苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿及び加筆してあります。

  書籍とは別物として捉えていただいた方がよいかと思います。
  場面としては、書籍「苺パニック6」、P61のスペースのところになります。


『手のひらに飴玉』



売店、売店、売店はどこだーっ?

売店をキョロキョロと探しながら、苺は病院内として許されるだろう速度で走る。

売店はなかなか見つからず、苺はだんだん不安になってきた。

水を買って戻るのに、このままではかなり時間がかかってしまいそうだ。

溝尾さん、ずっとあそこにいるかなぁ?

店長さんが出てきたら、苺はいま、水を買いに行ったよって伝えてくれるかなぁ?

でも、お医者さんってのは忙しいもんだ。

ずーっとあそこにいるはずないよね。

とすると、検査をようやく終えて出てきた店長さんは、苺がなんでいなくなってるのかわからない。

あそこで待っているように言われたってのに、いなくなっていたんじゃ……

超不機嫌になった店長さんが、ボンと目の前に現れ、苺は思わずぎゃっと飛びのいた。

もちろん、実際に現れたわけじゃなく、苺の妄想。

「あんた、何やってんの?」

片足を上げたまま固まっていた苺は、その声に振り返った。

五十代くらいのおばちゃんが、苺を見つめ、小馬鹿にしたように笑っている。

「ち、ちょっと……変なもの思い出して、びっくりしちゃったっていうか」

「変なもの? なんだい、それ?」

問い返されたが、ちょっと答えられない。

だって、変なものってのは、妄想の中の店長さんだ。

返事に困りつつ、おばちゃんを見ると、ペットボトルを抱えている。

水ではなく、炭酸飲料だけど……

「おばちゃん、そのペットボトル……あっ」

話しかけたところで、苺はおばちゃんの背後にある物に気づいた。

なんと、売店だ。

「お水だあっ!」

叫んだ苺は、一目散に売店の中に飛び込んで行った。

えーっと、えーっと。

「ねぇねぇ、あんたイチゴが好きなん?」

飲料棚はどこかと、売店の中を眺め回していると、さっきのおばちゃんが話しかけてきた。

「イチゴは嫌いじゃないですよ」

飲料棚を確認し、そちらに足を向けながら、苺はおばちゃんの問いに答える。

「あんた、持って回った言いかたせんと、好きって言えばええじゃろ」

苺は足を止めずにおばちゃんを振り返り、口を開く。

「おばちゃん、苺はイチゴが好きですけど、イチゴだらけの服を着てるのは、すごく着たいからって理由からじゃないんですよ」

話している間に飲料棚の前に到着した。

およっ、なんかいっぱい種類がある。

どれにしよう?

「それじゃ、なんで着てんの?」

「ここにイチゴの服しか持ってこなかったからですよ」

反射的に答えながら、苺は水のペットボトルを手に取った。

どれにすればいいんだろう? 悩んじゃうなぁ。

自分では決められそうもなく、苺はおしゃべりなおばちゃんに相談してみることにした。

「おばちゃん、この中で、どれが一番美味しいと思うですか?」

「水かい? あんたねぇ、水なんて、どれも一緒よ」

「ああ、そう言われればそうか……水なんだし、味なんてないですよね」

「そうそう。お客さんは色々言うけど、わたしに言わせりゃ、水なんてもん、なんで金を出してまで買うのか、理解できないよ」

確かに、苺もそう思うんだよね。

「苺も、お水って一度も買ったことないです。お金を出してお水を買うくらいなら、炭酸飲料とかジュースとかを買っちゃいますよ」

「それがまっとうな人間の考えだよ。……で、あんた、なんで水を買いにきてんだい? そう思うんなら、お茶とかジュースを買えばいいだろうに」

「お茶?」

苺はお茶のボトルを目にして、眉を寄せた。

水よりは、お茶のほうがいいんじゃないかな?

味があるし……

でも、溝尾さんは、水って言ったんだよね。

お医者さんの意見として、水を飲みたがるんじゃないかって言ったのだとしたら……

やっぱり水は外せないな。……けど、お茶もいいかもしれない。

苺は、水のペットボトルの中で一番値段の高いのを手に取った。

途端に、おばちゃんが「えっ?」と叫ぶ。

「あんた、それ買うのかい? 水にその値段を出すなんて、もったいないよ。ほら、こっちの一番お値打ちのでいいんじゃないかい?」

「お、おばちゃん。そんなこと、大きな声で言ってたら、売店のひとに怒られるですよ。商売の邪魔だって……」

おばちゃんのためにひそひそと諭したのに、おばちゃんは「わはは」と豪快に笑い飛ばす。

「売店のひとは、このわたしだかんね」

おばちゃんはそう宣言し、苺の手にしている水のボトルを取り上げた。

「悪いこと言わないから、安いのにしなよ。これとかさ……」

おばちゃんは、一番安い水のボトルを掴んで苺に見せる。

「苺が飲むんだったらそれでいいけど、店長さんが飲むんだから、高いのがいいんです」

いまの店長さんには、一番美味しい水を飲んでもらいたい。それで、早く元気になってもらたいたのだ。

「店長さん? 店長さんって誰だい?」

「苺の上司さんですよ。いまこの病院に入院してて、検査してるとこなんです。お医者さんが、検査の後にお水を飲ませてあげるといいって言うから、買いに来たんですよ」

「ふーん」

苺はお茶のボトルを見比べ、一番美味しそうに見えるお茶を手に取った。

「お水がいいって言われたんですけど……お茶とかも……あっ!」

苺は、ペットボトルが並んでいる棚の隣にあるガラスケースの中を見て、声を張り上げた。

「コーヒー牛乳がある!」

しかも瓶入りだ。

苺は即行コーヒー牛乳の瓶を取り出した。

「おばちゃん、それじゃ、それと、これとこれも。全部でいくらになるですか?」

ポケットから急いで財布を取り出した苺は、財布の中身を確認しつつ尋ねた。

さっさと買って戻らないと……

売店を探してかなりうろうろしちゃったから、もう検査も終わってるかもしれない。

「四百八十万円だね」

言われたことが飲み込めず、一瞬きょとんとしてしまう。

「はい?」

「四百八十万円だよ。一円もまけないよぉ」

最初、びっくりした苺だが、売店のおばちゃんのジョークだと気づいて笑いが込み上げた。

苺はくすくす笑いながら、「はい、それじゃ、一千万円」と、ジョークに乗って千円札を手渡す。

「はい、確かに一千万円お預かりぃ。お釣り、五百二十万円ね」

苺はおばちゃんから、五百二十円を受け取り、財布にしまった。

なんか、笑っちゃうけど、大金持ちになった気分だよ。

「はいよ」

水とお茶と、コーヒー牛乳を入れたレジ袋を手渡してきたおばちゃんは、それまでと打って変わって、急に神妙な顔になった。

「あんたの店長さん、あんたのこの水で、きっと元気になるよ。頑張りなよ」

おばちゃんの気持ちのこもった励ましに、胸がジーンとする。

苺は真面目な顔で頷き返した。

「うん。ありがとう、おばちゃん」

「ほれ、これ持っていきな」

おばちゃんは、エプロンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、苺の手を取って何か載せた。

手のひらに、緑と桃色の包みの飴玉が転がっている。

「おばちゃん、ありがとう」

「ほら、早く持ってってあげな。またおいで」

「うん」

苺は笑顔でおばちゃんに頷き、レジ袋を手に、いま来た道を急いで引き返した。


廊下の角を曲がった苺は、パッと笑みを浮かべた。

店長さんだ。検査室の前にいる。

検査、終わったんだ!

「店長さーん」

飴玉を握り締めた手を振り上げ、苺は喜び勇んで店長さんのもとに駆けて行ったのだった。





 
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