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第3話 口は災いの元
「わあっ、葉奈ちゃん、最高に綺麗だよぉ」
ファッションショーの舞台裏となる、モデルたちがわんさかいる部屋はずいぶんざわめいている。
玲香はその声に負けじと、声を張り上げて、友達を賞賛した。
「葉奈ってば、ますますおとなびちゃってさあ。なんか取り残されてく気分だよぉ」
玲香の隣にいる綾乃が、唇を尖らせて言う。
そんな綾乃に、玲香はむっとして目を向けた。
「何言ってるの。綾乃だって充分素敵な衣装を、あてがってもらったくせにぃ。私なんか見てよ、こんななんだよ」
ファッションデザイナーの更紗叔母ときたら、子供服に目覚めたのか、玲香のモデルの役回りは、なんとチャイルドのためのドレスときたもんだ。
十八にもなるのに、こんなの着れないと文句を言ったら、実際このサイズを着られなかったら、正当な訴えとして認めましょうと叔母は澄まして言った。
もちろん、試着した服はぴったりだったわけで…
く、くそぉー
私の胸、何でもう少し成長しないかなぁ〜
「玲香ちゃん、とってもかわいいわぁ。そのハートのアップリケとか」
大人びたドレスを着たスタイルの良すぎる葉奈は、強烈に羨ましそうな眼差しで、玲香の被っている帽子にトッピングしてあるぷっくらしたハートを見つめてる。
葉奈の発言に対しては、彼女がマジで言ってると分かるから、文句が言えない。
「あらあ〜、貴方がた、いいじゃない。今年もラストを華々しく飾ってちょうだいね。期待してるわよ」
「何が期待してるですか…あれほど嫌だと言ったのに」
不機嫌そうに言ったのは、玲香の兄の翔だった。
翔は、葉奈の彼氏。
叔母の更紗の巧みな話術で、結局今年も、去年同様ファッションショーに葉奈が出ることになり、葉奈の隣に他の男など寄り添わせたくない翔は、渋々自分がパートナーとして出てきたというわけだ。
「ところで玲香ちゃん、今日の午後はお仕事ってほんとなの?」
「うん」
葉奈から聞かれ、玲香はついついにっこり笑みを浮かべて頷いてしまう。
「ここの豪華ランチ、残念だけど食べてゆけないんだ」
今日は、宮島大成が誘ってくれた、大学のパーティに行くことになってる。
もちろんこのことは、誰にも言うつもりはない。
宮島大成の横に並んでも、遜色ないと思われるドレスも、更紗に相談して素敵なのを用意した。
「なんかさぁ、玲香、怪しくなーい?」
綾乃から疑わしげな目つきで言われ、玲香は顔をしかめた。
「な、なにが?」
「だってさ、お仕事のせいで豪華ランチ逃すっていうのに、玲香らしくないじゃん」
た、確かにごもっとも。
玲香は内心焦った。
いつもピントのズレがちな綾乃だが、妙に勘の鋭い時があるから、もっと用心すべきだったかも。
「実はさ、お仕事先にも、ご馳走用意してくれる話になってるの」
パーティ会場には充分ご馳走があるはずで、これは嘘ではない。
まあ、仕事先じゃないわけだけど…
憧れの人と、クリスマスパーティーに行くことになったなんて、嬉しすぎる話、照れくさくて言えない。
「へーっ。ここの豪華ディナーより、そうそう上があるとは思えないけど…まあいいや」
「ほらほら、そろそろフィナーレよ、全員、舞台袖に移動して」
更紗とスタッフに急かされ、玲香はみんなとともに舞台に上がった。
今年の会場は昨年よりも広い。
それに応じてショーも、かなり凝ったものになっている。
更紗の夫である久野監督がアイディアを出しているから、客席で見ているお客さんたちは、見ごたえがあるはずだ。
風船をいっぱい持たされた玲香は、主役である葉奈と翔の周りを、練習以上に跳ね回り、役目を終えて戻ってきた。
やれやれ。
会場はかなり盛り上がり、拍手もたっぷり貰ったが、こんな姿、憧れの大成さんには見せたくない。
舞台はまだ終わっていなかったが、玲香はさっさと舞台裏へと下がり、誰にも見つからないように、着替えをするための部屋に入った。
衣装を脱ぎ、濃い化粧を落としているところに、更紗が頼んでくれていたメイクの担当さんがきてくれた。
メイクのプロである彼女は、玲香のドレスに合わせて化粧と髪をセットしてくれた。
玲香はお礼を言って頭を下げ、バッグを手に取ると急いでホテルから出た。
タクシーに乗り込み、一路、約束している大学に向かう。
約束した時間より少し早くつけそうだった。
大成さんはルーズな感じのひとじゃないから、きっと早目に来るに違いないし、ちょうどいいかもしれない。
大学の校舎が見えてきて、玲香の心臓は始末に終えないほどドキドキしてきた。
玲香の家では、ちょくちょく大きなパーティーをするし、有名人も大勢やってくるが、初めて訪れる大学というのは、やっぱりドキドキものだ。
もちろん、それ以上に、大成さんと会うのだと思うとドキドキしてならないわけで…
大成さんは、やっぱりスーツで来るのだろうか?
それとも、もっとラフな感じで、セーターとか?
校舎の中央入口らしきところには、パーティ参加者に違いない人たちが大勢いた。
みんな、ここらで待ち合わせしているのかもしれない。
女性は、ドレッシーなドレスを着ているひとが多く、玲香は、このドレスの選択に誤りはなかったと、ほっとした。
タクシーから降りた玲香は、肌寒さに身を震わせ、急いで手に持っていたコートを羽織った。
真っ白なコートは、今年父から贈られた物。このドレスは母からだったりする。
そしていつもよりヒールの高い靴は、兄聡から。
翔からも貰ったが、林檎のアップリケのついた帽子と手袋だった。
初め嫌がらせに違いないと憤ったのだが、なんと葉奈や綾乃と色違いのペアだった。
あれって、たぶん、葉奈の見立てだと思う。
彼女はあの大人びた風貌を裏切る、やたらプリティなものが好きなのだ。
玲香は、いい気分でハイヒールの踵に目を向けた。
このヒールの高さなら、とんでもなく背が高い大成さんの肩の上くらいまで、並べるはず。
それにしても、ここは大成さんの卒業した大学なのだろうか?
彼はすでに社会人だ。
まだ年齢を聞いていないのだが、いったいいくつなのだろう?
若くも見えるけど、とっても落ち着いてるし…
玲香の次兄の翔より、ひとつくらい年下じゃないかと思うのだが…
やっぱり二十四くらいだろうか?
案外、去年この大学を卒業してたり…
「あのさ、君、パーティに参加するの?」
玲香は突然声を掛けてきた男性に顔を向けた。
ちょっと軽い印象のひとだ。
「そうですけど」
「君、この大学の子?」
「いえ。違います。今日は誘っていただいて…きたんですけど」
「へーっ。それじゃ、誘ってくれたやつと、ここで待ち合わせしてるの?」
「ええ」
「君、めちゃくちゃ奇麗だねぇ」
そう言ったのは、別の男性だった。
なんか体育会系という感じの、ごっついひと。
玲香は、周りを見回して戸惑った。
いつの間にか、たくさんの男性に囲まれてしまっている。
「あのさぁ、パーティでさ、ダンスがあるんだ。一曲でいいからさ、僕と踊ってくれない?」
「お前、踊れるのかよぉ?」
「まあな。って言っても、ワルツしか踊れねぇんだけど…この子になら、俺、足踏まれてもいいぜ」
はい?
玲香は勝手な話の成り行きに、眉をひそめた。
「なら、おいらも一曲、予約させてもらおうかな」
「えーっ、俺が一番先に申し込んだんだぞ」
「あ、あの」
断ろうと話しかけたが、誰も聞いちゃいない。
「何言ってんだよ。お前は声を掛けただけで、ダンスの申し込みなんてしてないだろ?」
「これから申し込もうってところに、お前らが横入りしてきたんだろうが」
玲香は自分に群がっている男達たちの勢いに、恐れをなした。
に、逃げなきゃ。
このままじゃ、このひとたちと無理やりダンスの約束させられそうだ。
しかし、これは何事なのだ?
彼女の人生、生まれてこの方、これほどの数の男達に囲まれたことはない。
「あ、あの、わ、私、彼がいるんです。彼とここで待ち合わせしてるの」
「えっ?彼氏?」
「は、はい。あの、なので、失礼します」
玲香はそそくさと、男たちの輪から抜け出そうとした。
「彼って誰? この大学のやつなんだよね?」
「い、いえ…違います。そ、卒業生です」
「卒業生か」
玲香はようやく輪から抜け出し、大成の姿はないかと、必死に周りを探した。
あっ、大成さん。
期待を裏切らない、シックなスーツ姿。
グレーのコートを羽織っているあの後ろ姿は、大成に間違いない。
彼に駆け寄ろうとした玲香は、途中で足を止めた。
大成は、とても奇麗な女性と親しげに話をしている。
ま、まさか、こ、恋人?
その時、大成が周りを見回し始めた。
まるで誰かを探しているかのようだ。
その彼の目が、玲香に向けられた。
はっとして笑みを浮かべた玲香だったが、彼女はそのまま顔を固めた。
はっきりと玲香を見たというのに、大成は玲香に気づかず、顔を背けてしまったのだ。
う、うそ。なんで?
激しいショックを受けた玲香は、目を見張って大成の背中を見つめた。
もしかして、私だってわからないのか?
いつもと違って、ドレスなんて着てるし…
と、ともかく声を掛けて…
「ねぇ、君。名前教えてよ」
先ほどの男性のひとりが、馴れ馴れしく言いながら彼女の手首を掴んできた。
「は、離して」
「名前、教えてくれたら離すよ。なっ、みんな」
全員グルになったかのように、みんなしてにやついている。
玲香は、ひどく嫌な気分になった。
彼らのしつこさに、恐れも感じ始めた。
「離してってば」
玲香は思わず大声で叫んでいた。
大成はそこにいるというのに、気づいてもらえない悔しさに涙が滲む。
「いったい何してるんですか?」
玲香は、その声に救いをみて顔を上げた。
男性はひとりではなく、連れの女性と思しきひとが、心配そうに側に立っていた。
「ああ。なんだ?お前、一年だろ? 向こうに行ってろよ」
「そうはゆきませんよ。彼女、怯えてるじゃないですか?」
目を潤ませているせいで、怯えていると思ってくれたらしい。
もちろん、一秒でも早く、手を離して欲しい。
「保科、どうした?」
「いったいなんなの?」
駆けつけてきたのは、なんと大成と、先ほど彼と親しげに話していた女性だった。
「うっせぇな」
「俺らは、彼女にダンスを申し込んでるだけで、何も悪さしちゃいないぞ」
「ですが、彼女ははっきりと嫌がってますよ」
「い、嫌がってますっ。早くこの手、離してください」
玲香は、つかまれた手を引っ張りながら叫んだ。
こんな風に彼と顔を合わせるなんて、望んでなかったのに…
なぜ、大成は女性と一緒で、玲香は男達にからまれているのか…
「き、君? その声…もしかして、玲香ちゃん?」
名を呼ばれ、玲香は大成を見上げた。
ハイヒールのおかげで、いつもより見上げなくても彼の顔が見られることに微かな嬉しさを感じつつも、単純に喜べない。
「さっき目が合ったのに…気づいてくれないなんて…あ、あんまりです」
そんなつもりもないのに、涙が込み上げ、玲香の頬を伝い落ちた。
「えっ? 玲香ちゃん。ごめん。君があんまり…え、えっと…そ、その…」
いつも冷静な彼らしくなく、大成は口ごもっていたが、ふいに玲香の手首を掴むと、その場から彼女を連れてみんなから離れた。
「驚いたな。お化粧のせいか? 凄いな。 君、中学生には見えないよ」
は?
玲香は涙をポロポロ零しながらも、顔を上げて大成を見つめた。
「いま…なんて?」
「えっ? いや、だから中学生には…あれっ、もしかして…君、えーっと、小学生だった?」
涙は止まった。
玲香は、無意識に右手を振り上げ、思い切り標的めがけて振り切った。
バチーーーーン!
ずいぶんな衝撃音が、辺りに響き渡ったのだった。
End
プチあとがき
ありゃりゃなラストとなりました。
まあ、とんでもない始まりとあいなりましたが、このあと、ふたりはパーティを楽しんだに違いない。たぶん…
左のほっぺたを赤く腫らした大成と、小学生に間違われたことを根に持っている玲香とで…笑
しかし、小学生発言はさすがによくなかったですよね。
高校生って言っとけば、パチンくらいですんだかもしれないのに…
ダンスは踊れないという大成を、無理やりダンスに誘い、玲香、しっかりヒールの踵で大成の足を踏んづけて、ウサを晴らしちゃえばいいと思いますが、大成に憧れてる玲香では無理かな?笑
何気に、翔やら、詩歩も登場でした。
詩歩にいたっては、何気なさ過ぎだけど…笑
なんとか、芹菜と誠志朗を登場させたかったのですが、今回のお話の流れの中にはいれられませんでした。
ふたりにはまた、次の機会にでも登場して欲しいなと思います。
というわけで、クリスマス特別編。これにて終了です。
読んでくださってありがとうございました(o^−^o)/
fuu
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