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売店、売店、売店はどこだーっ?
売店をキョロキョロと探しながら、苺は病院内として許されるだろう速度で走る。
売店はなかなか見つからず、苺はだんだん不安になってきた。
水を買って戻るのに、このままではかなり時間がかかってしまいそうだ。
溝尾さん、ずっとあそこにいるかなぁ?
店長さんが出てきたら、苺はいま、水を買いに行ったよって伝えてくれるかなぁ?
でも、お医者さんってのは忙しいもんだ。
ずーっとあそこにいるはずないよね。
とすると、検査をようやく終えて出てきた店長さんは、苺がなんでいなくなってるのかわからない。
あそこで待っているように言われたってのに、いなくなっていたんじゃ……
超不機嫌になった店長さんが、ボンと目の前に現れ、苺は思わずぎゃっと飛びのいた。
もちろん、実際に現れたわけじゃなく、苺の妄想。
「あんた、何やってんの?」
片足を上げたまま固まっていた苺は、その声に振り返った。
五十代くらいのおばちゃんが、苺を見つめ、小馬鹿にしたように笑っている。
「ち、ちょっと……変なもの思い出して、びっくりしちゃったっていうか」
「変なもの? なんだい、それ?」
問い返されたが、ちょっと答えられない。
だって、変なものってのは、妄想の中の店長さんだ。
返事に困りつつ、おばちゃんを見ると、ペットボトルを抱えている。
水ではなく、炭酸飲料だけど……
「おばちゃん、そのペットボトル……あっ」
話しかけたところで、苺はおばちゃんの背後にある物に気づいた。
なんと、売店だ。
「お水だあっ!」
叫んだ苺は、一目散に売店の中に飛び込んで行った。
えーっと、えーっと。
「ねぇねぇ、あんたイチゴが好きなん?」
飲料棚はどこかと、売店の中を眺め回していると、さっきのおばちゃんが話しかけてきた。
「イチゴは嫌いじゃないですよ」
飲料棚を確認し、そちらに足を向けながら、苺はおばちゃんの問いに答える。
「あんた、持って回った言いかたせんと、好きって言えばええじゃろ」
苺は足を止めずにおばちゃんを振り返り、口を開く。
「おばちゃん、苺はイチゴが好きですけど、イチゴだらけの服を着てるのは、すごく着たいからって理由からじゃないんですよ」
話している間に飲料棚の前に到着した。
およっ、なんかいっぱい種類がある。
どれにしよう?
「それじゃ、なんで着てんの?」
「ここにイチゴの服しか持ってこなかったからですよ」
反射的に答えながら、苺は水のペットボトルを手に取った。
どれにすればいいんだろう? 悩んじゃうなぁ。
自分では決められそうもなく、苺はおしゃべりなおばちゃんに相談してみることにした。
「おばちゃん、この中で、どれが一番美味しいと思うですか?」
「水かい? あんたねぇ、水なんて、どれも一緒よ」
「ああ、そう言われればそうか……水なんだし、味なんてないですよね」
「そうそう。お客さんは色々言うけど、わたしに言わせりゃ、水なんてもん、なんで金を出してまで買うのか、理解できないよ」
確かに、苺もそう思うんだよね。
「苺も、お水って一度も買ったことないです。お金を出してお水を買うくらいなら、炭酸飲料とかジュースとかを買っちゃいますよ」
「それがまっとうな人間の考えだよ。……で、あんた、なんで水を買いにきてんだい? そう思うんなら、お茶とかジュースを買えばいいだろうに」
「お茶?」
苺はお茶のボトルを目にして、眉を寄せた。
水よりは、お茶のほうがいいんじゃないかな?
味があるし……
でも、溝尾さんは、水って言ったんだよね。
お医者さんの意見として、水を飲みたがるんじゃないかって言ったのだとしたら……
やっぱり水は外せないな。……けど、お茶もいいかもしれない。
苺は、水のペットボトルの中で一番値段の高いのを手に取った。
途端に、おばちゃんが「えっ?」と叫ぶ。
「あんた、それ買うのかい? 水にその値段を出すなんて、もったいないよ。ほら、こっちの一番お値打ちのでいいんじゃないかい?」
「お、おばちゃん。そんなこと、大きな声で言ってたら、売店のひとに怒られるですよ。商売の邪魔だって……」
おばちゃんのためにひそひそと諭したのに、おばちゃんは「わはは」と豪快に笑い飛ばす。
「売店のひとは、このわたしだかんね」
おばちゃんはそう宣言し、苺の手にしている水のボトルを取り上げた。
「悪いこと言わないから、安いのにしなよ。これとかさ……」
おばちゃんは、一番安い水のボトルを掴んで苺に見せる。
「苺が飲むんだったらそれでいいけど、店長さんが飲むんだから、高いのがいいんです」
いまの店長さんには、一番美味しい水を飲んでもらいたい。それで、早く元気になってもらたいたのだ。
「店長さん? 店長さんって誰だい?」
「苺の上司さんですよ。いまこの病院に入院してて、検査してるとこなんです。お医者さんが、検査の後にお水を飲ませてあげるといいって言うから、買いに来たんですよ」
「ふーん」
苺はお茶のボトルを見比べ、一番美味しそうに見えるお茶を手に取った。
「お水がいいって言われたんですけど……お茶とかも……あっ!」
苺は、ペットボトルが並んでいる棚の隣にあるガラスケースの中を見て、声を張り上げた。
「コーヒー牛乳がある!」
しかも瓶入りだ。
苺は即行コーヒー牛乳の瓶を取り出した。
「おばちゃん、それじゃ、それと、これとこれも。全部でいくらになるですか?」
ポケットから急いで財布を取り出した苺は、財布の中身を確認しつつ尋ねた。
さっさと買って戻らないと……
売店を探してかなりうろうろしちゃったから、もう検査も終わってるかもしれない。
「四百八十万円だね」
言われたことが飲み込めず、一瞬きょとんとしてしまう。
「はい?」
「四百八十万円だよ。一円もまけないよぉ」
最初、びっくりした苺だが、売店のおばちゃんのジョークだと気づいて笑いが込み上げた。
苺はくすくす笑いながら、「はい、それじゃ、一千万円」と、ジョークに乗って千円札を手渡す。
「はい、確かに一千万円お預かりぃ。お釣り、五百二十万円ね」
苺はおばちゃんから、五百二十円を受け取り、財布にしまった。
なんか、笑っちゃうけど、大金持ちになった気分だよ。
「はいよ」
水とお茶と、コーヒー牛乳を入れたレジ袋を手渡してきたおばちゃんは、それまでと打って変わって、急に神妙な顔になった。
「あんたの店長さん、あんたのこの水で、きっと元気になるよ。頑張りなよ」
おばちゃんの気持ちのこもった励ましに、胸がジーンとする。
苺は真面目な顔で頷き返した。
「うん。ありがとう、おばちゃん」
「ほれ、これ持っていきな」
おばちゃんは、エプロンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、苺の手を取って何か載せた。
手のひらに、緑と桃色の包みの飴玉が転がっている。
「おばちゃん、ありがとう」
「ほら、早く持ってってあげな。またおいで」
「うん」
苺は笑顔でおばちゃんに頷き、レジ袋を手に、いま来た道を急いで引き返した。
廊下の角を曲がった苺は、パッと笑みを浮かべた。
店長さんだ。検査室の前にいる。
検査、終わったんだ!
「店長さーん」
飴玉を握り締めた手を振り上げ、苺は喜び勇んで店長さんのもとに駆けて行ったのだった。
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