苺パニック

書籍「苺パニック6」P293 60 「一秒でも早く」爽視点を、苺視点で綴ったお話です。


「夜は甘く更けて」


本当に、もうこれまでとは違うんだ。

ワンルームの部屋のソファに、爽と並んで腰かけた瞬間、そう自覚する。

「ひ、ひさしぶりですね」

ドギマギしながら話しかけたら、爽が真顔で顔を寄せてきて、あっと思った時にはキスされていた。

「ちゅっ」と微かな音が耳に響き、唇がゆっくりと離れていく。

苺は笑顔のまま固まった。

「苺」

その呼びかけに、心臓がバクーンと跳ねる。

うわわわ……とんでもなく甘い響きで、鼓膜がくすぐったいんだけど。

「は、はい……ですよ」

爽を直視できず、苺は返事をしつつそろそろと視線を逸らせる。

「大丈夫ですか? 現実として受け止められていますか?」

「う、受け止められてますよ。大丈夫ですよ」

まるで張り合うかのように返事をしてしまい、気まずい。

だって、テンパっちゃってて、うまく話せないのだ。

さらに、視線を合わせてこられると、どうにも目が泳ぐ。

すると、爽はそれを阻止するかのように顔を近づけ、瞳を覗き込んでくる。

爽の顔がドアップになり、苺は急いで目を閉じた。

唇がふわふわっと触れ合い、ドクドクドクと鼓動が速まる。

どうしていいかわからなくなってしまい、苺は知らぬ間に爽の胸にしがみ付いていた。

すると、唇が離れた。と思う間もなく、「苺」と呼びかけられ、唇に食らった刺激にジタバタしてしまう。

微妙な位置で囁いたりするから、唇同士が振動し、おかしな刺激が全身に広がったのだ。

これまで感じたことのない刺激に耐え切れなくなった苺は、「あ……あの」と呼びかけながら、彼の胸を押し返そうとした。

だが、爽は同じ位置で「なんですか?」と囁く。

「わわわ、く、くすぐったいですよ。唇が触れてるのにしゃべったりしたら、わわわってなっちゃうですよ」

情ない声で文句を言ったら、やっと唇を離してくれた。

「結婚してくれますよね? ずっと一緒にいてくれると言いましたよね?」

「ほ、ほんとに苺でいいんですか?」

「貴女でなければ、私はプロポーズしませんよ」

苺は爽の瞳を見つめた。その瞳には自分が写っている。

信じていいのかな?

不安そうにそんなことを考えてる自分に、苺は気まずくなった。

爽の気持ちはちゃんと伝わってきているのに、苺はなんで不安になってんだ?

爽は苺を愛してくれてるんだよ。
苺なんかじゃ、愛してもらえないって思い込んでるなんて、馬鹿じゃないのか!

自分が残念で、泣きたくなってきたとき、爽がふたりの額をコツンと合わせた。そして苺の瞳を覗き込んでくる。

今度は逸らしたりせず、まっすぐに見返せた。

心臓はずっと爆走状態で、苦しくて仕方がない。なのに爽は、苺みたいにドキドキしていないかのようだ。

いつもと同じで、落ち着き払っているようにしか見えない。

不満を感じた苺は、爽の胸に手のひらを押し当てた。

あれっ?

な、なんだ、爽の鼓動も、苺に負けず劣らず速まってるよ。

そうとわかって苺はほっとした。

なんだ、爽も苺と一緒なんだ。

「愛していますよ、苺」

心のこもった言葉に、熱いものが込み上げてならず、苺はごくんと喉を鳴らした。

「い、苺のほうが、もっといっぱい愛してるですよ!」

涙を零しながら、はむかうように口にしてしまう。

爽は嬉しそうに微笑み、苺のエクボに唇を押し当てて、「苺」と囁く。

先ほどと同じように、ピリピリとした甘い振動が唇に伝わってくる。振動に耐えきれなくなる前に、唇が重なった。

甘いキスが、時を忘れそうになるほど続いた。

唇が離れ、苺は恥ずかしくてたまらず、爽の胸に顔をくっつけた。

呼吸が乱れているのも、顔が真っ赤になっているのも、濃厚なキスのせいなわけで、照れくさくて顔を上げられない。

そんな苺の気持ちを知ってか、爽は何も言わずに抱きしめ、苺の髪をやさしく弄んでいる。

なんかもう、しあわせ過ぎて、どうしていいかわからない。

胸がいっぱいで苦しくて、泣きそうで……。

苺は顔を上げ、目を潤ませて爽を見つめた。

爽はやさしく微笑み返してくれる。

笑みを浮かべている爽の頬に、苺はそっと手のひらを当てた。

爽を思う愛が、どんどん溢れてくる。

魅入られたように爽を見つめていた苺は、彼の目を隠している前髪を、知らぬうちに摘まんでいた。

「前にも……こんなふうに私の前髪に触れてきたことがありましたね?」

そうだった。

あのときも、知らないうちに摘まんでて、そんなことをした自分に、すごくびっくりさせられた。

そうか……あのときにはもう、苺、爽に恋をしてたんだ。

きっと、もっともっと前から……

「触れちゃってたんですよ……なんだかよくわからないうちに……」

「いまも、よくわからない?」

そう言葉を口にする唇に、苺は心臓をバクバクさせながら、おずおずと触れた。

そんな特別な行為が、ふたりの間ではすでに許されていることが、泣きたいほど嬉しく、胸がジンジンしてならない。

「いまはちゃんとわかってるです」

「そうですか。よかった」

ほっとしたように答えた爽は、一転、意地悪そうに瞳をきらめかせた。

な、なんだ?

「今夜は寝かせませんよ」

ね、寝かせない?

これまでの苺なら、徹夜でゲームをするつもりなのかと、本気で思っただろうけど……

そういう意味じゃないことくらい、ちゃんとわかる。

けど……ど、ど、どうしよう!

うきょーっ!

心臓がバン!と破裂しそうなほど動揺したあげく、苺は心の中で、おかしな奇声を上げる。

「おや、驚きましたね。どうやら意味を取り違えたりしなかったようですね」

くすくす笑いながら爽が言う。

苺は顔を赤らめて、そっぽを向いた。

すると突然、爽は苺のほうにぐっと体重をかけてきた。

ジタバタする暇もなく、苺は後ろに倒され、ふたりの身体が密着する。

うわわーっ!

「苺、私はもう待てません。いますぐ、貴女のすべてが欲しい」

それまで冷静だった爽が、切羽詰まったように口にする。
そのことに動揺が収まり、胸がきゅんとした。

未知の出来事を前にして、どうにも怖気づきそうになるけど……

苺は自分から爽の身体をぎゅっと抱きしめた。

苺だって、爽のすべてが……

ほ、欲しいとか……

や、やだ、もおっ。

苺、こっぱずかしいよぉ。

心の中でジタバタ悶えつつも、初めての夜は甘く更けていったのだった。





 
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