苺パニック

書籍「苺パニック6」P289 スペースに入る、お話になります。

サイト掲載していたものを、書籍に合せて、改稿及び加筆させていただきました。
お楽しみいただけたら嬉しいです♪



59 本気の実感



エステの受付のところに戻ると、ソファに座っていた爽がさっと立ち上がった。

爽のところに戻ってきてほっとする間もなく、彼を目の前にしたことで、これまで味わったことのない緊張を覚えた。

「え、えーっと」

爽は、変身した苺の全身を、楽しそうに見つめる。

これまでだったら、ふざけた言葉がポンポン出てくるのに、いまの自分にはそれができない。

それが、身もだえしたくなるほど、もどかしい。

指輪を嵌められてからこっち、苺の世界が一変しちゃって。

頭はいまだにぐるぐる状態だ。

「ドレス、とても良く似合っていますよ。苺」

「そ、そうですか?」

褒められた。

嬉しい。照れくさい。……しかし、素直に照れられない。

おかしい。苺、おかしいぞ。

どうやら、感情が現実についていけてないようだ。

そう理性的に考えられているくせに、いまや感情の方は頭のあちこちを浮遊していて、役に立たないっていうか……

なんなんだよもおっ。

このよくわからない状態に、いっそ頭をぽかぽか叩きたくなる。

そんな苺の状態などわかっていないらしい爽は、相変わらず苺を見つめて、甘く微笑んでいる。

うきょーっ。この微笑み。

い、た、た、ま、れ、な、い!

「いまなら……」

爽が言葉を言いかけ、柔らかに苦笑する。

な、なんだ? いまなら、なんだって?

「は、はい?」

苺は返事を催促した。

「吉田が貴女にプレゼントした、あの帽子」

「あ、ああ」

「いまなら似合うと思いますよ。きっとピッタリだ。残念だな……」

ざ、残念? それって、あの帽子をかぶせたかったってことか?

いまの自分の服装を改めて確認し、苺は顔を引きつらせた。

どこの令嬢だっての!

この真っ白なドレスだけでも、苺らしくなくて恥かしくて、困っちゃってるってのに……

あんなエレガントな帽子を被った日には、苺じゃなくなるね!

心の中でキッパリ断言しておく。

とにかく、ここにあの帽子がなくてよかったよ。と、胸を撫で下ろす。

うん?

よくよく見れば、爽もスーツを着替えてる。

先ほど着ていたスーツより、もっとお洒落な感じのやつだ。

うはーっ、いまさらだけど、かっこいい!

こ、こんなひとが、本当に苺の恋人になったの?

マジ、信じられない。

いつも以上に気品あふれた貴族のごとき爽にエスコートされ、苺はエステを後にして車に乗り込んだ。

果たして、これからどこに向かうのか?

「これからどこに行くんですか?」

「秘密ですよ」

言うと思ったよ。

こうなると、いくら聞いたところで教えてはくれないだろう。

こんなにおしゃれして、ワンルームに戻るなんてことはないはず。ならば、爽のお屋敷?

「そんなに遠くありませんから、すぐにつきますよ」

行き先がどこなのか考えていたら、爽が言う。

「そ、そうなんですか?」

まあいいや、爽の連れて行くところに、おとなしくついていけばいい。

きっと、楽しいところなのに違いない。

だって、いまの爽は、すごくしあわせそうないい表情をしてる。

爽の気持ちが伝染したのか、口元に笑みを浮かべた苺だが、ふと自分の薬指の指輪を視覚に入れてしまい、また落ち着きを失くした。

でっかい宝石だよ。

ありえないくらい大きいよ。

なんでこんなに大きいんだ?

なんだか知らないが、だんだんむかっ腹が立ってきた。

あれは本気のプロポーズだったのか?

ほんとに苺と結婚するつもりなのか?

これが全部冗談でしたなんてことだったら、苺、ショックのあまり、二度と立ち直れないよ。

「おとなしいですね?」

もんもんと考えていたら、爽が話しかけてきた。

心が落ち着かず、むかむかしていた苺は、思わずむっとして爽を見る。

すると、爽がちらりとこちらに向き、驚いた顔になる。

「どうしたんです。なぜ不機嫌な顔をしているんですか?」

「あ、頭が、ぐるぐるしちゃってるからですよ」

「ぐるぐる?」

意味がわからないというように爽は言う。苺はもどかしさに駆られた。

「ぐるぐるですよ!」

「ですが、私の気持ちはわかっていたでしょう?」

「け、結婚するつもりになるとは……お、思ってなかったですよ」

爽はただ、苺を構うのを楽しんでるだけだって、ずっとそう思ってた。

苺には女としての魅力なんてないから、爽の恋愛の対象になんて絶対になれないって……

だから苺は……いつか爽は、苺と一緒にいるのに飽きて、いずれ離れて行っちゃうに違いないって……そう思ってて……ずっと不安で、辛くて……

「……ずっと一緒にいたいと言いましたよね?」

「嘘っぱちじゃないんですか?」

不安が消化できず、苺は思わず口にしてしまった。

「……こんなことで嘘をつくと思いますか?」

静かに口にされ、苺はドキリとした。

爽の傷ついた表情に、苺は慌てた。

「そ、そんなつもりじゃなかったですよ。ただ……」

「ただ?」

どうしても信じられないんですよ。

苺は大きく息を吸い、その心の声を抑え込んだ。

そんなことを言ったら、爽はさらに傷つく。

苺は泣きたくなった。

苺、馬鹿だ……

プロポーズしてもらえて、単純に嬉しがればいいのに、もしもって考えて、受け入れるのを怖がってるなんて。

だって、嬉し過ぎるから、怖いんだよ。

「……どこに向かってるんですか?」

「どうして、話をはぐらかすんですか?」

「苺が馬鹿だからですよ!」

そう叫んだら、爽は返す言葉がなくなったのか黙り込んでしまった。

沈黙がいたたまれない。

不安から、苺はカーッと頭に血が上り、激したまま口を開いた。

「ただでさえお馬鹿さんなのに、いま頭がぐるぐるなんですよ。お馬鹿な返事しかできない状態なんですっ!」

「……着きましたよ」

へっ?

苺は戸惑って車の外に目を向けた。

店長さんはさっと降りて助手席に回り込んでくる。

ドアを開けて手を差し出され、苺は困惑したままその手を取った。





 
inserted by FC2 system