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第6話 ズル休み
ズル休みしたのは、初めてだった。
でも今日だけ…
母親は、文香の頭痛が仮病だと分かっている。
それでも何も言わず、学校に連絡してくれた。
母の思いやりに応えるためにも、明日からは休めない。
明日はちゃんと学校に行って、現実と向き合おう…
ベッドに横になった文香は何も考えず、昼までの長い時間を過ごした。
途中、響子と新垣から数通のメールをもらった。
新垣からのメールは、『大丈夫か?』という一言だけだったが、文香は返事を返せず、響子のメールにも返事をしないでおいた。
母とお昼を食べ、部屋に戻ると携帯が鳴っていた。
響子だった。
「はい」
『文香?どうしたのよぉ?昨日は普通に元気だったのにさ』
「頭がちょっと痛くて…でも、いまはいいの。明日には行ける…」
『古瀬?』
文香は息を止めた。
『風邪か?』
新垣の気遣うような声に、文香は息苦しくなり、胸を押さえた。
『古瀬?聞いてる?』
文香は返事をするために、息を吸おうと頑張ったが、どうしても喉に息が入ってゆかない。
『おい?どうかしたのか?古瀬?』
新垣らしくない苛立ったような声。
『な、なに、なに?新垣君、ど、どうしたのよ?』
『返事しないんだ。なんかあったんじゃないか?』
なんでもない。なにもない。そう言いたいのに声にならない。
『ど、どうする?新垣君、どうしよう?』
「響ちゃん!」
文香は必死に叫んだ。なんとか声が出て、彼女はほっとした。
『文香?いったいどうしたってのよ?あんた大丈夫なの?』
「大丈夫。ごめん…。なんか喉おかしくて…でも大丈夫だから。切るね」
文香は答えを貰う前に、一方的に通話を切った。
あー、最悪だ…
ベッドに仰向けになり、文香はふたりを安心させるため、響子にメールを打った。
人生って…なかなか辛いな…
文香は、じくじくするような疼きが強くなるばかりの心を持て余し、家から出て外を歩いていた。
母親にはちゃんと、気分良くなったから、散歩してくると告げて出て来た。
三月半ば…
春のような陽気だ。
木々はまだ枯れ枝の姿だけど、すぐに芽吹いて若葉が顔を出すだろう。
高校受験のときとか、苦手な科目の勉強とか、嫌になることもいっぱいあって…友達と笑いあったりとか、欲しいものやっと手に入れられて嬉しさ感じたり、楽しいこともいっぱいで…
こういう経験積んで、彼女も大人になるんだろう…
でも…でも…
他の女の子と付き合っている新垣君を見続けるのは辛いよ…
この恋…もう弾けちゃったんだから…パチンって、消えちゃえばいいのに…
けど片思いと言うのは、実らないとはっきりしても、都合よく消えたりしない。
胸が震え、涙が膨れ上がりそうになった文香は、肺から思い切り息を吐き出し震えを誤魔化した。
いつか文香にも、結婚相手とか現れるのだろうか?
新垣の顔がふっと頭に浮かび、文香は首を振って、彼の面影を頭から払おうとした。
幼稚園バスが文香の目前で止まった。
保母さんの「ただいま帰りました」の明るく元気な声とほぼ同時に、バスから小さな幼稚園児たちが飛び出してきて、それぞれの母親に飛びついてゆく。
「にんじん食べたよ」だの、「みやちゃんが転んで足から血が出たんだよぉ」などと、意気揚々と母親に語りかける園児たちを見て、文香は笑みを浮かべた。
母親の周りをくるりと一周した男の子が、そのまま文香の方へと駆けてきて、彼女はあっと思ったが、避けることが出来ずに真正面からぶつかった。
「うっわぁ」
男の子が尻餅をつく寸前、文香は男の子の身体を掴んだ。
見た目より重かったが、なんとかお尻を突かずに済んだ。
「ま、まあ、すみません」
母親だろう女のひとが駆け寄ってきて、男の子の首根っこを掴んだ。
「まったく、あんたはぁ〜。ほら、お姉さんに、謝りなさい」
母親に叱られた男の子は、ひどく不服そうな顔で文香を見上げてきて、渋々「ごめん・なさい」と言った。
言葉を半分でくぎっているあたりに、彼の抵抗を感じて、文香はおかしかった。
言葉はぶっきらぼうだが、その頬は赤く染まっている。
幼稚園児なのに、どこかシャイな雰囲気の子で、大きく成長したら新垣君のような男の子に育ちそうだ。
「古瀬」
文香はびくんと震えた。
こ、この声…
文香は信じられない思いで振り返った。
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