君色の輝き

クリスマスバージョン2009
第1話 押し付けられたチケット



「宮島」

大学の校舎内の通路を歩いていた大成は、後ろからふいに抱きつかれて後ろにのけぞった。

「矢島。いつも言ってるだろ。突然襲ってくるな」

「まあまあ。なあ、宮島、俺を助けると思って、これ買ってくれよぉ」

同情を引くような声で、目の前に差し出されたのは、チケットのようだった。

クリスマスパーティ券か?

「クリスマスイブの日、もちろん宮島、暇だろ?」

「悪いけどバイトがある」

「なんだよぉ、午後だけ抜けて参加しろよ。イブに働くなんて、邪道だぞ」

「君は楽しめ。彼女も一緒なんだろ?」

「ま、まあな。実はこのチケットが完売できるまで、くるみから帰ってくんなって言われてさ…」

矢島はずいぶんと情けない顔で唇を突き出した。

相変わらず彼女の尻に敷かれているようだ。

矢島の彼女である、柏井くるみは、才女で美人だが、いくぶん気が強い。

運動神経だけは優れている矢島だが、口ではどうやっても彼女に勝てないようだ。

「保科は? 彼にはもう声掛けたのか?」

当然声を掛けたのだろうと思いつつ、大成は一応聞いてみた。

保科は矢島と同じ高校出身で、ずいぶんと仲がいい。

矢島と大成は、たまたま同じクラスになり、自然と仲良くなった。

保科とは学部は違うのだが、いまは三人一緒に学食を食べていたりする。

「保科のやつは、今年は彼女の詩歩ちゃんとふたりきりのディナーを予約したらしくてな。悪いね。な〜んて澄まして言いやがって、颯爽と去ってゆきやがった。ほんと友達甲斐のないやつだぜ…」

矢島は、ブツブツ言う。

保科のその時の様子が手に取るように想像できて、大成は吹き出した。

「笑ってないで、都合つけてくれよぉ。頼むからさぁ。この通りだ、宮島」

両手を力強く合わせて頭を下げられ、大成は肩をすくめた。

「いくら?」

「えっ、宮島、マジ? 買ってくれるのか?」

「まあね。これの参加、ここの学生でなくてもいいのか?」

「ああ。誰でも同伴オッケーだ。ほい」

大成にチケットを無事売りつけた矢島は、ヤッホーと叫びながら、飛ぶように走り去っていった。

「ほんと、現金なやつ」

しかし、二枚だなんて言ってないのに…

大成は手にしてしまっている二枚のチケットを見て、まあいいかと苦笑し、ポケットの中にしまいこんだ。





十二月に入った店内は、クリスマス一色に飾られ、蛍光灯の光を受けてキラキラと輝いている。

この店が大成のバイト先だ。

自分の家のすぐ近くにある、ミヤジマデンキ本店。

バイトの身だが、他の店員と同じように、大成も黒いズボンに白いワイシャツ、そしてミヤジマデンキのネームの入った作業服を着ている。

客の入りはまずまずだ。
電気製品をクリスマスのプレゼントにするお客も多い。

大成が担当している売場は音響製品。
まあ、お客に頼まれればどこの売場でも案内することになっている。

バイトしているおかげで、新製品には詳しくなれる。

お客さんの邪魔にならないように売場の製品をチェックして歩いていた大成は、天井からぶら下っている大きなチラシを見上げた。

クリスマスをアピールするようなチラシには、あちこちに小さな女の子のサンタがいる。

大成は、かわいらしいポーズを取っている彼女を見つめて笑みを零した。

彼女はミヤジマデンキの専属モデルだ。

サンタの衣装がずいぶんと似合っている。

「こんにちは」

聞き覚えのある声に、大成は振り返った。

「えっ?」

いまチラシの中にいた彼女が、大成を見上げてにこにこしている。

彼女はとても背が低く、大成の肩までもない。

「驚いたな」

大成の言葉を聞いて、嬉しそうに笑みを広げる。

モデルの仕事をしているだけあって、とても整った可愛い顔をしている。

その彼女がミニスカートの赤いサンタの衣装を着ている姿は、文句なく可愛い。

周りにいるお客さんたちが、チラシのモデルだと気づいてか、彼女を楽しげに眺めていて、「かわいいー」という声が、いくつも大成の耳に届く。

「聞いてませんでした? クリスマスまでの七日間くらい、私、ここでお手伝いすることになったんです」

「へーっ、そうなのか? 君の仕事はモデルだけじゃないのか?」

「色々ですよぉ。キャンペーンのお手伝いしたりもするし…いらっしゃいませぇ♪」

自分にあてがわれた役割を思い出したというように、彼女は接客を始めた。

彼女の名前は、伊坂玲香。

タレント事務所に所属している。

父親と賢司が専属のモデルを探していて、大成の高校の時のクラスメートであり、長兄である誠志朗の彼女でもある楠木芹菜が、彼女の事務所を紹介してくれたのだ。

実は、この芹菜、人気のCMに出演している、フェアリーベルカノンだったりする。
その事実は、ほんの僅かな者しか知らない。

そしてその事務所には、巷で大人気の俳優、藤城トウキも所属していたりするのだ。


大成は仕事を続けながら、広い店内を効果的に歩き回って客の目を引いている彼女を、見守った。

それにしても、学校の方は休んでいていいんだろうか?

はっきり年齢を聞いていないが…やっぱ、中学生だよな?
一年生?二年生だろうか?

「あっ、大成君だぁ、こんにちはぁ」

その声も、すでに聞き覚えのあるものだった。

「どうも。いらっしゃいませ」

大成は頭を下げたが、少し落ち着きのないお客さんは、すでに背中を向けていて、背伸びしつつ手を振っている。

「フカミッチー、大成君いたよぉ」

確かに彼女が手を振る先に、深沢氏がいた。

このふたりは、大成の兄誠志朗と同じマンションに住んでいる。
兄の部屋の下の部屋がふたりの部屋なのだ。

あのマンションには、須藤源次郎という管理人がいて、ちょくちょく兄のところに遊びに行っていた大成は、この源次郎と仲良くなったのだ。

源次郎と、このふたりもとても仲が良く、大成もいつの間にやら親しくなっていた。

大成の姪っ子の奈乃は、深沢氏の部屋と誠志朗の部屋を間違えて、ハロウィンの日、お化けの姿で訪問したことがある。後日、親しくなってから、大成はその話を聞くに至った。

フカミッチーと店内で大声で呼ばれた深沢氏は、少し顔をしかめてやってくる。

彼の気持が痛いほど理解できて、大成は苦笑した。

「澪、その名で呼ぶのは…」

「あ、でした。二人きりの時だけって約束したんだった。ご、ごめんなさい」

申し訳無さそうに可愛い恋人から謝罪され、深沢氏は少し口元を緩めた。

「うん。どうも大成君」

「何かお探しですか?」

「ああ」

「クリスマスプレゼントなんです。フカミッ…じゃなかった、道隆がデジカメがいいって」

「デジカメですか。どこのメーカーがいいのかな?」

大成はふたりと一緒に、デジカメ売場に向かった。





   
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