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「夜は甘く更けて」
本当に、もうこれまでとは違うんだ。
ワンルームの部屋のソファに、爽と並んで腰かけた瞬間、そう自覚する。
「ひ、ひさしぶりですね」
ドギマギしながら話しかけたら、爽が真顔で顔を寄せてきて、あっと思った時にはキスされていた。
「ちゅっ」と微かな音が耳に響き、唇がゆっくりと離れていく。
苺は笑顔のまま固まった。
「苺」
その呼びかけに、心臓がバクーンと跳ねる。
うわわわ……とんでもなく甘い響きで、鼓膜がくすぐったいんだけど。
「は、はい……ですよ」
爽を直視できず、苺は返事をしつつそろそろと視線を逸らせる。
「大丈夫ですか? 現実として受け止められていますか?」
「う、受け止められてますよ。大丈夫ですよ」
まるで張り合うかのように返事をしてしまい、気まずい。
だって、テンパっちゃってて、うまく話せないのだ。
さらに、視線を合わせてこられると、どうにも目が泳ぐ。
すると、爽はそれを阻止するかのように顔を近づけ、瞳を覗き込んでくる。
爽の顔がドアップになり、苺は急いで目を閉じた。
唇がふわふわっと触れ合い、ドクドクドクと鼓動が速まる。
どうしていいかわからなくなってしまい、苺は知らぬ間に爽の胸にしがみ付いていた。
すると、唇が離れた。と思う間もなく、「苺」と呼びかけられ、唇に食らった刺激にジタバタしてしまう。
微妙な位置で囁いたりするから、唇同士が振動し、おかしな刺激が全身に広がったのだ。
これまで感じたことのない刺激に耐え切れなくなった苺は、「あ……あの」と呼びかけながら、彼の胸を押し返そうとした。
だが、爽は同じ位置で「なんですか?」と囁く。
「わわわ、く、くすぐったいですよ。唇が触れてるのにしゃべったりしたら、わわわってなっちゃうですよ」
情ない声で文句を言ったら、やっと唇を離してくれた。
「結婚してくれますよね? ずっと一緒にいてくれると言いましたよね?」
「ほ、ほんとに苺でいいんですか?」
「貴女でなければ、私はプロポーズしませんよ」
苺は爽の瞳を見つめた。その瞳には自分が写っている。
信じていいのかな?
不安そうにそんなことを考えてる自分に、苺は気まずくなった。
爽の気持ちはちゃんと伝わってきているのに、苺はなんで不安になってんだ?
爽は苺を愛してくれてるんだよ。
苺なんかじゃ、愛してもらえないって思い込んでるなんて、馬鹿じゃないのか!
自分が残念で、泣きたくなってきたとき、爽がふたりの額をコツンと合わせた。そして苺の瞳を覗き込んでくる。
今度は逸らしたりせず、まっすぐに見返せた。
心臓はずっと爆走状態で、苦しくて仕方がない。なのに爽は、苺みたいにドキドキしていないかのようだ。
いつもと同じで、落ち着き払っているようにしか見えない。
不満を感じた苺は、爽の胸に手のひらを押し当てた。
あれっ?
な、なんだ、爽の鼓動も、苺に負けず劣らず速まってるよ。
そうとわかって苺はほっとした。
なんだ、爽も苺と一緒なんだ。
「愛していますよ、苺」
心のこもった言葉に、熱いものが込み上げてならず、苺はごくんと喉を鳴らした。
「い、苺のほうが、もっといっぱい愛してるですよ!」
涙を零しながら、はむかうように口にしてしまう。
爽は嬉しそうに微笑み、苺のエクボに唇を押し当てて、「苺」と囁く。
先ほどと同じように、ピリピリとした甘い振動が唇に伝わってくる。振動に耐えきれなくなる前に、唇が重なった。
甘いキスが、時を忘れそうになるほど続いた。
唇が離れ、苺は恥ずかしくてたまらず、爽の胸に顔をくっつけた。
呼吸が乱れているのも、顔が真っ赤になっているのも、濃厚なキスのせいなわけで、照れくさくて顔を上げられない。
そんな苺の気持ちを知ってか、爽は何も言わずに抱きしめ、苺の髪をやさしく弄んでいる。
なんかもう、しあわせ過ぎて、どうしていいかわからない。
胸がいっぱいで苦しくて、泣きそうで……。
苺は顔を上げ、目を潤ませて爽を見つめた。
爽はやさしく微笑み返してくれる。
笑みを浮かべている爽の頬に、苺はそっと手のひらを当てた。
爽を思う愛が、どんどん溢れてくる。
魅入られたように爽を見つめていた苺は、彼の目を隠している前髪を、知らぬうちに摘まんでいた。
「前にも……こんなふうに私の前髪に触れてきたことがありましたね?」
そうだった。
あのときも、知らないうちに摘まんでて、そんなことをした自分に、すごくびっくりさせられた。
そうか……あのときにはもう、苺、爽に恋をしてたんだ。
きっと、もっともっと前から……
「触れちゃってたんですよ……なんだかよくわからないうちに……」
「いまも、よくわからない?」
そう言葉を口にする唇に、苺は心臓をバクバクさせながら、おずおずと触れた。
そんな特別な行為が、ふたりの間ではすでに許されていることが、泣きたいほど嬉しく、胸がジンジンしてならない。
「いまはちゃんとわかってるです」
「そうですか。よかった」
ほっとしたように答えた爽は、一転、意地悪そうに瞳をきらめかせた。
な、なんだ?
「今夜は寝かせませんよ」
ね、寝かせない?
これまでの苺なら、徹夜でゲームをするつもりなのかと、本気で思っただろうけど……
そういう意味じゃないことくらい、ちゃんとわかる。
けど……ど、ど、どうしよう!
うきょーっ!
心臓がバン!と破裂しそうなほど動揺したあげく、苺は心の中で、おかしな奇声を上げる。
「おや、驚きましたね。どうやら意味を取り違えたりしなかったようですね」
くすくす笑いながら爽が言う。
苺は顔を赤らめて、そっぽを向いた。
すると突然、爽は苺のほうにぐっと体重をかけてきた。
ジタバタする暇もなく、苺は後ろに倒され、ふたりの身体が密着する。
うわわーっ!
「苺、私はもう待てません。いますぐ、貴女のすべてが欲しい」
それまで冷静だった爽が、切羽詰まったように口にする。
そのことに動揺が収まり、胸がきゅんとした。
未知の出来事を前にして、どうにも怖気づきそうになるけど……
苺は自分から爽の身体をぎゅっと抱きしめた。
苺だって、爽のすべてが……
ほ、欲しいとか……
や、やだ、もおっ。
苺、こっぱずかしいよぉ。
心の中でジタバタ悶えつつも、初めての夜は甘く更けていったのだった。
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