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第7話 ようやくの告白
「いいなぁ、お姉しゃん」
息を止めていた透也は、そのずいぶんと可愛いらしい声に視線を向けた。
先ほどの幼稚園バスから降りてきた子に違いない。
小さな女の子は瞳をきらめかせながら、文香を見上げていた。
「しょれ、ホアイトテーのお返しでひょ。らって今日、ホアイトテーだもん。愛ちゃんも、パパからクッキー貰うんだあ」
人懐こい性格なのか、前歯のない女の子は、嬉しげに言って胸を逸らした。
唇の間から見えるはずの前歯が無い、その滑稽を絶妙にミックスした女の子のチャーミングさに、透也は危うく噴き出しそうになった。
「もう、愛ちゃん、お兄ちゃんやお姉ちゃんのお邪魔しちゃ駄目よ。こっちいらっしゃい」
他の母親とおしゃべりしていた母親が、顔だけこちらに向けて女の子に言ったが、女の子は母親に振り向きもせず、文香と彼に交互に視線を向けてくる。
「愛」
そう女の子を呼んだのは、同じ幼稚園の男の子だった。
どうしたのか、ずいぶんと厳つい顔をして近づいてくる。
どうも腹を立てているように見えるが…?
女の子の前へとやってきた男の子は、脅しているとしか思えないような鋭い目を女の子に向け、ポケットに手を突っ込んだ。
この愛想の悪いチビスケは、いつもこんな調子なのか?
それでも女の子は、男の子に対して、ほんの少しも怯えることなしに、愛想よく微笑み返した。
「優たん、なあに?」
「ほら!」
怒ったような声をあげた男の子から、女の子は何か受け取った。
そのあと、男の子は何も言わずに駆け去って行った。
「もう、優ちゃん待ちなさ〜い」
男の子の母親が、叫びながら追って行った。
「わあっ」
女の子の叫びに驚き、透也は顔を向けた。
小さな手のひらの上には、なにやらリボンのついた包みが載っていた。
「もらったよ」
自分を見つめている文香と透也に、女の子は嬉しそうに報告してきた。
文香は、女の子の前にしゃがみこんで、やさしく微笑んだ。
「よかったわね」
「うん。おねいしゃんも、うれしだね」
女の子からそんな返事を貰い、文香は驚いたように瞬きした。
そんな文香ににっこり笑い掛け、女の子は透也に向けて小さく手を振り、母親の方へと駆けて行った。
まったく…
小さなカップルに、してやられた気分だった。
「負けた…」
「え?」
「なんか…タイミング、見事に外されたし…」
せっかく勇気を振り絞って…告白すると腹を固めていたというのに…
「これ。受け取ってくれないか?」
なんとなくバツが悪かったが、いまさらどうしようもなく、透也はやけくそ気味に文香に袋を差し出した。
「これ…あの、お見舞いとか?」
文香は、袋を見つめながら戸惑ったように尋ねてきた。
「いや…」
やっぱりそう思うよな…
透也は顔が赤らむのを感じて、「とにかく…」と急いで続けた。
「うん」
「だから…その、つまり…」
「つまり?」
そんな風に言葉を繰り返されると…口にしづらい。
透也は無意識に靴の先で地面を蹴っていた。
「つまり、付き合ってくれないかな」
透也はようやく言葉を押し出した。
「これから? あの、どこに付き合うの?」
彼女の反応を見つつ息を詰めていた彼は、彼女のその言葉に顔を歪めた。
どうして彼の一世一代の告白を、そんなありふれたコントのように受け取るのだ。
「あの?」
透也は不服いっぱいで紙袋の中に手を突っ込み、腹立ちにかられながら中身を掴み出して文香の胸に押し付けた。
「これ?」
「古瀬、にぶすぎる。いまのは好きだから付き合ってくれっていう告白に決まってるだろ」
「へ?嘘。だ、だって新垣君、吉岡さんに…」
「吉岡?」
なんでここでマリ子の名が出てきたのか意味が分からず、透也は聞き返した。
「わたし…こ、告白ぅ〜」
ありえないというように、文香は素っ頓狂な叫びを上げた。
これ以上ないくらい真剣な思いで口にした彼の告白を、ちっとも真面目に受けとってくれない文香にむっとし、透也は彼女の額を小突いていた。
おでこを押さえた文香は、「や、や」と意味不明な叫びを上げた。
「お前、俺をいたぶってる?」
「えっ?えっ?」
文香は、強く否定するように首を横に振った。
告白を聞いた彼女のこの態度…期待などもてなさそうだった。
驚きだけで、嬉しさなど微塵も感じられない。
透也は腹を据えた。
もう告白してしまったのだ。フラれるのならば、さっさと済ませたい。
「返事、できればいますぐ聞かせて欲しいんだけど…」
腹を括ってそう言った途端、文香がその場にしゃがみこんでしまい、透也は慌てた。
「お、おい、古瀬。気分が悪くなったのか?」
「だって…し、信じられなくて…」
信じられない? それって…?
「それってどういう意味だ?俺、安心していいのか?」
顔を歪めた文香の目に、涙が浮かんだ。
この反応は? どう捉えたらいいのだ。
彼の告白を喜んでくれてるのか、それともまるきりその逆なのか?
いったいどっちなのだ?
「なあ、古瀬?」
両手で顔を覆った文香は、泣きながら透也の言葉に何度も何度も頷いた。
「あ、ありがと」
しばらく泣き続けた後で、文香は顔を上げずにそう言った。
「古瀬? それって…」
「これ…開けていい?」
文香は胸に抱えている包みを、少し持ち上げて聞いてきた。
「あ、ああ」
震える指で包みを開けた文香は、うさぎのぬいぐるみを見て、ずいぶんな驚きを見せて目を見張った。
「気に入らなかったか?」
「違う!」
大きな声で叫んだ文香は、まだしゃがみこんだままの姿勢で、ぬいぐるみをぎゅっと胸に抱きしめ、透也を見上げてきた。
「そうじゃない。…ほ、欲しかったの。とっても、とっても…」
文香はそう言って、泣きじゃくりはじめた。
透也は涙を流す彼女を抱きしめたくてならなかった。だが、道端では場所が悪すぎる。
「だ、大事にする」
「あ、ああ」
透也はこみ上げてくる熱いものをなんとか押し戻しながら、彼女の腕に遠慮がちに手を触れ、彼女の心を宥めるようにやさしく叩いた。
End
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