苺パニック


再掲載話

「苺パニック5」の、『拍子抜け』の続きのお話になります。

こちらも書籍に合せて、改稿させていただいています。


『したり顔の意味』


「苺」

玄関に行くと、店長さんがさっと歩み寄ってきた。

「苺、とても素敵だ」

着物姿の苺を満足そうに見つめた店長さんは、苺がどうしていいやらわからないほど、甘〜い笑みを浮かべる。

こいつは、羽歌乃おばあちゃんの面前であるが故の、小芝居ってやつだ。

羽歌乃おばあちゃんには、苺と爽は恋人同士って設定になっているからね。

苺は精一杯、店長さんに合わせにゃならぬのだ。

「そ、そう?」

「なんですか?」

『そうですか?』の、『そう』だったのだが、聞き返されてしまい困る。

「そ、爽も……そのぉ、素敵です」

初日の出を見に行くので私服だった店長さんも、いまはスーツに着替えていて、貴族な紳士のごときお姿だ。

「そうですか?」

眩しい笑みを直視していられず、店長さんの胸の辺りに視線をさまよわせていた苺は、ネクタイにちょこんとついているネクタイピンに気づいた。

あっ、これって、苺がクリスマスにプレゼントしたやつだ。

思わず口元を綻ばせてしまう。

もちろん苺の小指にも、店長さんから貰ったピンキーリングが嵌まってる。

「ありがとう、苺」

やさしい声音でお礼を言い、店長さんは親密そうに頭をやさしく撫でてくる。

ドギマギが過ぎた苺は、こくこくと激しく首を上下させた。

「聞いちゃいられませんね。時間がないのじゃなかったの? 爽さん」

「そうでした。苺があまりに可愛いので……」

ふっと笑みを浮かべての気障ったらしい台詞に、苺は顔がボッと燃えた。

うひょーーっ!

どんな顔してたらいいのかわかんないし。

全身がこそばゆくて、そこらへんを悶えまわりたいくらいだ。

そのとき、苺の背後で誰かがコホコホと咳込んだ。

振り返って確かめてみたら、羽歌乃おばあちゃんだ。

おやおや、また咳をしておいでだよ。

「羽歌乃おばあちゃん、やっぱり風邪なんじゃないですか?」

心配で問いかけたが、おばあちゃんは顔の前で手を横に振る。

「大丈夫よ。そんなことより、あなたがた、早く出かけたほうがいいのではなくて?」

「そのとおりですね」

羽歌乃おばあちゃんから急かすように言われ、頷いた店長さんは、苺の背中に触れてきた。

「苺、行きましょう」

「はい。それじゃ、羽歌乃おばあちゃん、善ちゃん、千佳子さん、行ってきます」

みんなの見送りをもらい、店長さんに背中を押されて、苺はお屋敷をあとにした。


店長さんの車に乗り込むのは、ちょっと大変だった。

着慣れない振袖を着ているから、歩くのですらちょっと大変なのだ。

着物なんて滅多に着ることないもんねぇ。

「よいしょっと」

なんとか助手席に収まった苺は、思い出し笑いをしてしまう。

「どんなおかしなことがありましたか?」

くすくす笑っていたら、運転席から店長さんが聞いてくる。

「クリスマスのコスチューム着て、車に乗り込んだ時のこと思い出しちゃって」

「ああ。あのときは大変でしたね」

「大変過ぎたですよ。もう苺、助手席にパンパンにつまっちゃって。乗り込むのも大変だったけど、降りるときはもっと大変だったですよ」

思い出して笑いがとめられない。店長さんも必死に笑いを堪えている。

「苺、いまそんなことを思い出させないでください。運転できなくなってしまうではありませんか。急がなくてはならないというのに……」

叱るように文句を言われ、苺は笑いながら、「ごめんです」と謝った。

車が走り出し、苺はほっと息をついた。

クリスマスにあげた、とんでもない代物について、羽歌乃おばあゃんから何も言われなくてすんだ。

また会うことになるのかなぁ?

次こそ、文句言われるかな?

けど、ひとまず、安心だ。

苺は肩から力を抜き、座席にもたれかかった。

「苺」

「はい?」

「そんなに気を抜いた姿勢で座っては駄目ですよ」

「うん? なんでですか?」

「帯がつぶれてしまう」

あっ、そうか!

苺は慌ててもたれるのを止め、背筋を伸ばした。

「そこまでする必要はありませんが……あまり体重をかけすぎないようにしてください」

「わかりました」

苺は帯がつぶれてしまったのではないかと心配になり、首を回して背中の帯の様子を見ようとしたが、無理だった。

「いまので、つぶれてないですよね?」

不安に駆られて尋ねる。

「次の信号で停まったら、確認してみましょう」

「お願いします」

ようやく信号で止まり、店長さんは帯を確認してくれたが、顔をしかめたのを見て、苺はドキリとした。

「つ、つぶれちゃったですか?」

「いいえ。大丈夫ですよ」

「でもいま、顔をしかめて……」

「貴女に大変な思いをさせてしまって、申し訳ないなと思ったので……」

「ああ。苺は大丈夫ですよ。ああ、けど明日も、振袖着るんですよね?」

「ええ。ですが、明日からは坂北さんが、店まで来てくれることになっていますから」

「坂北さんって、千佳子さんのことですか?」

「そうですよ」

「ふーん。なら、今日もお店に来てもらえばよかったんじゃ? なんで店長さんのお屋敷に予定変更になったんですか?」

「羽歌乃さんから、千佳子さんを貸す代わりに、そうするように言われて仕方なく」

「そうなんですか? けど、なんで店長さんのお屋敷に?」

「なぜでしょうね?」

おや、店長さんまで疑問系だ。

つまりは、羽歌乃おばあちゃんの単なる我が侭といいうやつなのか?

「あれっ? でも、店長さん、予定変更になったのかって聞いたら、なんだかんだ言ってましたよね? 福袋を売るとか、派手にして注目を引くことが大事とか……過去も答えを導き出す役に立つとか……」

思い出し思い出し口にしたら、店長さんがくくくっと笑い出した。

「店長さん?」

「貴女は、祖母に会うのを嫌がっていたでしょう?」

「ま……まあ、それは……」

渋々認めた苺は、ハッと気づいた。

「まさか、おばあちゃん絡みだっていうのを誤魔化すために、あれこれ言ってたんですか?」

「そうですよ。羽歌乃さんが待っているとは言い出せませんでしたからね。屋敷に着くまで、誤魔化すしかなかったのですよ」

「おばあちゃんの登場には、メチャクチャびっくりしたですよ」

まあ、そのことはもういいとして……

「過去がどうとか言ってたから、今回はイチゴサンタどころじゃない、派手なお正月版コスチュームに違いないって」

「過去については、コスチュームのことを指して言ったのですよ。実際、初売り用のコスチュームに着替えるためだったのですからね」

「コスチュームなんかじゃないじゃないですか。普通に振袖ですよ」

帯を押しつぶさないようにと、ずっと背筋を伸ばしておしゃべりしていたために、苺は息苦しくなって、「ふうーっ」と息を吐き出した。

帯で締められ、息がし辛い。

「苦しいですか?」

「まあ、はい。着物なんて、滅多に着ませんから。……おばあちゃんは、よく着物を着てるんですか?」

今日は着物姿だったが、あれはお正月だからなのだろうか?

クリスマスは黒いベルベットのドレスだった。

「そうですね。半々といったところでしょうか。着物は身も心も引き締まるのだそうですよ」

「この着物、どうしておばあちゃんが苺に着せてくれたんですか?」

「色々、聞きまわった結果ですね」

「えっ?それって、どういうことですか?」

「羽歌乃さんは、私が、貴女用に振袖を仕立てたことを突き止めて、着物を着せるなら自分がと、しゃしゃりでていらしたんですよ」

「この着物、店長さんが仕立てたって? こ、これ、苺のために?」

「コスチュームですよ。イチゴサンタの衣装やスーツと同じです」

そんなものと一括りにするには、さすがに値段が高すぎると思うんだけどなぁ。

「でも、ぜんぜん派手じゃないですよ。コスチュームっていうんなら、もっと奇抜な柄とかがよかったんじゃないかと思うんですけど……こんな普通の柄じゃ、注目は集められないし」

「鈴木さん、大丈夫ですよ」

「そうは思えないですけど。 わざわざ振袖を仕立ててもらったのに、役に立たないんじゃ、いいのかなあって…」

「いいのですよ」

苺の口真似をした店長さんに、苺はぷっと噴き出した。

「もおっ、店長さんったら」

苺は店長さんの腕を叩きながら笑った。

店長さんも愉快そうに笑っていたが、急に笑うのをやめ口を開いた。

「大丈夫ですから。……いまにわかりますよ」

はい? 

「いまにわかるって?」

店長さんは、したり顔で微笑んだのだった。

そのしたり顔の意味を、いずれ苺は知ることになるのであった。





 
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