間に間に合わなくなってはいけませんので……さっそく始めさせていただきますね」

千佳子さんは言葉通り、苺の髪をセットし始める。

「あの、なんで髪を? 苺、わけがわからないんですけど……」

「そうなのですか? わたしは、大奥様から、お嬢様の髪を結うように、指示を受けたのですが」

おばあちゃんから? なんでおばあゃんが?

さっぱりわけがわからないけど……千佳子さんも何も知らないんじゃ、仕方がない。

とにかく、苺は千佳子さんに髪をセットしてもらうことになっているようだし、それは店長さんも了解しているのだろう。

ああ、そうか。わかった。

これって、初売りのための変身なんだ!

苺を派手に変身させるために、店長さんが羽歌乃おばあちゃんに頼んで、おばあゃんのところの千佳子さんが髪を結ってくれることになったと。つまりは、そういうことなんだろう。

ようやく納得できた苺は、安心して千佳子さんに身をゆだねることにした。

千佳子さんは話し上手で、髪を結ってもらいながらふたりはおしゃべりを楽しんだ。

あのパーティーが、あのあとどうなったかも、苺の問いかけに答える形で話して聞かせてくれたのだが、それがすごく面白くて、苺は終始笑いっぱなしだった。

「お嬢様」

千佳子さんが改まって話しかけてきて、苺は「なんですか?」と返事をした。

「爽様のハートを射止める方は、いったいどのような方なのだろうかと、皆と話していたのですよ」

千佳子さんが急にそんなことを言い出し、苺はドキリとした。

苺は、店長さんのハートを射止めちゃいないんですけど。

パーティーのときに、あんなふうに登場したから、誤解されてるんだ。

誤解を解くのであれば、店長さんに了解を取ってからでなきゃ、まずいだろう。というわけで、そのままにしておくことにする。

「そ、そうなんですか」

もじもじしつつ苺は言った。

「はい。大奥様は、爽様のご結婚相手となられるお嬢様が現れるのを、それはもう気にかけておいででしたの」

うん、そうなんだろうなぁ。

なのに、水色ペアルックで苺なんぞを連れてきたんだから、仰天したことだろう。

「これで大奥様もご安心ですわ」

ご安心? いやいや、それはないと思うけど……

おばあちゃんは、苺と店長さんの仲を引き裂けないかって考えてるんじゃないのかなって、苺は思ってたんだけど……違うのかな?

先ほどの羽歌乃おばあちゃんの態度からは、どういうふうに思っているのか、わからなかった。

けど、クリスマスの日は、メラメラと炎をあげて(いか)ってたしなぁ。

それに、なんといっても苺は生粋の庶民……

こんなでっかい屋敷に住んでいるうえに上品すぎる店長さんと、苺の取り合わせなんて、あまりに不似合で、おてんとさんも腹を抱えて笑い転げるよ。

しかも苺、おばあちゃんに、あんな変なものプレゼントしちゃってるし……まさに、トドメを刺したも同じ。

あれについては、やっぱし、おばあちゃん、まだ怒ってるんだろうなぁ〜。

「さあ、できましたわ。お嬢様、次はメイクを致しますね」

「はい」

なんでも好きにしてくださいという気分で、苺は素直に頷いた。

しかし、どんな頭になったんだろうね。

鏡を見てないから、想像もつかないけど……

そういえば、店長さんが、過去も答えを出す役に立つとかなんとか言ってたのって……きっと、イチゴサンタみたいな派手な格好させられるってことなんだろうな。

頭にでっかいタイのおかしらの作り物をくっつけ、お正月っぽい、滑稽なコスチュームを着た自分を想像し、苺は笑いを堪えた。





「では、大奥様をお呼びしてまいりますので」

時間は短かったが、かなり丁寧に苺の顔を塗りたくった千佳子さんは、そう言って部屋から出て行った。

ツケマツゲまでつけられて、違和感バリバリだ。

瞼を開いたり閉じたりするたびに、バサバサ音がしてそうだし、小さな風が巻き起こってるみたいな気がして、笑えてならない。

苺、どんな顔になったんだろうね?

頭も気になるよぉ。

自分の頭に鯛のお頭がついていないか、触って確かめてみようと、手を上げかけたところで、ドアが開いた。

千佳子さんが羽歌乃おばあちゃんを連れて戻ってきたのだ。

苺は慌てて手を下ろした。

ぴしっと姿勢を正す。

「苺さん、いつまで座っているの。さっさと服を脱ぎなさい。時間がないと、爽さんは言っていたわよ」

「えっ。着替えなら、自分で」

「あら、あなた、振袖の着付けがご自分でおできになるの?」

「は、はいっ?」

ふ、振袖だと?

「で、で、できません。えっ、でも、振袖なんですか?」

意外や意外だ。

予想外のことに焦り、苺は慌てて服を脱ぎ始めた。

ド派手なコスチュームだとばっかり。

千佳子さんが、大きな風呂敷包みを腕に抱えてきた。それをソファの上に置くと、すぐに包みを解き始める。

細長い大小の箱が中から現れた。

いったいどんな振袖なんだろう?

ポップなお正月柄?

間違いなく、普通じゃないはずだよ。

パンツとブラだけの姿になった苺は、なんとも身の置き所のない気分で足をもじもじさせた。

店長さんが北の国のホテルに用意してくれた、イチゴ柄のブラパンを着てなくてよかったと、胸を撫で下ろす。

千佳子さんから、まず足袋を手渡され、苺はブラパンという格好で、足袋姿になった。

なんとも、情けない姿で、ほっぺたがぽぽっと朱に染まる。

続いて手渡されたのは裾よけと肌着。

それを身につけ終えると、羽歌乃おばあちゃんが、長襦袢を後ろから着せかけてきた。

無駄のない動きで苺の腰に紐をあてたおばあちゃんは、長襦袢をきっちりと着せ、すばやく着物を着せ付けてくれる。

その手際に感心するところなのであるが、苺は着物の柄に呆気に取られた。

お正月柄でもイチゴ柄でもなく、奇抜でもない。

いたって平凡な小花柄!

こ、こりゃあ、驚いた、全然ド派手じゃないぞ。

拍子抜けもいいところだよ!

いいのか?

いいのか、これで?

苺は、派手なコスチュームで、客の注目を集める役回りじゃなかったの?

こんなんじゃ、普通に振袖着てるだけだし。

店長さん、ここに来るまでに、注目を集めるのが何より大事とかって、熱っぽく語ってたのに……

何を考えてるのか、もう、さっぱりわかんないなぁ。

「背筋を伸ばしなさい!」

不安に駆られていた苺は、羽歌乃おばあちゃんに一喝されてびっくりし、背筋をピンと伸ばした。

ぎゅっぎゅっと帯が締められ、ちょいと苦しい。

やっぱり、このおばあちゃん、怖いよぉ。

半泣きの顔をしていた苺だが、帯を結んでくれているおばあちゃんが小さな咳をし始め、気になって首を後ろに回した。

「お、おばあちゃん、風邪引いてるんですか? 大丈夫ですか?」

コホコホと咳を続けつつ、羽歌乃おばあちゃんは前に回ってきた。

厳かな顔で、ツンとしていらっしゃる。

「風邪など引いちゃいませんよ。さあ、出来たわ」

羽歌乃おばあちゃんは、満足そうに苺の全身を眺め回す。

「ど、どうも、ありがとうございました」

苺は腰を折って頭を下げ、おばあちゃんにお礼を言った。

「さあ、行きますよ。苺さん、さっさとついていらっしゃい!」

キップのいい掛け声をかけ、羽歌乃おばあちゃんは部屋を出てゆく。

苺は慌てておばあちゃんの後を追ったのだった。





 
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