君色の輝き

その14 指輪の送り主



「えっ、指輪?」

怪訝そうに言う真帆に、芹菜は頷いた。

「婚約指輪をつけてないからだと思うんです。だから…」

このところ、頻繁に男の人に誘われるようになっていた。
強引なひとだと、そう簡単に引き下がらず、断るのは骨が折れた。

婚約指輪はずっと宝石箱の中に入れられている。

真帆は言い出さなかったが、本当のところ、その指輪を手元に持っていたいはずだ。

だが、真帆が自分から言い出さない以上、芹菜が気を利かせたとしても、素直に頷く真帆でないことも分かっている。

真帆の気持ちが痛いほど分かるから、指輪をつけてもいいかと聞くのはかなり気が引けた。

自分以外の女が、たとえそれが自分の身体だとしても、つけるなんて嫌に違いないのだ。

指輪をすることには、もうひとつ意味があった。
透輝をつなぎとめるためだ。

そんなことを言ったら、真帆は怒り出すだろうが…

透輝とは電話ではちょくちょく話していたが、退院してからこっち、逢っていなかった。彼が忙しすぎるからだ。

もちろん、それは芹菜にとってはありがたいことだったのだが…

その透輝と、来週の木曜日、仕事を休んで会うことになってしまった。

久しぶりの休みなんだとうれしそうに言う透輝に、仕事は休めないなどとは言えなかった。

真帆が普通に戻るまでは、ふたりの仲は保留ということになっている。透輝には残酷な仕打ちだと思う。

このままこんな状態を続けていれば、そのうち透輝の愛も薄らいでしまうのではないかと、芹菜は気が気ではない。

声は真帆であっても、話しているのは芹菜なのだ。
恋の対象が人違いでは、透輝が満たされなくて当然だろう。

直接話している芹菜には、透輝の苦悩がはっきりと分かる。

頭を打って性格が変わってしまったという理由を受け入れていても、透輝の愛する真帆は、事故以前にしか存在しない。

芹菜では、どうしたって代わりになれないのだ。

忙しさと満たされない恋心の狭間で、透輝が限界点に達しているような気がしていた。

話していると、その怪しい雰囲気が伝わってきて、なんだか空恐ろしいこともある。

そのうち、透輝が別れを口にするのではないかと、芹菜は気をもまずにいられなかった。

そんなことになってしまったら、真帆に合わせる顔がない。

もちろん、透輝と2人きりになることはためらいがある。

それでもいまの透輝には、真帆と過ごす時間がどうしても必要なのだと、芹菜には思えた。

それと、ふたりの愛の証である婚約指輪が…。

真帆には、透輝とのデートの話を伝えていない。
とてもうれしくはないだろう。でも、これは真帆のためなのだ。

じっと考え込んでいた真帆が、両手を挙げて、「まあ、いいわよ」と言った。

「でも、もし透輝に逢うことになっても、あいつの前でつけちゃだめよ。図に乗るから」

芹菜は頷いた。その約束は守れないだろう。

芹菜は思わず深いため息をついた。
思い煩うことが多すぎて、心が重い。

「どうしたのよ、まだ何か心配事があるわけ?」

真帆にそう問われて、芹菜は肩をすくめた。
心配事なら掃いて捨てたいほどある。

「月曜日から、杉林さんが産休にはいるんです」

「そっかぁ。赤ちゃん、どっちかしらねぇ」

うきうきと楽しそうに言う。

芹菜はカチーンと来た。

「もう、私がこんなに悩んでるのに…」

「仕方ないじゃん。まあ、宮島と、せいぜい仲良くね 」

ふふと笑う。芹菜はぷーっと膨れた。

杉林は検診のために、すでに三度ほど休んでいる。
その日の長かったこと…

気まずさの中で一日が過ぎてゆくのだ。
それが毎日続くのかと思うと、とても絶えられない。





「それじゃ、明日は成田君、頼んだぞ」

「はーい、どーんとお任せください」

成田が胸を張って応えた。

誠志朗の目が不安げに揺れているのを目にして、芹菜は小さく笑った。

明日は冊子の表紙の撮影がある。

今回は未莉華というアイドルタレントだ。
真帆が透輝に別れを告げるきっかけになった、熱愛発覚騒動の相手だ。

いつもミニスカートを履いていて、胸の大きさといったら驚くほどだ。
その胸を買われてか、この最近はグラビアモデルとして注目されている。

「いいなー、うらやましいですよ。かわいいもんなぁ、未莉華」

大川が言葉どおり、うらやましげに言った。

「まあ、確かに、顔はね。でもなんか足りない感じするよね」

成田はそう言って、自分の頭を指した。

「いいじゃん。女は足りてないくらいがかわいいぜ」

そんなものなのかなぁと、芹菜はにやけた益田を見上げながら思う。

「あの巨乳がたまんないんだろ」

すでに既婚者の藤沢があけすけに言う。

「当然」

益田が大声をあげた。

芹菜は誠志朗をそっと伺った。
苦笑している。

やはり、彼も巨乳が良いんだろうか?
芹菜は自分の胸の膨らみを思い返して唇を尖らせた。

芹菜の視線を感じたように、誠志朗が彼女に向いた。

「何?」

いつもだったら、互いに視線を外すのに、なぜかそう問いかけられて、芹菜はパニックに陥った。

「や、やっぱり誠志朗さんも、大きい胸がいいのかなぁなんて」

言ってしまってから血の気が引いた。
背筋にぞっとするような悪寒が走った。

芹菜は、パッと口を覆った。

「ああのぉ、い、いまのは、し、失言でした」

彼女はしどろもどろに言った。

誠志朗だけでなく、成田を覗いた男性全員が唖然としている。

消えたい…

いますぐに…

切実にそう思った。

そんな中、成田の笑い声がしこたま続いた。

「令嬢くらいがちょうど良いんじゃない」

まだ涙のにじむ顔で芹菜にそういうと、今度は誠志朗に向き直った。

「ね、宮島主任」

なぜか、にかーっと笑っている。

「その指輪、もしかして、なの?」

益田がほうけた顔で芹菜の薬指の指輪を指し、その指を誠志朗に向けた。

「違うっ」

ふたりはほぼ同時に叫んだ。




   
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